18、第1階層に出現するモンスター
「えっ? 2階層? いつ?」
カナさんは、僕の部屋の中でキョロキョロしている。かなり動揺しているらしい。
「今、ガタンと音がしたのは、2階層への階段が出現したからですよ。この小屋を出た左前方にありませんか」
僕がそう言うと、カナさんは外へ飛び出していった。
「あぁ、よかった! びっくりしたぁ〜」
彼女は、地面にぺたんと座り込んでいる。その仕草を見ていると、彼女が子供なんだとわかる。
アラフォーに見えるけど、呪いで姿が変わったということが確信できた。彼女の部下も、彼女をお嬢ちゃん扱いしてるもんな。
(あっ、アリだ)
カナさんが座り込んでいる草の上に、大きめのアリがいた。この階層のモンスターは、アリか。メロンパンのカケラを食べている。
蟲の魔王アントの眷属には、様々な種類のアリのような魔物がいた。この階層は完全に、魔王アントの影響を受けているようだ。
昨夜、大量のメロンパンを降らせてしまったから、大量のアリが発生するかもしれないな。まぁ、1階層だから、強いモンスターにはならないはずだし大丈夫か。
魔王アントの配下には、親指くらいの大きさなのに、かなり強い種族がいた。あれが大量発生したら、はっきり言って僕には無理だ。堅固な身体は、なかなか斬れないし、ほとんどの魔法が効かない。
(あっ、今のは無し!)
このダンジョンは、僕のイメージからモンスターが生まれそうだ。あんなのが出てきたら、僕は対処に困る。
あれを潰せるのは、魔王クラスだけだった。
そういえば、赤の魔王ラランは、灼熱の炎を指に纏わせて、プチンプチンと握りつぶしていたっけ。しかも、なぜか楽しそうに……。
(ふっ、ほんとヤバイよな)
「カナちゃん、モンスターも出現しています。いつまでも地面に座っていると、刺されますよ?」
「へ? モンスター? もう設定したの?」
「設定って何ですか?」
僕がそう尋ねると、カナさんは、なぜか思いっきり頷いている。少し安心したようにも見えるが……。
「だよね? 私はまだ何も説明してないもんね! はぁぁ、びっくりした。2階層ができたから、アンドロイドが進化して喋るようになったのかと思ったよ」
(もともと喋ってるけど)
彼女はキョロキョロと見回してるけど、アリには気づいてないようだ。
「説明するわね。迷宮の各階層には、その階層のコンセプトに応じたモンスターが出現するわ。迷宮の主人は、そのモンスターを討伐したときのドロップ品の種類やドロップ確率を設定する必要があるの」
「ドロップ品か。ファンタジーなゲームのようですね。その設定は、どこでやるのですか?」
「確かにゲームみたいね。先に仕組みを作った帰還者の趣味だと思うわ。設定はダンジョンコアを使って行うの。それを終えないと、モンスターは出現しても、討伐経験値を得ることができないし、アイテムのドロップもないわ」
「なるほど、じゃあ台座を見てきますよ」
僕が丸太小屋から離れると、彼女達もついてくる。いや、丸太小屋の結界が、他者を強制的に排出したのか。
『マスター、ポンコツの言うことはポンコツです。既に設定は完了しています』
(えっ? そうなの?)
『はい、マスターが望まれる形に出来上がっています。1階層のモンスターは、アリが数種類です。マスターが安全を願われていたので、子供でも討伐できるほど弱くしました』
(さすがだね、完璧だよ)
『ありがとうございます。ドロップ確率は子供達のケンカを避けるため、100%にしてあります。ただ、ドロップ品は外への持ち出しを可能にする必要があり、迷宮のエネルギーを消費するため、重量の軽い物にしました』
(それでいいと思うよ。本当に賢いね)
『はい、マスターが優秀だから、アンドロイドは賢いのです』
嬉しそうな声で、いつものセリフを言うと、念話は切れた。
「ぼくが、やっつけたんだぞ」
「わたしも〜、これってなぁに? ママ」
近くで、子供達の楽しそうな声が聞こえた。草原は、祭り会場を思い出させるほど、大勢の人で埋め尽くされている。
「しゃがんでると、危ないわよ! 何、それ」
「おっきなアリを、えいってしたら、これがでてきた」
この話が聞こえていたカナさんは、バッと振り返ると、人をかき分けて、その子供達の方へと寄っていった。
「ちょっと見せてくれるかしら?」
「は、はい、どうぞ」
避難者は、迷宮案内者には逆らえないらしい。
僕も、近くにいたアリを踏み潰してみる。蟲の魔王アントの顔が浮かんできて、少し躊躇したが……。
踏み潰すと、アリはパッと消え、四角くて小さな何かが落ちた。ドロップ品を残してマナに変換されたように見える。だけど、また一定時間後には、モンスターは復活するんだったな。
ドロップ品を拾ってみた。
(あれ? これって……)
ただの焦茶色のフィルムに包まれているけど、コンビニで売ってたチ○ルチョコに雰囲気が似ている。フィルムを剥がし、口に放り込んでみた。
(うぉっ、懐かしい!)
コンビニに売っていた物よりも、少し小さいが、間違いなく、チ○ルチョコだ。
子供に倒せる弱いモンスターのドロップ品が、小さなチョコだなんて、ウチのアンドロイドは何てセンスが良いんだ!
「ちょっと、キミ! 大変よ! 変な四角い物体があちこちに落ちているのよ!」
(はい?)
カナさんは、チ○ルチョコを知らないのか? この高熱化した日本に長く居たせいで、忘れているのかもしれないな。もしくは、もうチ○ルチョコのない時代に生まれたのか。
「カナちゃん、それが、1階層のドロップ品です。チョコですよ」
「へ? チョコ? チョコレート?」
「ええ、今、僕も食べてみました」
僕は包装フィルムをペラペラと振ってみせた。
「なぜ、そんなドロップ品にしたの?」
(僕じゃないんだけどな)
でも、まだアンドロイドは喋らないと思われているから、僕のアイデアだということにしてもいいか。
「子供達にでも討伐できるモンスターなら、1階層は安全ですよね? それにチョコなら、子供達のおやつになります」
「おやつじゃないわ! 完全栄養食よ。ドロップ確率は?」
「はい、重さを抑えたことで、ドロップ率は100%かと」
話を聞いていた人達は、草原にしゃがみ込み、アリ探しを始めたようだ。