178、お武家様と銀次
あけましておめでとうございます。
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『我が主君、なぜ、この者を連れて来られた?』
普通の魂のフリをする階層ボスの落武者は、銀次さんには返事をせず、僕にそう尋ねた。彼の見た目が若い冒険者だから、わからないのだろうか。
「キミを見かけなくなったから、心配して探していたみたいだよ」
『先程の声は、この者の仕業。不快な音を迷宮全体に流しておったが……』
チラッと銀次さんの様子を見てみると、彼の顔色がおかしい。焦っているのか? だが、ひざまずいたまま動かずに、頭を下げた姿勢を維持している。
戦国時代での恩人なんだっけ。銀次さんは、奉公人の頃の感覚に戻っているのか。
だが、この敬意の表し方は、戦国時代のものではないだろう。彼がいた異世界での習慣か。
「彼は、僕のチカラを試したかったみたいだね。僕も彼のことをあまり知らないからな」
『我が主君を試すような、そんな愚かなことをしたのでござるか。この者は、ワシが比叡山迷宮にいた頃、ちょくちょく話しかけてきた物好きでござる』
「へぇ、見た目を変えているみたいだけど、わかるんだね」
『わかりまする。ワシは、古き死霊ゆえ、魂やオーラで個体を識別するのでござる。ワシの本来の姿を復元していただいてからは、目でも識別可能になりましたがな』
「そっか。キミに会いに来たから、彼と話してあげて」
『うむ、承知した。銀次、ワシに何用だ?』
落武者がそう声をかけると、銀次さんは、やっと顔をあげて、立ち上がった。
「ワシは、お武家様がご無事であることを知りたかったのです。なぜ、比叡山迷宮を離れ、このような場所におられるのですか」
(言葉遣いが丁寧だな)
『あぁ、そういえば、おぬしはワシと話すことが幸せだと言うておったな。ワシは昔のことは覚えておらぬが』
「はい、お武家様と話をすることで、ワシは人間らしい心を保持できるのです。異世界から戻り、狂いそうになったワシを諭してくださったのも、お武家様ですからな」
銀次さんは、完全に奉公人のときの感覚で話しているようだ。彼が連れている人達が、少し驚いた顔をしている。
現状なら、どう見ても、落武者よりも銀次さんの方が、地位も能力もすべてにおいて、圧倒的に上だろう。
『我が主君、この者の愚行を許していただけぬか。この者の魂は、何かに縛られておるのだ。魂が燃え尽きるまで、この者は生き続ける地獄を背負っている』
(落武者……)
「キミは、慈悲深いんだね。許すも何も、僕は銀次さんに何かをされたわけじゃないよ。もう僕を試すようなことはしないと、さっき言ってたし」
『かたじけない。我が主君には、ワシの願いばかりを押し付けていることは承知している。アンドロイド殿にも、いろいろと無理を言ってすまない』
「別に、無理なことではないでしょ。あー、キミには、この池の番人に配置転換してもらう方がいいかな。銀次さんが、きっと許さないだろうからね」
『なぜでござるか? ワシでは、もう役に立たないと?』
「いや、そうじゃないよ。銀次さんは、権力者なんだ。キミは、銀次さんの恩人みたいだからさ」
「五十嵐、お武家様に、ここで何をさせている!?」
(もうわかってるでしょ)
銀次さんは、魂に残された記憶も見えるだろう。目の前にいる普通の魂のフリをしている落武者が、階層ボスだとわかっているはずだ。
『銀次、ワシは、ここに屋敷を与えられたのだ。キッカケは偶然だったが、ワシを見つけたアンドロイド殿が、ワシの失った記憶の一部を取り戻してくださった。そして、ワシの願いを叶え、今、ここには多くの新しき者がいる』
「お武家様は、騙されて……」
『ワシを騙せる人間がおるわけなかろう? 今では、魂の色まですべて見えておる』
「えっ? お武家様にはそのような能力は……」
『この迷宮で、多くの人間の術を剥ぎ取っているうちに、ワシも得るものがあったようだ。まだ古き記憶は戻らぬが、彷徨う魂を呼び寄せるチカラを得た。以前は、遠くの悲鳴に何もしてやれず、苦しい思いをしていたがな』
(何かの能力が増えた?)
「だが、階層ボスに堕ちるとは、あまりにも……」
『堕ちたのではない。取り戻したのだ。ワシは、我が主君に出会わなければ、ワシを頼る弱き魂を守ってやれなかった。比叡山迷宮では、魂を喰う迷宮が増えてきたからな』
銀次さんは、僕に鋭い視線を向けたが、その後、岩場にある木造の小屋をジッと見つめた。彼には見えるらしい。
「お武家様がおっしゃる通り、岩場には比叡山で彷徨っていた魂の多くが集まっている。しかも、怨霊化している魂はない。あの場所が、お武家様の屋敷か」
(粗末だから怒ってる?)
「彼の屋敷は、ボス部屋じゃないかな。なぜか、装飾が少しずつ変わっているんだけど」
「ボス部屋? あぁ、そうか。帰還者迷宮は、ボス部屋は独立空間か。その場所を、お好きに使われているのですな」
『気になるなら、見に来れば良い。階層ボスとしては、ワシの本来のチカラはほとんど使わないから、簡単に倒せるぞ』
「お武家様を倒すだなんて、そのような……」
『ワシ自身ではない。迷宮が創り出す怪物じゃ。倒されても、特にダメージは受けぬ。冒険者が落として行った品は、頂くこともあるがな』
そう言うと、普通の魂のフリをした落武者は、スーッと移動して行った。
「銀次さん、彼の屋敷を見に行きますか? 見せたいのかもしれませんね。彼の記憶にあった自分の姿を」
「そう、だな……」
銀次さんは、ボス部屋の場所もわかっているようだ。ボス部屋へ向かって、歩き始めた。
◇◇◇
『よく来たな、人間!』
スゥーッと音もなく現れたのは、人の倍ほどの大きさの、落武者だ。
僕は、ボス部屋内を見回してみた。かなり、いろいろと改装されている。床も畳っぽい模様になっているから、なんだか、武家屋敷の一室のようだ。
「あ、あぁ……」
銀次さんは、その場に崩れるように座り込んでしまった。ボス部屋には、彼が連れてきた人達も居るのに、そんな弱々しい姿を見せて大丈夫なのだろうか。
『銀次、この姿がワシで間違いないか』
「お武家様に間違いございません! あぁ、まさか、目の前に……何という奇跡……」
(えっ? 泣いてる?)
『銀次、結界か何かを使ってみせよ』
「へい!」
銀次さんは変な返事をした直後、防御結界を張った。すると、その魔力に反応した落武者が、ぶわっと波動を起こした。血生臭いニオイは、ここにいる人達の本来の姿をあらわにする。
『我が主君、ワシはお役に立っておりますか』
(心配してたのか)
「あぁ、とても役に立っているよ。この波動は、銀次さんにも効くのかな」
『一時的な術ゆえ、すべてのモノに効きまする。死者であったとしても、同じこと』
(死者?)
僕は、不覚にもギョッとしてしまった。
銀次さんは、ボロ布と黒銀のオーラを纏った、骨と皮だけに痩せ細った老人。そして雪島さんらしき人は、黒いローブを身につけた、強烈な異臭を放つ巨大なゾンビのような姿をしていた。