193、第8階層は明るい春の花畑と渓谷
白い猫が何も告げずに新たな階層を造りに行ったので、僕は、アントさんの眷属の彼を連れて、7階層のボス部屋前にワープした。
(ほんと、超反抗期だな)
新たな階層ができれば、アンドロイドはおそらく、3歳の獣人の姿に変わるのだろう。獣人の子供は、2〜3歳が超反抗期だ。拗ねるだけじゃなくて暴れるか。大人の真似をして狩りを始めるのも、この頃だよな。
いや、アンドロイドだから、さすがにそれはないか。ダンジョンコアを守るアンドロイドは、迷宮の主人には、絶対的に服従するようにプログラムされているはずだ。
「オーバーキルしないように、狩ってみるね」
「はい!」
今度は、怪我をさせられないように気をつけて、討伐する。彼はジッと僕の動きを観察していた。
「回復薬はキミにあげるよ。必要なときに使って。宝箱の中身も食べるかな? 甘いアイスキャンディなんだ。溶けるからすぐに収納してね」
「ありがとうございます! いただきますっ!」
僕達は、ボス部屋に現れた階段を、8階層へと降りて行った。
◇◇◇
「わぁっ! ダロ渓谷にそっくりです!」
8階層に降り立つと、アントさん眷属の彼は、嬉しそうに叫んだ。そして、キョロキョロと全体を見回している。
暖かい春のような明るい階層だ。
階段を降りた付近は、広い花畑になっている。その少し先の草原には、奥へ真っ直ぐにのびる砂地の道があった。
(落とし穴だらけなんだよな)
異世界では、サーチが使えない僕は、痛い目に遭った。砂地の道は、幻術か何かで隠された大きな穴だらけだった。足を踏み入れると砂地がかき消える仕様だ。何度、深い穴に落ちたかわからない。
すぐに穴から這い上がらないと、人と同じくらいの体長の、茶色いビィが襲ってくる。しかも砂地だから、這い上がりにくい。蜂のような種族なのに、アリ地獄みたいだと思ったっけ。
(あれが、土のビィか)
かなり凶暴な魔物だという印象がある。この階層のモンスターとして適切か、冒険者がくる前にキチンと確認しないとな。酷すぎるようなら、モンスターのレベル調整、あるいは迷宮情報に注意書きが必要だ。
天井からの視点で見てみると、階層を分断する深い渓谷が真ん中にあった。渓谷を渡った先の花畑に、ボス部屋があるようだ。
しかし、ダンジョンコアの光は、こちら側の花畑の真ん中辺りにある。アンドロイドは、冒険者の心理を逆手にとることを考えたようだな。
「階層全体を、少し歩いてみようか」
「はい! あっ! 鮮やかな小屋は何ですか? 人の姿をした、ただのビィのような魔物がいます。甘い匂いがします」
(さすが、早いな)
「あれは、冒険者の休憩所だよ。花畑に作ってみた。普通のビィは、休憩所の管理人みたいな感じかな。気になるなら、あの小屋から行ってみようか?」
僕がそう尋ねると、眷属の彼は目を輝かせて頷いた。
彼がボス部屋に引きこもらなくていいように、彼の休憩所も兼ねている。気に入ってくれたら良いけど。
「わっ! い、いらっしゃいませっ」
僕達が近寄っていくと、小屋の前にいた背の低い男性が、あわあわと焦っていた。僕ではなく、眷属の彼を見て慌てているようだな。
「甘い匂いは、この小屋の屋根の、いや、えっ?」
眷属の彼も、大混乱中だ。
「小屋の屋根も外壁も、また、この柵も、すべて甘いお菓子で出来ているんだ。柵は無くても困らないから、こうやって、好きな時に食べていいよ。ここに来る冒険者達にも、食べさせてあげて」
飴細工のような茶色い柵をポキッと折って、眷属の彼に渡した。彼はスンスンと匂いを嗅いだあと、パリッと良い音をさせて食べている。
「わぁっ! もう直ってる」
背の低い男性は、折った柵が元通りになったのを見て、驚きで目玉が落っこちそうになっていた。
(間違いなく、ビィだな)
「キミ達も、お腹が空いたら、遠慮しないで食べていいよ。柵はすぐに直るけど、屋根や壁は少し時間がかかるから、お客さんがいるときは、柵だけにしておいてね」
説明していると、小屋の中から、ワラワラと背の低い男性が出てきた。見た目の年齢はバラバラだが、皆の動きは、なんだか可愛らしい。
(間違いなく、ビィだ)
「小屋の中に入ってもいいかな」
「は、はい! いらっしゃいませっ」
僕の後ろから、眷属の彼がついてくる。背の低い男性達は、ソワソワしてるんだよな。
小屋の中は、僕がイメージした通りのカフェのような内装になっていた。窓際には外が見えるカウンター席が10席、そして6人掛けのテーブルが6つある。
キッチンカウンターの奥には、倉庫と住人であるビィ達の住まいを作った。その地下の社への階段も作ってある。
お菓子の家の休憩所は、ダンジョンコアを守る社の上に、建てたものだ。
この階層の社への出入り口は、ここだけではない。砂地に生息する土のビィの巣穴、そして、溪谷の横穴に生息する手長ビィの巣穴からも、出入りできる。
もちろんモンスター達は、社には入れない。おそらく、出入り口を認識できないだろう。
つまり社は、この階層にいるモンスター達が知らないうちに守る場所、にあるということだ。渓谷の、こちら側の洞窟の一部だとも言える。
アンドロイドは、水の城が無防備だと指摘されたことに、よほど強いショックを受けたようだな。
「ケント様、ここは食堂なのでしょうか」
眷属の彼が、鼻をヒクヒクさせて、そう尋ねた。
「飲み物を無料で提供するカフェだよ。アンドロイドが調整中だと思うけど、たぶん明日にはオープンできる。2階層に入居する企業さんから、紅茶などを仕入れないとね。有料で軽食も出せるかな?」
「かふぇ?」
「そうそう。お菓子の柵を折って来て、ここで食べればいいよ。口の中が甘くなるから、温かい紅茶を出したいな。一つ手前の7階層は、極寒だからね」
「私の知る集落には無いものです」
「この世界にも無いかもね。僕がいた時代には、あちこちにあったんだけど。ここで働いてくれるビィには、少しずつ、僕の記憶が伝わると思うよ。キミは、ボス部屋の仕事がないときは、ここで休憩しながら、彼らの護衛をしてあげて」
「かしこまりました! ケント様」
眷属の彼が表情を引き締めると、背の低い男性達も慌てて真似してる。なんとも可愛くて癒される動きだ。
「じゃあ、階層モンスターの巣穴に、ここから行こうか」
僕が地下の社への階段を降り始めると、眷属の彼は、背の低い男性達に、この階段の周りに近寄らないようにと念話で指示をしたようだ。
僕は念話の傍受はできないが、なんとなくわかる。アントさんが迷宮にいるからかな。
彼らは、目玉が落っこちそうな驚きの表情で、慌ててお菓子の壁を剥がすと、階段の上を覆ってしまった。
(危険物扱いだな……)