176、銀次さんの目的は
「ワシに、そんなことを言う帰還者は、初めてだ。ワシの素性を知らぬわけではないだろう? 皆が凍りついているではないか」
(なぜだ?)
裏ギルドの創設者である彼は、シルバという名前を使っているんだよな? 銀次という名を知っているのは、この場ではユキナさんだけだと思うが。
「僕は、何か変なことを言いましたか? 貴方の通称は出してないし、僕の迷宮なら何をしてもいいだろうと言われたら、当然、迷宮マスターとして忠告しますよ」
「ククッ、やはり楽しいな、五十嵐は」
銀次さんはニヤニヤしているが、その目は笑っていない。僕を試しているようにも見える。彼は、何かの術を発動中なのだろうか。近くにはチビがいるから、彼は攻撃的な術は使えないはずだが。
「なぜ、この付近の人達が凍りついているのですか。銀次さん、何かしました?」
「ワシは皆に名乗っただけだ。その後の術は、かき消されたからな。ちょっとショックだよ。だが、愉快だ。自分を上回る存在がいる場所が、こんなにも開放的な気分になれるとは知らなかった」
「えっ? 名乗ったんですか!? あー、記憶を消すことができるから……」
「ここでは消せないな。初級レベルの術なら邪魔されないが、高度な精神支配系の術は、広がらずにかき消される。名乗った後の術の成功率は100%だったんだがな。そう考えると、かなりのショックだな」
そう言いつつ、銀次さんは少しずつ、本当に楽しそうな表情に変わってきた。
名乗ると効果が上がるということは、呪術系の術なのだろうか。彼のシルバという通称は、呪術名として使っているのか。
「何の術を使ったんですか。そもそも僕は、銀次さんの能力をよく知らないし、迷宮が僕の能力を増幅するとはいえ、僕には、洗脳系の術をかき消す能力なんてないですよ」
「原始の星の魔王に仕えるファイは、魔王が苦手な分野に高い能力を持つと聞く。五十嵐はサーチ系が苦手だから、ファイは思念系の能力が高いのだろう? しかも能力を抑制した状態でもこれほどのチカラだ。ハハッ、楽しいな」
(ん? 何かしてるのか?)
チビの方に視線を移したけど、少年は首を傾げている。
「ガーディアンは、何もしてないみたいですが」
「既に、この迷宮内には、ガーディアンの術が隅々まで行き渡っている。その術が、自分の主人に有害となる術をすべて、かき消しているのだろう。ほれ、ワシが何をしても大丈夫ではないか」
嬉しそうにケラケラと笑いながら、銀次さんは、奥へと歩き始めた。話が聞こえない距離にいた人達も、彼の姿を見て、慌てて道を譲っている。
しかも、彼らが入ってきたことを、アンドロイドが察知できなかった。銀次さんは、自分の術はかき消されると言っているが、それを素直に信用するわけにはいかないな。
(自由にさせるのはマズイ)
僕は、ユキナさんに後を頼むと目配せをして、彼らを追いかける。
「ちょっと、銀次さん。勝手にウロウロしないでください。どこまで名乗ったんですか」
「ん? どこまで? あぁ、五十嵐の迷宮全体に、シルバが来たと伝えたよ。そして、ワシを讃えよとな。だが、全く効かない。こんな浅い階層しかないのに、ショックだよ」
(はい?)
よくわからないけど、洗脳して従えようとしたのか?
「他人の迷宮で、何をやってるんですか!」
僕が強い口調でそう言うと、周りの人達が凍りつく。もしかして、これって……。
「ククッ。ワシに、ぎゃーぎゃーうるさいことを言うと、五十嵐が恐れられるぞ。ワシは、シルバだと名乗ったからな」
「でも、見た目は……」
「誰もワシの本当の姿を知らん。見た目など、いくらでも変えられる。ワシの放つオーラを見極められる奴も少ない」
「なぜ、僕の迷宮に来て、名を明かすのですか。僕への嫌がらせですか」
「違う違う! ワシは五十嵐とは親しくなりたいのだ。ワシに悪意があれば、迷宮アンドロイドは気づくはずだろ? それに、赤髪と飯を食ったようじゃないか。言っておくが、ワシと親しくする方が安全だぞ」
「アカさんから聞いたのですか。僕は、比叡山の魔王を特別扱いしないだけです。騒ぎを起こせば迷宮から排出するし、おとなしくルールに従っているなら、他の冒険者と区別しませんよ」
「だが赤髪は、邪神に操られるぞ。ワシは、すべてをブロックできるから、ワシと親しくする方が安全だ」
(邪神に?)
そうか! あれは、灰王神だったのか。赤髪の魔王と話しているとき、他人と話しているような違和感を感じた。
「僕は、相手の素性によって態度を変えるつもりはありませんよ。ここは僕の迷宮です。僕には迷宮の主人としての能力補正もある。迷宮内では、迷宮マスターが絶対なんですよ」
「交換所の手伝いをしていたのに、絶対君主のようなことを言うのだな。五十嵐は、何を目指しているのだ? ワシの誘いに乗る気はないのか?」
(これは、試験か)
銀次さんが放った威圧感に、彼が連れている男性達は数歩後退したようだ。彼は、冥府の覇王だったか。確かに、この威圧感は、特殊なチカラだ。オーラの強さで圧倒するのではなく、オーラが槍となって心に突き刺さるような感覚。
だが、黒の魔王に比べれば、かわいいものだ。
「銀次さんは、特殊なオーラを使うのですね。勇者なら嫌悪するでしょう。この階段を降りて2階層に行くつもりなら、それは迷惑ですから引っ込めてください。居住区には、異世界で勇者をしていた人も複数人いますよ」
「それなら、ワシの質問に答えることだ」
銀次さんの目の光が、これまでとは違う。強い術を使っているためか。
「僕は、高熱化の原因を調べ、環境を改善したいと思っています。でも、まずは、酷い食糧事情を改善するべきだと考えています。銀次さんの提案に関しては、僕にはよくわかりません」
「ふむ、模範解答のような答えだな。つまらない」
「僕は、この場所では特に、貴方の機嫌をとるつもりはないですよ。ここは僕の迷宮だ」
冷たく言い放つと、銀次さんと一緒にいた人達が緊張したのが伝わってきた。
(あっ、消えた)
銀次さんが使っていた威圧系の術が、解除されたようだ。しかしまだ、不快な感覚は残っている。
「雪島、なぜワシの術が効かぬ? ガーディアンからの距離は、充分だったはずだろ」
銀次さんの装備する袋から、白い霧が出てきた。
(うげっ!?)
白い霧は、ゆっくりと集まると、パッと人の姿に変わった。迷宮特区管理局でギルド担当をしている雪島さんだ。まさか、人を袋に入れていたのか!?
「五十嵐さん、こんばんは。嬉しいですな。シルバのことは見抜いたが、私には気づかなかったようで、ワクワクドキドキでしたよ。あはは、楽しいですな」
「気付くわけないでしょ! なぜ人を袋に入れて持ち運んでるのですか! 正気ですか!?」
僕は、思わず、二人に怒鳴ってしまった。