184、真夜中の串焼き屋台
ユウジさんが子供達を引率しながら、4階層のボス部屋に現れた階段を5階層へと降りていく。
少しずつ気温が下がっていくため、夏服の子供達は寒そうにし始めた。4階層は秋の夕暮れの森だが、5階層は晩秋か初冬だもんな。しかも、5階層は明るさが変化する。今はもう夜遅いから、かなりヒンヤリしていた。
「あぁ、そうか。ここは外と同じやったな」
5階層に降り立つと、ユウジさんがポツリと呟いた。彼も、このヒンヤリした空気で、子供達が寒がっていることに気づいたようだ。
「夜中だから、気温も下がりますね。左側のぶどう園にとっては、この寒暖差が必要なんですよ。その先の宿場町の門を入ると、少しマシになると思います」
「昼間との温度差が、かなりあるよな。明るさが変わるだけやなかったんかいな」
子供達は、なぜかキョロキョロしている。何かに怯えているようにも見えるが、どうしたのだろう?
すると、ユキナさんが口を開く。
「みんな、この階層には、モンスターはいないわ。私の迷宮の6階層と同じく宿屋のフロアよ」
「えっ? でも、あれは……」
この階層にいるたくさんのドワーフ達を、気にしているみたいだな。門番のアリは、もう1階層で見ただろうし、彼らは人間に見える。だが、背の低いドワーフは、モンスターに見えるのか。
「亜人達は、この町の住人よ。ブランデーの醸造所や、優れた武具の店があることが、知られているわ」
「へぇ〜、寒いけど、いい匂いがします」
町に入って、屋台のマーケットがある通りを、ユウジさんが進んでいく。夜遅いから、マーケットはほとんどが閉まっているが、最近そのスペースで、串焼きの屋台を出す店ができたみたいだ。
「この集落は、金での買い物はできへんねん。物々交換やからな。これが、串焼き何本になるか、試してみよか」
ユウジさんは、どこからか、カバンのような物を取り出した。たぶん、彼の迷宮のドロップ品だろう。
「はい、いらっしゃい」
「これで頼むわ。10本以上は欲しいから、串の種類は任せるで」
ユウジさんがカバンを渡すと、ドワーフは何かの術を使って鑑定している。
「中身が軽くなるカバンですね。子供に人気の棒バーグなら、15本お渡しできます」
「ほな、それで頼むわ」
ドワーフは、僕がいることに気づいたみたいだが、特に表情は変えない。この個体は、無口なタイプらしい。
「はい、お待たせしました!」
棒バーグを丁寧に焼き上げると、皿に入れて渡すドワーフ。几帳面な職人気質なタイプかな。上手く焼けたらしく、ちょっとドヤ顔をしているように見える。
「おっ! 18本もあるやんけ。みんな、温かいうちに食うで。1本ずつ取ってや」
子供達に配ったあと、僕とユキナさんにも取れという。結構ズシリと重い。こん棒みたいな串焼きだ。
「ありがとうございます。いただきますね」
「なんか、ケントにそう言われるんも、変やけどな。余った分は、井上に差し入れしたろか。誰か持って行ってくれるか?」
「はい! お預かりしますっ」
「腹減ったら、渡さんと食うてもええで」
ユウジさんは、皿ごと簡易魔法袋に入れて、近くにいた子供に渡した。迷宮から、この皿の持ち出しができるかは不明だけど、串焼きは大丈夫だろう。
「これって、見た目は珍しいけど、ハンバーグみたいな感じね。甘いソースが美味しいわ」
「昼間やったら、もっといろいろな屋台が出てるで。金で買われへんのが平等でええよな」
「そうね。ここに来れば、物々交換で食べ物が入手できるのは、ありがたいわ」
(あー、教えてるのか)
ユウジさんは、ユキナさんと話しているだけのように装っているが、お腹が減ったときに、ここで食べられることを、実践しながら教えているんだ。
子供達は、食べ終わった串を持ってキョロキョロしている。迷宮内は、埋めればマナに変換されることも知っているようだ。
「ゴミは、その辺に放っておいてください。あちこちに落ちてるでしょう?」
「えっ? 埋めなくていいんですか」
「この階層は、埋める場所があまりないから、住人達がまとめて処分してくれるんですよ。ぶどう園や牧場に埋められても困るので」
僕が道端に串を放り投げると、子供達もそれを真似して、放り投げている。カランという音が楽しいのか、クスクスと楽しそうに笑っている子もいた。
「ゴミを放り投げるんは、なんか悪ガキになった気がするやんな。これを背徳感っていうんやろか?」
(違うと思うけど……)
ユキナさんは、いつもならユウジさんにブチ切れたりするのに、今は、必死に耐えているようだ。ユウジさんは、それがわかってて、わざと変なことを言ってるみたいだ。
だが、この空気感……。ユウジさんがなんとかしろと、僕に合図してくる。
「えーっと、ユウジさんは、悪ガキという年齢でもないですよね?」
「ケントは、魔王やから、そんな大人なんや。ちょっと悪いことをする瞬間は、ドキドキするやろ?」
「そうなのかな? みんな、どう思う?」
僕は返事に困って、子供達に話を振った。
「道に捨てるのは、ドキドキしましたっ」
(えっ? そうなの?)
「他の場所で、こんなことをしたら、近くの大人に蹴り飛ばされます……」
子供達は、互いに頷き合っている。
「この階層では、放り投げていいよ。あっ、人に当たらないように気をつけてね」
「「はいっ!」」
子供達は、嬉しそうに笑みを浮かべている。
(あっ、そうか)
今の時代は、娯楽を知らないんだったな。こんなことでも、ドキドキする遊びなのか。
カランカランカラン
転移魔法陣のあるガゼボまで歩いて来たとき、日付が変わることを知らせる鐘が鳴った。
「ちょうど時間だわ。井上さんには、夜12時頃と言ってあるの。着地点にいるはずだから、声をかけなさい。もし、見当たらないなら、アンドロイドに、『青き輝き』の仮メンバーだと言うのよ」
「はい! わかりました」
「それと、井上さんが宿屋を用意してくれているから、ギルド報告が終わったら、今夜は、井上さんの迷宮に泊まるのよ。宿の人には、元気に挨拶してね」
「はいっ!」
「それから……」
「ユキナ、もうええやんけ。オカンみたいになってんで。コイツらなら、大丈夫や。ほな、行ってこい」
「「はい!」」
(ふふっ、ママとパパみたいだな)
子供達は、転移魔法陣を使って、井上さんの迷宮へと移動していった。