180、シルバの念話と噂話
落武者のボス部屋に現れた転移魔法陣を使って、僕は1階層に戻った。だが、交換所近くには、ユキナさんの姿はなかった。
僕は、天井からの視点で、各階層の様子を順に見ていく。もう夜だからか、随分と人は減ったようだが、見つからない。
(帰ったのかな?)
アンドロイドに尋ねるとすぐにわかるだろうけど、白い猫は、今、6階層のゲームセンターにいるようだ。店長のチビの近くで、何かしているみたいだな。これは、自力で探す方が良いか。今のアンドロイドは、超反抗期だからな。
銀次さん達は、ボス部屋の転移魔法陣で、この迷宮の出入り口へと移動したようだ。企業迷宮の集まりの開始時間にはまだ余裕はあるが、いつも彼らが行く時間よりは、かなり遅くなってしまったらしい。
瓦せんべいの残りと宝箱の中身のせんべい詰め合わせは、銀次さんに渡した。彼は、素直に喜んでいたな。その瞬間だけは、誰もが恐れる裏ギルドの創設者には見えなかった。
あの落武者が、銀次さんの恩人だったなんて驚きだ。瓦せんべいの回復薬が、魂のエネルギーを回復したことにも驚いた。落武者は名のある武将だったのだろうか。
二人は、まだ帰還した頃の姿には戻れてないみたいだが、二つ目を食べても、魔力が回復しただけらしい。以前カナさんが、ひとかけらで過剰回復すると言っていたから、銀次さんと雪島さんの魔力量が凄まじいことがわかる。
銀次さんは、これからも、落武者に会いに来るだろうな。この迷宮は、また冒険者が来なくなるか。まぁ、それも仕方ない。
7階層の氷湖は、エネルギー貯蔵庫だ。新たな台風が発生したから、ユウジさんとユキナさんに協力してもらえたら、また台風のエネルギーを……いや、あの温度は厳しいか。ラランがいないと、僕達だけでは不可能だ。
(困ったな……)
「あっ、五十嵐さん、さっき、冒険者ギルドの人が来て、『レイザーズ』の人達と一緒に、悪い人は連れていかれました」
「アイスキャンディの食べ方は、練習すれば大丈夫だと、綺麗なオバさんが言ってました」
(オバさんか……)
僕の姿を見つけた交換所の子供達が、報告してくれた。
「そっか、ありがとう。じゃあ、どちらも大丈夫だね。 ユキナさんは、『レイザーズ』の人達と一緒に出て行ったのかな?」
「あっ、えっと、勇者の人が子供達を連れてきて……」
(ユウジさん?)
「えーっと、ミッションだと言ってました。4階層に行ったと思います」
(ん? 4階層?)
あぁ、そうか。そういえば落武者は、二組が空き待ちをしていると言ってたよな。
普通の天井からの視点では、ボス部屋の中は、見ようとしなければ見えない。
(あっ! 見つけた)
今、3階層へ降り立ったばかりの団体を見つけた。ユウジさんと子供達が10人くらいか。そして少し離れて歩くユキナさんは、見知らぬ女性と話している。
すぐに3階層へ迷宮内ワープで移動しようかと思ったが、なんだか監視しているみたいだよな。ユキナさんは、僕の知らない女性と一緒にいるから、状況がわからない。
子供達に4階層へ行くと告げていたのだから、僕は、4階層で待つ方がいいかな。
僕は、交換所の子供達に軽く手を振り、4階層へと移動した。
◇◇◇
「あっ! 五十嵐さん、大丈夫だったんですか」
秋の夕暮れの森林のような4階層を少し歩いていくと、ひらけた草原には、いくつかのテントがあり、たくさんの人が集まっていた。
この付近は、階層モンスターが出現しない、何もない場所だ。前回の台風のときに設置されたテントが、そのまま、4階層を利用する人達の休憩所になっている。
「皆さん、こんばんは。えーっと、大丈夫かとは?」
僕がそう尋ねると、次々と口を開く。
「さっきの声です。あっ、もう2時間ほど前か」
「恐ろしい念話ですよ。シルバが来たから讃えよとか何とか。その瞬間、強い強制力を感じたけど、呪われたんじゃないのかな」
「シルバといえば、裏ギルドの総取締役みたいな人だろう? 裏の世界を完全に支配しているシルバー連合の長だよ。とんでもない呪術師らしいぜ」
「呪術師じゃないよ。闇魔術を扱う魔導士だ。帰還者で一番優秀だと言われている東海エリアの魔導士が、シルバにだけは逆らうなと言っていたらしいぜ」
「そうだよ。優秀な魔導士が迷宮特区に来ない理由は、シルバの射程圏内に居ると眠れないからだという噂も聞いたよ」
「この階層を調べていた迷宮特区管理局の職員達が、慌ててボス部屋に行ったわ。他にも多くの冒険者達が、ボス部屋に長い列を作っていたわよ」
(だから、急に人が減ったのか)
階層ボスを倒したときに現れる転移魔法陣で、迷宮から出て行ったんだな。5階層や6階層にいた人は、5階層に常設の転移魔法陣で、安全な場所へ移動したのだろう。
「あぁ、なるほど。その人達なら、もうここには居ませんよ。企業迷宮の集まりがあるそうです。呪いや何かの術も、発動してないです。あの挨拶は、僕を試しただけみたいですから」
僕がそう答えると、皆は、ホーっと息を吐いた。
「シルバに試されるなんて、五十嵐さんは何者なんだ?」
(えっ……どうしようか)
僕は、集まっている人達をさーっと見回した。皆、やはり不安そうな表情をしている。冒険者だけでなく、2階層の居住区の人もいるな。
「僕は、異世界では魔剣士でした。さっきの人達とは、比叡山迷宮で、一度会ったことがあります。僕の迷宮にブランデーの醸造所があるという話をしたから、立ち寄ったのかもしれませんね」
「えっ? 4階層は通ってないぜ? 醸造所は5階層にあるだろ。あっ、2階層の酒屋に行ったのか」
居住区の人達が慌てている。
「彼らを自由に歩かせるわけにはいかないので、僕がついていましたが、彼らは2階層の池に興味を持ったようです。その後は、2階層のボス部屋から迷宮の外へ出ましたよ」
「そ、そうか。それならよかった。あぁ、あの池には、たくさんの魂が集まっているよな?」
「ええ、比叡山迷宮から、流れてきた魂も少なくないようです。お化け屋敷の雰囲気が居心地いいのかもしれませんね」
僕が穏やかに話したためか、彼らの表情からは不安が消えていく。僕が怖がられてなくて、よかった。
「じゃあ、シルバ本人は来なくても、シルバー連合が、2階層にブランデーを買いに来るかもしれないんですね」
(あっ……マズかったか)
どう言い訳すれば良いか、わからない。
「それなら、居住区は安全になるんじゃねぇか? シルバー連合の奴らは、一般人には絶対に手出しはしないぜ」
「そうだな。厄介な冒険者も、弁当争奪戦で短剣を突きつけたりしなくなるはずだ」
予想に反して、彼らの表情は明るかった。シルバー連合は、怖がられているのに信頼されているようだ。