182、迷宮を繋ぐチェーンブリッジについて
「その3条件を、今すぐに揃えるのは無理ですよね。それほどのエネルギーが必要だということか」
僕の呟きを、ユウジさんが連れてきた子供達も、真剣な表情で聞いている。今、子供達の入団試験中だというが、『青き輝き』に加入させることは、おそらく決定事項なのだろう。
ユキナさんは、そのために冒険者パーティを作ったみたいだし。それに彼女が選定した子供達なら、信頼できると思う。でも一応、気をつけて話さないとな。特にキミカさんのアンドロイドのことは、極秘情報だ。
「あぁ、ダンジョンを繋ぐには、アホほどのエネルギーが必要みたいや。ウサギは、現実的には20階層くらいにならんと無理やって言うとったしな」
「ウサギくんは、僕達の知らないことを知ってるんですね。そうか、転移魔法陣と10階層と膨大なエネルギー。連絡橋を築くということですね」
僕が言葉を選びながら話していると、ユウジさんは首を傾げた。わかりにくい表現だったかな。
「ケントは、なんで連絡橋ってわかるんや? 俺、まだその話はしてへんよな? なんちゃらブリッジっていうらしいけどな」
「あー、えーっと、僕がいた異世界では、そういう連絡橋を作る国があったんですよ。連絡橋とは言っても、巨大な橋を架けるわけじゃなくて、転移魔法陣の中に、橋を架けるみたいな感じですが」
「なんやて? ケント、日本語でしゃべってくれ」
「日本語でしゃべってたつもりだけど……」
どう説明しようかと考えていると、ユキナさんが背の高い少女を連れて、休憩所にたどり着いた。
「あっ、ユキナさん、お疲れ様です」
「ケント、俺にお疲れ様は無かったやんけ」
(ふふっ、すぐこうなるね)
ユウジさんは自覚してないみたいだけど、ユキナさんがいると、たまに、かまってちゃんになる。ユキナさんのツッコミ待ちだ。
「ケントさん、お疲れ様。勇者ユウジのことは、放置でいいわ。そんなことより、チェーンブリッジのことを知っているのね?」
(やはり聞こえてたか)
「その名称は知りませんが、複数の空間を繋ぐ方法があることは知ってます。確かに膨大な魔力量が必要ですし、繋ぐ空間を指定して固定するため、一定の広さが必要です。また、転移能力を付与しないと稼働しません」
僕がそう説明すると、子供達は必死に聞いてくれるのに、ユウジさんは聞いてないな。ややこしいことは嫌いだもんね。
そんな彼の方を見て、大きなため息を吐いたユキナさんは、気を取り直して僕の方に視線を戻した。
「ウサギくんの説明とは少し違うけど、同じものだと思うわ。3条件が揃えば、ケントさんがチェーンブリッジを構築できるかしら?」
「僕が、ですか? 僕自身は、転移魔法が使えないから難しいです。異世界では、短距離ワープはしてたんですけどね」
「ケント、ほんなら余裕やんけ。俺らのダンジョンはお隣さんやで」
(わかってないな……)
子供達がいる前で、それは違うとは言いにくい。迷宮は異空間に広がっているから、迷宮の出入り口は近くても、連絡橋を繋ぐ場所は、かなりの距離がある。ウサギくんが、10階層より深いことを条件にしていたのは、ある程度の深さというか空間の層がないと、地上からの何らかの影響があるためだ。
「勇者ユウジには楽勝でも、普通はそうはいかないわ。迷宮は異空間に広がっているんだから、10階層以上の深さなら、どれくらい離れているかわからないわ」
ユキナさんは、上手く否定してくれた。だが、ユウジさんは、ピンときてないみたいだけど。
「そうですね。僕の能力を迷宮と一体化できれば可能でしょうけど……あっ……」
(雲の上の基地!)
「ん? なんや? ケント、何か思いついたんか?」
「あー、はい。ただ、まだ稼働してないから、できるかはわからないけど……」
そこまで話すと、ユキナさんはタブレットを出して、何かを調べ始めた。だが、何も見つけられなかったようだ。鋭い視線で、僕を睨む……。
(こわっ)
「ケントさん、私に何か隠してない?」
「へ? 隠すって、何を……」
「ユキナ、そんな顔すんなや。ケントのような青少年には、女王様の睨みは怖すぎるんや」
「は? ユウジは黙ってなさい」
(ひえっ)
ユキナさんは、チラッと子供達に視線を移すと、背の高い女の子が、他の子達を連れて、森の方へと歩いて行った。果物集めのミッション開始かな。ユキナさんは、目線だけで命令するのか。
だが、子供達が離れたことで、話しやすくなる。
「ふぅ、リーダーも大変だわ。私がアナタ達を従えていると思わせないと、秩序が保てないもの」
ユキナさんの態度が、柔らかくなった。そうか、さっきの女王様モードは、パーティリーダーだからか。
「ユキナは気負いすぎやねん。まぁ、リーダーが絶対的に君臨する方が、人数が増えたときには統制しやすいけどな」
(なるほどね)
「他の冒険者達が、『青き輝き』のリーダーが私であることに、グダグダと言ってるのよ。子供達を守るためにも、舐められるわけにはいかないわ」
ユキナさんは少し不安そうに、僕に視線を向けた。ちゃんと言葉にしないとな。
「僕は、ユキナさんがリーダーとして適任だと思いますよ。新参者への風当たりを考えたら、井上さんやカナちゃんや野口くんには、負担が大きくなりすぎます。僕達3人の中から選ぶなら、異世界で国を治めていたユキナさんが最適です」
「せやな。一番、年長者やからな」
ユウジさんの余計な一言で、ユキナさんは不機嫌そうな表情を浮かべた。これは、ユウジさんの配慮だ。
「アナタねー、まぁ、そうかもしれないけど」
「でも、生まれたんは、俺やケントの方が早いから、引き分けやな」
(引き分けって……)
ユキナさんは、また大きなため息を吐いた。空気を変えないとな。
「あの、アンドロイドには口止めされてるんですが、社跡の一つが、ちょっと変わった建物になったんですよ」
僕がそう話すと、ユキナさんは、シッと指を立てる仕草をした。ユウジさんが、空を指差している。
天井からの視点で見てみると、4階層に降り立った数人の男性を見つけた。キョロキョロと見回して魔道具を操作している。あの派手な制服は……何だ?
「へぇ、リゾート用の秘島に変わったのね。ボス部屋のある小島から船で行く仕様は、悪くないわね」
(ん? 何の話だ?)
ユキナさんは、小声で、作り話を始めた。
「プライベートビーチはあるんか? 魔物が出るビーチは昼寝できへんで」
(あっ! 3階層のことか)
「ペンション風になってるから、プライベートビーチは難しいですね。でもモンスターは出現しないし、魚釣りができます」
「ほんなら、そこを『青い輝き』だけのペンションにしようや。勧誘のセールストークに使えるで」
「はぁ? 『青き輝き』よ! 何度言えば覚えるの!?」
ユキナさんが怒鳴ったとき、4階層に現れた数人の男性は、果物を少し採って、引き返していった。