188、数日後に現れたのは
ユキナさんの大いなる目的を聞いてから、数日が経過した。女王だった彼女が、このバラバラな世界を、どう統一するつもりなのかはわからないが。
そして僕は、彼女の意向により、何も知らないふりをしている。その理由は説明されなかったが、少しずつわかってきた。
どうやら僕は、迷宮特区管理局から、かなり警戒されているようだ。あの日に3階層の海や社跡を調べただけでなく、毎日かなりの時間をかけて、各階層の調査をしているようだ。僕が迷宮を出て、迷宮特区内に買い物に行ったときには、監視が10人はついたと思う。
こんな状態では、極秘裏に進めようとしているユキナさんの計画を、ぶち壊すことになりかねないもんな。
迷宮特区管理局は、僕達が何かするのではないかと、注視しているようだ。僕達三人は、一緒に行動すると考えているのだろう。ユキナさんは、その裏をかいて、ほぼ単独でいろいろなことを始めているようだ。
(やはり、デキるよな)
僕の迷宮は、銀次さんが来たことを知らせた影響で、冒険者の大半を占める中堅の冒険者の数は、かなり減ったようだ。シルバー連合が恐れられていることがよくわかる。
だが、高ランク冒険者の行動は、特に変わりはない。彼らは、6階層の道を占領していた中堅の冒険者が減ったことで、この迷宮の居心地が良くなったと言っていた。
一方で、あまり戦う力のない新人冒険者は、逆に増えたような気がする。これは、ユキナさんがリーダーをしている冒険者パーティ『青き輝き』への加入チャンスを狙った行動のようだ。ユウジさんの迷宮も、新人冒険者が増えているそうだ。
でも、ユウジさんも僕も、パーティスカウトはしていない。『青き輝き』の所在地を登録してある井上さんは、孤児達に声をかけているみたいだが。
ユキナさんは、小学生くらいの孤児をスカウトしている。冒険者ギルドは、これを慈善事業だと認識しているが、他の冒険者達は、新設パーティだから誰でも加入できると思っているみたいだ。
この数日、毎日、試験の子供達が来ている。不合格になった子はいないみたいだが、パーティ募集の情報には、『リーダーの入団試験をクリアした人しか加入させない』と明記してあるらしい。
そのため、応募してくる冒険者は少ないそうだ。まだパーティランクが低いのに、こういう条件を記載することは、生意気だと捉えられるらしい。
まぁ、それも、ユキナさんの作戦だろうな。
そろそろ、台風の影響を受け始める頃だ。予定よりスピードが遅いのか、まだ、迷宮への避難者は来ていない。
5月になると、結界バリアで守られている迷宮特区内でさえ、気温が急激に上がるようになった。夜になっても、高温多湿の不快さは変わらない。これが夏の気候なのだろう。もう、普通の人が、バリアのない外を歩くことは、難しいようだ。
◇◇◇
『マスター、長距離転移が到着します! すぐに5階層へお越しください』
(あぁ、わかったよ)
1階層の巡回をしていると、アンドロイドから念話が届いた。その声は、弾んでいるように感じた。長距離転移ということは、やっとラランが来たのかな。
アンドロイドは、ラランを観察していたことで、感情が豊富になり、簡単な火魔法も使えるようになった。ある意味、ラランは師匠だよな。
僕も浮き立つ気分で、5階層へワープした。
◇◇◇
僕がガゼボに到着すると、転移魔法陣は、強い光を放ち始めた。異世界からの長距離転移は、僕が側にいなければ到着できないのかもしれない。
強い光が収まると、そこには二人の姿があった。一人は蟲の魔王アント、もう一方は見知らぬ男性だ。
「ケント、また来たぜ。階層は増えたか?」
「アントさん、いらっしゃい。7階層ができましたよ。そちらの方は?」
僕が視線を向けると、その男性は深々と頭を下げた。
「新しい眷属を創ってみた。階層ボスに使ってくれよ」
アントさんはそう言うと、片方の口角を上げて澄ましている。これは、彼がワクワクしているときの顔だ。
「わざわざ創ってきてくれたんですか」
「あぁ、俺の森じゃないと、俺は100%の創造能力を発揮できないからな。ケントのダンジョンに合わせてみたぜ」
「そうなんですか! ありがとうございます。じゃあ、強いのかな? いや、違うか。適応能力が高いのか。種族はわからないけど、この雰囲気は毒使いですね」
「おっ、ケントもわかるようになったじゃねぇか。戦闘能力は、ケントの10分の1くらいを上限にしてある。能力のリミッターを複数付けたから、階層ボスにも使えるし、挑戦券の対戦相手にも使えるぜ」
(あっ、挑戦券)
「僕の10分の1ですか。それなら安心だけど、闘技場はまだもっと深い階層になってからと言ってませんでした?」
雪の迷路の宝箱で、挑戦券が得られる。
確か、銅なら、相手はアントさんの眷属だと言っていたよな。そして銀は、アントさんの配下で暇な人を連れて来てくれるんだっけ。金なら、アントさんが相手をすると目を輝かせていた。挑戦者が勝てば、彼の国の武器や防具を報酬にしてくれるんだよな。
「闘技場はあちこちに作ればいいじゃねぇか。浅い階層なら、銅の挑戦券だけが使えることにしてさ」
(あー、何か状況が変わったのか)
「眷属の実戦データが必要なんですね?」
「ククッ、鋭いじゃねぇか。あっちに戻ったら、ちょっと事件が起こっててな。今、赤の魔王は、その処理をしている」
アントさんは、わざと、ラランの名前を出さないようにしているみたいだ。僕の迷宮では、ラランは、もう有名人だからな。
「なるほど、わかりました。次の厄災までに、とは言っていられなくなったんですね。そろそろ新たな階層を造るつもりだったので、使わせてもらいますね。彼の種族は何ですか?」
「コイツは、ビィだ。火のビィが全く使えなかったからな。俺の眷属は、なかなか強いビィができないんだよ。だから基本に立ち返ってみた。最初は岩虫にしようと思ったんだが、ケントのダンジョンにはまだ瘴気がないからな」
(いやいや……)
「アントさん、岩虫は強すぎますから、僕の迷宮ではまだまだ無理です。火のビィも、まだまだ無理ですよ。彼は、火のビィより弱いんですね?」
「ふっ、ケントは何を言っている? ケントの戦闘力の10分の1を上限にしたと説明しただろ?」
「ん? 僕は、自分の戦闘力がイマイチわからないんですけど」
僕が首を傾げたからか、アントさんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
(また、子供扱いだ……)
「ケントは、真面目に戦えば、1000体の火のビィと岩虫が同時に攻撃しても、ほんの一瞬で蹴散らすだろう? おまえが一撃で倒していた厄災の魔物達は、火のビィや岩虫よりも圧倒的に強い。この眷属は、厄災で沸いていた魔物レベルに設定したぜ」