186、秘密の話
「社跡の結界内は、綿菓子じゃないんですよ。秘密の話って何ですか? 子供達をパーティに加入させる件かな」
ユウジさんが雲の上に座り込んだためか、ユキナさんも珍しく、雲の上に、足を投げ出して座っている。
二人がポフポフと雲を叩く理由はわからないが……材質を調べているのかな? 僕の子供の頃の空想上の雲だから、ふわふわとした不思議な触感だ。
「その件は、ケントさんなら、もう察しているわよね? 一応、しばらくは、試験をすることにしたの。小さな子を指導できる子がいないと、大変だからね」
「冒険者パーティじゃなくて、保育園みたいになりますもんね。じゃあ、小学生くらいの子を加入させて、指導者に育ててから、幼いメンバーを増やすのですか」
「ええ、そういう感じよ。ケントさんの迷宮では、すでに子供達が自立できているけど、なかなか難しいのよ」
(ラランのおかげだよな)
「秘密の話は、あの銀次という裏の支配者のことや」
「あー、ユウジさんに聞きたかったんですよ。彼に会うために、比叡山で企業迷宮に立ち寄ったんですよね?」
「せや。奴が今、どういう立場かはわからんかったけど、裏の世界は、シルバを頂点とした完全な縦社会からな。接触するチャンスは、逃さん方がええやろ」
(やはり、そうか)
比叡山東部のキャンプ場に立ち寄ったのは、井上さんやカナさんの体力の消耗もあっただろうけど、やはり、あの企業迷宮を調べるためだったんだ。
門の閉鎖時間に引っかかってしまったという理由は、企業迷宮をウロウロするには最適だ。
「でも、彼からの協力依頼は、信用できないと言って、突っぱねましたよね?」
「シルバは、あまのじゃくな性格らしいからな。来る者は拒み、去る者を追うんやて」
(なるほど)
やはり、銀次さんの気を引くためだったんだ。ユウジさんは、珍しいブランデーも用意していた。すべて事前に、調べていたということだ。
「じゃあ、ユウジさんの作戦通りなんですね」
「いや、ユキナの作戦やで。俺には、そんな緻密な計算はできへん。俺の性格とは違う行動をしたから、シルバは、まんまと引っかかったんや」
「銀次さんは、相手の性格まで見抜くんですね」
「そうらしいな。魂に色がつくみたいやで。俺には、さっぱりわからんけど」
(魂に色がつく?)
そういえば、階層ボスの落武者も、そんなことを言っていたな。魂の色まで見えているとか。
「ユウジさん、それは少し違うわ。魂に色がつくのではなくて、呪術系の能力のある人達は、魂が放つ色を見るのよ」
ユキナさんがそう訂正したが、ユウジさんは僕にだけ聞こえるくらいの小声で、同じやんけ、と呟いている。たぶん、同じではないことがわかっているのだろう。
「ユキナさんには、その色がわかるんですか?」
「私には、わからないわ。色分けができる魔道具なら、作れると思うけどね」
(あっ、錬金術か)
「2階層のボスが、魂の色まで見えるようになったと言ってたんです。もともとは戦国武将だったようですが、階層ボスになる前は、比叡山を彷徨う怨霊だったらしいです」
「へぇ、それは凄いわね。本物の死霊なら、迷宮の影響を受けて成長することもあるのね。高位のアンデッドになったのかもね」
「高位のアンデッド? あと、遠くにいる魂を、呼び寄せることが可能になったみたいです」
「それは召喚魔法ね。私がいた異世界では、リッチと呼ばれる闇魔導士が、同族を召喚したり、魂の放つ色を見極めていたわ」
「リッチって、ゲームに出てくる幽霊ちゃうんか?」
ユウジさんの問いかけに、ユキナさんは首を傾げた。ゲームを知らないのかな。
「幽霊というより、霧のような魔人よ。強いオーラを纏っているわ。魔人の概念とは一致しない部分もあるけど、魔物に分類するべきではないと思うの。魔族という表現なら良いかしら? 幽霊って、残像思念でしょ。残留思念というべきかしら。全くの別物よ」
「ユキナ、日本語でしゃべってくれ」
(僕も同感)
ユキナさんは、はぁ〜っと大きなため息を吐いた。追加説明する気は失せたようだ。
「えっと、ユウジさん、それで……」
「あぁ、シルバの立場は、だいたいわかったからな。協力関係を結べると思うで。せやけど、まだ早いな。ゆっくりと、こっちの態度を軟化していく方がええやろ」
「そうね。何のキッカケもなく、急に態度を変えると疑われるわ。こちらが追いかけると逃げられるもの」
(あっ、キッカケ!)
「それなら、キッカケはありますよ」
「なんや? ケントのダンジョンを支配したと思わせるんか? ちょっと無理があるで」
「へ? 支配? あー、『シルバが来た』という件ではないです。戦国時代のことらしいですが、2階層のボスは、銀次さんの恩人だったようです。銀次さんが僕の迷宮に来た目的は、アカの魔王が比叡山にいた怨霊の気配に気づいたからみたいですよ」
そう説明すると、二人は驚いた顔をして固まっていた。ここまでは想定してなかったのかな。
「そんな、500年以上前のことでしょう?」
「落武者は何も覚えてないようですが、銀次さんはずっと生きていますからね。落武者の前では、平民の奉公人のようになっていました」
「それ、使えるで。こっちが態度を変えるには、充分すぎるキッカケや」
「そうね。ただ、一定の距離は必要だわ」
「ほな、俺は相変わらず敵視しとくわ。ケントが少しずつ距離を縮めていけばええ。シルバも、それを狙ってくるやろ。せやけど、野口はどないする?」
(ん? なぜ、野口くん?)
僕が首を傾げたことに気づいたユキナさんが口を開く。
「ケントさん、よく聞いて。野口総監には協力できないわ。どうやら、邪神の器の一つになっているみたい」
「邪神の器? 意味がわからないんですけど」
「監視塔で会ったときは、全くわからなかったんだけどね。おそらく、彼は亡くなっているわ」
「ええっ!? じゃあ、アンデッドなのですか」
「それはわからないの。ただの傀儡、すなわち操り人形かもしれないわ。ウサギくんがね、そう教えてくれたの。キミカにとって、今の彼は悪しき存在だって」
「そう、なんですか。では、野口くんはどうするって」
「野口くんには、悪しき影響は、今はないらしいわ。だけど、いつどうなるかわからない。キミカ達がいた異世界は、原始の星に関する伝承が語り継がれていて、その星から来た魔王が、神として君臨していたそうよ」
(原始の魔王が支配していた?)
「あっ! だから、同じ異世界に行っていた赤髪の魔王は、邪神に乗っ取られるのか……」
「やはり、そうなのね。『レイザーズ』のリーダーの大内さんを、覚えている?」
「へ? あ、はい。ユキナさんと一緒に来た、仮面を持っていた人ですよね」
「ええ、彼も、野口くんと同じ異世界からの帰還者なの。彼は、高熱化の原因は、邪神によるエリア封鎖だと言っていたわ。シルバー連合の一員でもあるみたい。灰王神は、二人いると言っていたわ。一方が邪神よ」