177、逃げてきた魂が集まる池にて
「おや、シルバの術が全く効いてないわけでもなさそうですね。五十嵐さんが、そんな風に怒りをぶつけるとは」
(確かに……)
僕の中に残った不快感のせいだ。だが、それを認めるのは、少しマズイ気もする。
「それなら、なぜ、ワシのことを怖れない? この距離で術を受けても平然としているぞ。確かに貫いたはずだ。ガーディアンから引き離したし、完全に油断していただろ。なぜだ? なぜ、ワシに反論できる?」
「そういえばそうですねぇ。五十嵐さん、シルバの術で精神を串刺しにされませんでしたか」
(嘘は、見抜かれるか)
「彼が僕を試しているのは、わかっていました。だけど、人を袋に入れて持ち運ぶなんて、異常だと感じたんです。まさか、魔法袋じゃないでしょうね?」
「魔法袋だが、何か?」
銀次さんは、不思議そうな顔をしている。
「はい? 魔法袋は異空間に広がっているのですよ? もし傷つけたりしたら、中身は異空間に放出されます。人を入れてはいけません!」
「雪島だから構わないのだ。普通の袋だと、簡単にバレるではないか」
「銀次さん! 構わなくないですよ! ほんと、やめてください。雪島さんも、魔法袋に入ってはいけません!」
僕は強い口調で、彼らに説教をしてしまう。だが、これは、僕が受けた術の不快感を、別の言葉に転嫁して、吐き出したい衝動からのものだ。
(ヤバイな……)
「ふむ。叱られてしまったようだな、雪島」
「シルバが叱られているのですよ? だが、不思議ですね。五十嵐さんはレジストもせず、至近距離でシルバの術を受けて平然としている。普通なら立っていられないでしょう?」
(レジスト能力なんか無いよ)
「怒りに転嫁したのかもしれないが、たいした怒りでもないな。ふむ、なぜだ? まぁ、レジストすると逆に染まるわけだが……ふむ?」
二人は、僕の方をジッと見ている。よほどの自信があったらしい。なぜだと聞かれても、僕が知るわけがない。
「それより、雪島さん。手の傷は、そのままで良いのですか。あまりにもボロボロですが」
雪島さんの手のひらは、骨が見えるほど焼けてボロボロになったままだ。さすがに、死霊術師であり自らをアンデッド化させているとはいえ、これでは不便だろう。
「あぁ、そうでしたな。五十嵐さんに非礼をお詫びするためと、シルバの監視を兼ねて、同行したのですわ。先日は、五十嵐さんの魔王たる地位を奪おうとして、申し訳ありませんでした」
雪島さんはそう言うと、深々と頭を下げた。
「いえ、僕は無自覚ですから、気にしないでください」
僕がそう言った瞬間、二人だけでなく、銀次さんが連れている人達も、僕の顔をパッと見た。
(無自覚はマズかったか)
だが、嘘をつくと、彼らはすぐにわかるよな。
「どうされました?」
僕は、素知らぬフリをして尋ねた。
「驚いただけだ。いや、ワシは背筋が凍った。もう、五十嵐のことを試すようなことはしない」
(ん? 何?)
僕が変な顔をしていたのか、雪島さんが口を開く。
「五十嵐さん、今、また魔王紋が額に浮かびましたよ。お許しいただきありがとうございます。私の手は、ほら、元通りですわ。一瞬で戻ったのは、迷宮の補正ですかな」
「雪島、何をとぼけたことを言っているのだ? 銀色の魔王紋だ。あぁ、そうか、原始の星だからだな」
銀次さんは、一人で納得しているが、僕には意味がわからない。しかし、2階層への階段で、変な話はできないな。
「銀色? 私には青く見えましたよ? 見る人によって受け取る色が変わるのでしょうか」
(そんなわけないでしょ)
魔王紋の色は決まっている。ほとんどが、その魔王の髪色と同じ色に輝く。
「なんだか、わからないことだらけだな。ワシは、すべてを知っている気になっていたが……」
「とりあえず、左の階段ですよね? 集まりに遅れますよ」
「あぁ、忘れていた。まだ、3時間はあるが……」
(左へ行くのか?)
「居住区なら右ですよ。左はモンスターが出現するエリアです」
「アカは、大きな池の付近だと言っていた。懐かしい気配があったらしくてな。ワシの恩人がいるかもしれない」
「池なら左ですが、銀次さんの恩人らしき人はいませんよ。お化け屋敷のような階層なので」
「まぁ、確認させてくれ。数ヶ月前から姿を見ていない。魔物化した迷宮に喰われたのではないかと気掛かりでな」
(そういうことか)
「わかりました。おそらく、魂になっていると思いますが」
「ワシは、魂を探しているのだ。ワシが奉公していた加賀のとある畑で、命を救ってくれたお武家様だ。ワシのことは覚えてなかったようだが、たまに話をしてくださってな」
(ん? お武家様?)
「えっと、前田家でしたっけ?」
「あぁ、ワシは、ただの奉公人だったが、凛としたお武家様でな。今でも会えることが、死ねないワシの楽しみなのだよ」
◇◇◇
べべん!
柳の並木道が終わったところで、三味線のような音が聞こえた。これが3回で、アイツが出てくる。
ヒュルル〜
和楽器の笛の音も聞こえる。
左側には大きな池が見えてきた。さらには、生暖かい風も吹いてきた。もう、このパターンにも慣れたけど。
池の上には、たくさんの火の玉がふわふわと漂っている。これはモンスターだ。それ以外に、多くの魂も出てきたな。
べべん!
(はい、次ね)
べべん!!
ザザザッと水しぶきと共に現れたのは、大きな白い女性の顔、つまり生首だ。
『う〜ら〜め〜し〜や〜』
「ふむ。幽霊のモンスターとは面白い。ワシが狩ってみてもいいか?」
なぜか、銀次さんは、やる気を出している。
「構いませんが、倒す方法はひとつしかないですよ」
「ふっ、聴覚へのダメージだろう? 見ればわかる」
(見てもわからないでしょ)
銀次さんは、剣を2本抜くと、生首が横を通ったときに、嫌な音を立てた。驚いた顔の生首は、パッと消え、ドロップ品のカレーせんべいを、雪島さんがキャッチしていた。
「本当に、せんべいか。楽しいな」
「それはカレーせんべいです。一応、レアドロップ品と言われています。倒し方がわからないみたいで」
「へぇ、ワシはすぐにわかったぞ」
(嬉しそうだな……)
池の中に作った大きな岩場にある魂の棲家から、たくさんの魂が出てきた。認識阻害の結界が張ってあるため、魂の出入りは自由だが、この階層にいる冒険者からは、ただの岩場にしか見えないはずだが……。
銀次さんは、突然、ハッとした表情を見せた後、池の土手にひざまずいた。
(彼には見えるんだな)
岩場の結界から、一つの魂が、銀次さんの近くへと出てきた。
「お武家様! ご無事で!」
銀次さんの前に浮かぶのは、普通の魂のフリをした階層ボスの落武者だった。
今年も残りわずかとなりました。
皆様、本作を見つけてここまで読んでいただき、ありがとうございます♪ おかげさまで、毎日更新を続けることができました。
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来年もコツコツと頑張っていきますので、よろしくお願いします。今年一年ありがとうございました。
皆様、良いお年をお迎えください。
アリ(´・ω・)(´_ _)ガト♪