194、迷宮が生み出すモンスターの敵対心
お菓子の家の休憩所の階段を地下に降りていくと、複雑な迷路のような洞窟になっていた。
頭の中に地図が浮かぶし、ダンジョンコアの光が見えるから、僕は迷わないが……ダンジョンコアは、お菓子の家の真下にあるのに、迷路によって無駄に歩かされる。
(慎重すぎないか?)
いくつかの結界を抜けると、広い部屋に入った。アンティーク調の家具が並んでいて、なんだか古い洋館にありそうな、大きな客間という雰囲気だ。
「ここは、魔王の巣……いえ、部屋のような……」
アントさんの眷属の彼が、急に緊張した表情に変わった。そういえば、アントさんの別荘に似ているかもしれない。
「僕の古い記憶から作り出したみたいだね。映画に出てきた古い洋館みたいな感じだけど、アントさんが好きそうな部屋だね。ここが、新たな社だ」
「えいがのヨーカン? すみません、私にはケント様の言葉が難しくて」
「あぁ、ごめん。キミの世界にはないものだね。古くからある立派な館ということだよ。あの壁側に並ぶ棚の一部が、ダンジョンコアを守る台座だ」
「ここは、ダンジョンの中枢部なのですね。出入り口を守るのが、ただのビィで大丈夫なのでしょうか。あっ! 護衛ということは、私も、ここへの出入り口を守るのですね」
「そうだね。でも、キミの主な仕事は階層ボスだから、気負いすぎなくていいよ。それに結界もある」
「はい! かしこまりました」
ダンジョンコアの光へと近寄っていくと、その棚には、まるで人形を飾ってあるかのように、猫耳の幼児が座っていた。
(あっ! 女の子か)
7階層までしかないときは、性別不明だと思っていたが、8階層ができて、アンドロイドは少し成長したようだ。
「マスター、先に、ボス部屋を整えます」
(うわっ! 普通に喋った!)
僕が驚いた顔をしたのだろう。猫耳の幼児……いや幼女は、思いっきりドヤ顔をキメていた。
「普通に発声できるようになったんだね。何歳の獣人の姿なのかな?」
「獣人の年齢としては、3歳です」
「異世界で、3歳の獣人は、そこまで話せないよ」
「マスターが優秀だから、私も、かわいくて優秀で綺麗でかわいく成長するのです!」
(かわいいを2回言った……)
「そっか、女の子だとは知らなかったよ。髪も肩まで伸びたね。白い髪だけど、銀髪っぽくも見えるかな。チビの髪とは違うタイプの白さかな?」
「ガーディアンの髪の白さは、魔力の輝きでそう見えているだけです。私は、本当に白くて綺麗な髪なのですっ」
そう言いつつ、不安そうな表情をしている。超反抗期は終了したようだな。
「魔力の輝きかどうかは、二人を見比べてみないと違いがわからないけど、猫の姿のときの白い毛並みは綺麗だもんね」
(あっ、変わった)
アンドロイドは、白い猫に姿を変えた。部屋が暗いせいか、白い毛は、ぼんやりと光って見える。
「マスター、早く、ボス部屋を完成させたいです。そうしなければ、階層モンスターが、彼に従いません」
「えっ? あっ、階層モンスターは、土のビィと手長ビィだよね? そうか、彼は普通のビィの改良種だからか」
「彼は異世界の魔物だから、迷宮が創り出したモンスターは、敵対心があるようです」
(敵対心?)
そういえば、お菓子の家の休憩所の背の低い彼らは、ずっとソワソワとして落ち着かないようだった。
階層ボスを創らないとその階層は安定しないというが、異世界から階層ボスを連れてくると、敵対心が芽生えるのか? もともと敵対関係にあった種族だからかもしれないが。
「やはり、ポラリス星の檻だな。異世界人を排除しようとする何かのチカラが働いているのかもしれない。アントさんは、そのことまでわかっていたのか」
僕の言葉に、怒りの感情を乗せてしまったようだ。眷属の彼は、ゴクリと息を飲んだ。
「ケント様、私にはわかりません。申し訳ありません」
「あー、いや、そういうつもりじゃないんだ。たぶんアントさんは、この迷宮をダンジョンにしたいのだと思う」
「えっ? 同じ意味なのでは?」
「ポラリス星の檻である迷宮じゃなくて、自然発生するダンジョンという意味だよ。キミが階層ボスになると、この階層のモンスター達のボスになる。つまり、ポラリス星の技術が生み出すモンスターを、キミに統率させようと考えたんだと思う」
「土のビィや手長ビィを……」
「あぁ、そうだよ。ビィの魔王とまでは呼べないだろうが、この階層にいるビィの統率者だ」
僕がそう言うと、彼は目玉が落っこちそうな驚きの表情を浮かべたが、その瞳はキラキラと輝いている。
「マスター、ボス部屋へ移動してもよろしいですか」
「あぁ、いいよ。僕も一緒に移動するのかな?」
「はい、私が一緒に強制転移を実行します」
「じゃあ、お願い」
僕が返事をした瞬間、転移魔法の光に包まれ、ふわっと浮遊するのを感じた。
◇◇◇
「ここ? まるで庭園だね」
転移の光が収まると、僕達は花畑の中にいた。とは言っても、お菓子の家がある花畑とは違う。整然と整えられた庭のような場所だった。
「はい、こちらが、ボス部屋です」
白い猫の視線の先には、大きな丸太小屋がある。1階層の僕の住居に似ているが、小屋も扉もかなり大きい。彼が、ビィの姿のままでも、楽に出入りできるようにしたらしい。
「ここが、キミの住居になるよ。この扉を冒険者が開けて入ってくると、仕事だ」
「はい! えーっと、私はどうすれば……」
「それについては、私から説明します。この部屋に入ると、階層ボス認定が完了します。マスターとは一度、戦ってもらうことになります。その際は、迷宮が作り出したステイタスに従ってもらいます。最初に倒されるまでは、自我はないでしょう。迷宮がアナタを動かします」
「はぁ……」
「マスターは、ここにいてください。空きの表示が出たら、入室してください」
「わかった」
僕が返事をすると、白い猫は扉を開き、眷属の彼だけを中へ入れて、すぐに扉を閉めた。
その直後、丸太小屋が僕の視界から消えた。白い猫は、淡い光を纏っている。彼を階層ボスに認定するための何かをしているようだ。
(あっ、現れた)
丸太小屋が見えるようになると、白い猫は、僕にチラッと視線を移した後、扉を僅かに開いて、中に滑り込んだ。
(戦闘中の表示だ)
丸太小屋の扉には、今は入室ができないという表示が現れた。しばらく待て、ということだよな。
庭園のような花畑を見渡していると、普通のビィが花の蜜を集める光景が頭に浮かんだ。異世界で見た記憶だろう。
(あっ! なぜ?)
何も居なかったはずなのに、花畑には、たくさんの普通のビィが現れた。そして、せっせと、花の蜜を集め始めた。