191、水の城がまさかの無防備だった
「ええっ? 異世界人は出られないのに?」
思わず叫んだ僕の頭を、アントさんはわしゃわしゃと撫でた。また子供扱いしてるよ。まぁ、彼から見れば、僕は子供というか孫というか、とても幼い子に見えるのだろうけど。
「ふっ、だから、このダンジョンのマナとケントの魔力を利用したんだ。成功するかはわからなかったから、黙って持ち帰っていた。赤の魔王は、泥棒だと言っていたがな」
(なるほど)
失敗する可能性があるから、僕には告げなかったんだな。アントさんは完璧主義な部分があるから、僕に期待させて失望させる、なんてことは避けたかったのだろう。
「あー、そっか。アントさんはエネルギーを固体化させることができるから、持ち帰れるんですね」
「まぁ、そういうことだ。赤の魔王とは違って、エネルギーの変換は得意だからな」
「ラランは、エネルギーが有り余っているから、蓄える必要がないのかも」
「あはは、そうだな。まぁ、蓄え方の違いだろうが、赤の魔王の魔力はおかしいからな」
ラランの話をしていると、白い猫は嬉しそうだが、人の姿に変わったビィは、その表情を引きつらせていた。
(話題を戻そう)
「彼は、迷宮の外に出られるんですね」
「あぁ、俺の眷属だが、ケントの下僕だ。死んだときは、俺でもケントでも、どちらの魔力を使ってもエネルギー注入で復活させられる。ただ、死なせると実戦データが消えるから、外に連れ出すときは必ず、分体をダンジョンに置いていってくれ」
「わかりました。ハイブリッドタイプですね。分体は、本体と同じ見た目になりますか?」
「分体は、本体の機能低下を防ぐために、1体だけというリミッターを付けたから、人の姿にも変化できる。ただ、戦闘力は半分以下だ」
「お留守番としては充分ですね。それに分体がいれば、本体に何があっても自力復活ができますよね?」
「普通はな。だが、そこはわからない」
アントさんは、頭をぽりぽりと掻いている。そうか、彼自身が、迷宮の外に出てないもんな。迷宮内と外との繋がりは、僕にもわからない。この迷宮は、ポラリス星の檻だからな。
「じゃあ、外で何かあったら、僕が復活させますね。でも、そもそもなぜ、外に出られるように創ってくれたんですか」
「ケントのお守りに決まってるじゃねぇか」
(あっ、ごまかした)
ここでは話せないということだろう。原始の魔王に関する話か。
僕がそう考えていると、アントさんはニヤッと笑った。正解らしい。
「もう一つの話は、何ですか?」
「ん? あぁ、まぁ、もう解決するだろうけどな」
アントさんは、話しにくいみたいだ。彼は、言いかけた話をやめることが、よくある。僕への配慮なのだと思うけど、子供扱いされているようで、異世界ではたまにイラついたっけ。
「気になるんですけど」
「ふっ、あまり良くない話だぜ?」
「何ですか?」
僕が食い下がるからか、アントさんはフッと笑みを浮かべた。また子供を見るような目をしている。
「この氷湖のことだ。正確にいえば、ダンジョンコアのある場所だ。あまりにも無防備だぜ?」
「えっ? ダンジョンコアは、ワープでしか行けないから、安全ですよ? 今までで一番安心だと思ってますが」
無防備だと言われて、白い猫はギョッとしたらしい。一瞬、毛を逆立てていた。
「氷湖の湖底にあるのは、水の城だろう? 青の魔王やその配下は、出入りしやすいから、こういう構造にしているんだ」
「えっ? 出入りしやすい? でも、ラランは……」
「あぁ、赤の魔王には無理だな。だが俺なら、簡単に潜れるぜ。ここの氷湖も同じ性質だと確認済みだ。冥界の住人は、俺より自由にすり抜ける。エネルギーを吸収する氷は、吸収できないものには反応しない」
「えっ? あ、幽霊……いや、でも、ゴーストが氷湖で氷漬けになっているのを見たことがあるけど」
「邪気を隠せば、簡単に通れる。青の魔王やその配下達は、冥界へ誘う聖水を纏って、湖底へ潜っているぜ。このダンジョンにいる魂や、霧化できる人間は、簡単に潜れるってことだ。ケントの知人にもいるだろ?」
(あっ! 雪島さん!)
「確かに、邪気のないアンデッドがいます。透過魔法を使う人も通れるのかな」
「いや、魔法はマナを使うだろ? 氷湖が吸収するから途中で氷漬けになるぜ」
「あっ、そっか。じゃあ、早く新しい階層を造らないと」
僕は、焦ってきた。だが僕よりも、白い猫の方が慌てているようだ。話の途中で、パッと姿を消した。絶対に安全だと思って、頻繁にダンジョンコアから離れていたのだろう。
「じゃあ、ビィを預けて、俺は、ひと勝負してくるぜ」
アントさんは、ボス部屋内に現れた転移魔法陣を使って移動して行った。
(あっ、宝箱)
僕は宝箱の中の、棒付きアイス詰め合わせを取り、アイテムボックスに放り込む。
そして、眷属の彼を連れて、同じく転移魔法陣を使って、ダンジョンコアのある社へと移動した。
◇◇◇
「まさしく、水の城ですね」
アントさんが離れたためか、眷属の彼の表情は、緊張がマシになったように見える。
ダンジョンコアの台座には、白い猫が座っていた。必死な顔をしている。眷属の彼から守ろうとしているのかな。
「そうなんだよ。綺麗でしょ。まさか、霊体が氷湖をすり抜けるとは知らなかった」
「ケント様は、青の魔王との交流がなかったのですね」
「名前も覚えてないな。黄の魔王も全く交流はなかったけどね。たぶん、ラランと親しかったからかな」
「はい、五大魔王は、互いに関わることを避けているようです。赤の魔王と親しい転移者には、他の五大魔王は近づきません」
「そっか。詳しいんだね。あっ、キミは、僕の迷宮で階層ボスをしてくれるのは嫌じゃないの?」
僕がそう尋ねると、彼はまた独特な驚き顔に変わった。目玉が落っこちそうだ。
「あ、あの……」
「ん? 僕は、またキミを驚かせてしまったかな」
「はい、あの、私は、魔王の眷属であり実験体ですので、その……」
「あぁ、そっか。今の僕は、こちらの世界の感覚でしゃべっていたね。知っているかもしれないけど、説明しておくよ。僕の迷宮内では、迷宮マスターである僕の言葉が絶対なんだ」
「はい、存じています」
「僕は、嫌なことを強制したくない。そして、この世界では、命は重いんだ。迷宮内はポラリス星の技術を使っているから復活できるけど、普通は蘇生なんてできない。キミ達のように、一族に記憶の自動継承も行われない」
「えっ!?」
「それに、階層ボスは弱い。キミが嫌なら、迷宮の護衛をしてもらうという形でも、実戦データは集められるよ。アントさんには、上手く説明するから心配はいらない」
僕がそこまで話すと、眷属の彼の表情は、普通の顔に戻った。だが、無表情ではない。ホッとしているように見える。やはり階層ボスは、嫌だったんだろうな。自分より弱い冒険者に倒されるんだから。
「ケント様! 私は、ケント様のダンジョンにて、階層ボスを務めさせていただきますっ!」