175、誹謗中傷を流す男と『レイザーズ』
ユキナさんが引き連れてきた人達は、ほぼ同時に仮面を外した。どの顔にも見覚えはない。
話の流れから考えると、彼らは、『レイザーズ』という冒険者パーティのメンバーらしい。人数の多いパーティらしいが、どうやら、その名を騙っていたのが、取り囲まれている人みたいだな。
その男は、チッと舌打ちをして、脱力したフリをしたが、すぐに近くにいた子供を盾にとった。
だが、その直後、僕が動くより先に、子供を拘束した男の腕は、アントさんの眷属のアリによって、ひねり上げられた。
(あっ、折ったな)
その男は驚いた表情をしているだけだが、アントさんの眷属の彼は、男の腕を折ったみたいだ。手の甲が不自然な方向を向いている。
これは蟲の特徴だと思う。手足を折ったり、羽に穴を開けたりすることで、相手の反撃を防ぐ。獣なら、頭を狙う種族が多いと思う。まぁ、僕がいた異世界だけの特徴かもしれないが。
盾にされていた子供は、何が起こったかわからないようだ。すぐにチビが、その子の手を握り、自分の方へと引き寄せ、頭を撫でて落ち着かせている。
(良い連携だ)
「うわぁっ!」
アリがその男の腕を放すと、急に痛みを感じたのだろう。男は、腕を押さえて、うずくまった。
この一瞬の出来事を見逃した冒険者も少なくないようだ。大半が、キョトンとしている。
「す、すごいな。この交換所の護衛は……」
仮面を手に持つ一人は、そう呟くと、アリに深々と頭を下げている。
「私が、ケントさんの迷宮で捕まえようと言った理由が、これでわかったでしょ。子供達だけで働ける場所を作っているんだから、この迷宮の護衛は強いに決まっているわ」
ユキナさんは、そう言いつつも、ちょっと驚いているよな。だが、僕に相談もなく……いや、相談しに来たら、もう遭遇してしまったのか。
「ユキナさん、これはどういうことなんですか」
僕は、交換所のカウンターから出た。すぐに休憩していた子供達が、カウンター内に移動してくれた。でも、この騒ぎで、並んでいた人達も列から外れたんだけどな。
「ケントさん、紹介するわ。彼が、『レイザーズ』のリーダーの大内さんよ。誹謗中傷の件を調べていたら、『レイザーズ』の記事をたくさん見つけたから、彼と話をしたのよ。彼らも、勝手にパーティ名が使われている件を調べていることがわかったわ。ウサギくんが、今、それらしき人が五十嵐さんの迷宮にいると教えてくれたのよ」
(ウサギくん……)
草原をサッと見回すと、キラリと光る小さな銀色のサソリが、僕に見つけてくれと言わんばかりに、尾を上にあげていた。今まで全然気づかなかった。
そういえば、キミカさんのアンドロイドは、ユキナさんの迷宮にいるんだったよな。たぶん、ウサギの置き物の姿で、オブジェのフリをしている。
ユキナさんの迷宮は行ったことがないけど、金属製のいろいろな装飾品があるという噂だ。だから、生体反応のないアンドロイドにとって、紛れやすいのだろう。
「はぁ。それで、その人を捕まえることにしたのですか。裏ギルドの人なのかな?」
僕がそう尋ねると、ユキナさんは、『レイザーズ』のリーダーの大内さんに視線を移した。ユキナさんには、裏ギルド事情は、わからないのだろう。
「五十嵐さん、突然、いろいろとすみません。何者かが、俺達のパーティ名を騙って、つまらない誹謗中傷を流していたため、ずっと探していたんです。その男は、裏ギルドに出入りするチンピラだ」
「裏ギルドということは、シルバー連合なのですか」
(ん? 何?)
腕を痛がっていた男は、僕の方を見て、思いっきり首を横に振っている。目の焦点がおかしいのか、僕とは目が合わないが。
「五十嵐さんは、知らないのか。シルバー連合といえば、裏ギルドの最高機関だよ。俺達には上手く例えられるものがないが、裏のエリート集団だ。こんなチンピラが加入できるわけがない」
「僕はまだ、今の日本の状況も、よくわかってませんからね。ただ、裏の世界はシンプルだと聞きました」
「確かにシンプルだよ。絶対的な権力者がいる。裏ギルドがあるから、表の世界も、ギリギリのところで何とか均衡を保っているのだと思うよ」
ユキナさんが、何かの道具を『レイザーズ』のリーダーの大内さんに渡した。
彼は、他のメンバーにそれを渡し、座り込んでいる男に近寄っていく。拘束具らしい。
「川上さんの魔道具は、すごいね。コイツは逃げる気だったみたいだが、完全に諦めたようだ」
「私達も迷惑していたからね。誹謗中傷の記事のせいで、ケントさんの迷宮は、冒険者が寄り付かなくなったのよ?」
「俺達も同じだ。新規の募集をギルドから止められた。転移魔法陣のある迷宮特区の迷宮マスターへの情報操作攻撃は、さすがに看過できないと言われたよ」
拘束された男は、なんだか挙動がおかしい。僕の方を見て、何かを必死に訴えようとしているみたいだが、やはり、目は合わない。
ペタリと座る男を、『レイザーズ』の人達が立たせようとしているが、動けないらしい。
「立てよ! 腕が折れているだけだろ? 子供を盾にするとか、ありえないんだよ!」
「違うんです。俺は、ただ、デカくならないと……」
(言動もおかしい)
チビが何かをしているわけでもないよな? その男の視線を追って、振り返ってみると、そこには完全に気配を消した数人の男性がいた。
彼らは、20代くらいの冒険者に見えるが、なんだか違和感がある。
(あー、そういうことか)
上からの視点で見てみると、階段には護衛らしき人達が待機しているのを見つけた。
僕は、その中の一人の目を真っ直ぐに見て、口を開く。
「銀次さん? まだ5月になってませんよ」
その男性は、ニヤッと笑みを浮かべた。別人に見えるが、この笑い方は間違いない。
「勇者がいなくても、ワシを見つけるとはな。明日から5月だろう? 企業迷宮の集まりは午前0時からだから、少し早目に来たのだよ。アカが気になることを言っていたからな」
(アカの魔王?)
「ブランデーを受け取って、何か聞いたのですか」
「あぁ、2階層には、なんだか懐かしい気配があったらしい。雪島が負けたと言っていたから、ワシがウロウロしても問題ないだろう?」
(はい?)
ユキナさんに助けを求めようとしたけど、無理っぽいな。彼女は、銀次さんの名を聞き、ビビってる。
「雪島さんの許可証か何かあるんですか?」
「そんなものは無い。だが、五十嵐の迷宮なら、問題ないだろう? そっちにいる護衛は異世界人だな。そして、その坊やがガーディアンか。ふむ、チカラを隠しているが、ファイだな? ほれ、ワシが何をしても大丈夫じゃないか」
「ちょ、変なことをするなら、迷宮から排出しますよ?」
僕がそう言うと、周りの空気が凍りついたように感じた。