173、夕方の1階層の交換所にて
僕は、7階層のボス部屋に現れた転移魔法陣を使って、1階層へと移動した。着地点は、出入り口の階段近くだ。
「あっ、迷宮マスターさん、こんにちは!」
交換所の整列を促していた子供達が、僕をすぐに見つけた。周りをよく見ているようだ。
「こんにちは。まだ早いかもだけど、容器の補充に来ましたよ」
「あっ、もう、倉庫にはほとんど無いです。そろそろアンドロイドさんに言わなきゃって、さっき話してました」
「えっ? 10日ほど前に、パンパンにしたのに?」
「はい。転移魔法陣を使って6階層に来た人が、帰りはここでフルーツ氷に交換して、出ていくことが多いです」
(スムージーより氷か)
ボス部屋が面倒だから、そういうルートなのだろう。効率重視の冒険者がやりそうな行動だ。
交換所横の倉庫に入ると、ほとんどの棚が空っぽだった。ということは、子供達には、とても忙しい思いをさせてしまっているな。
僕は倉庫内を歩きながら、魔力を放つ。棚に並べることもできるが、それはしない。倉庫整理係の子供達の仕事を奪うことになる。
「わっ、どっちゃり……」
「ごめん、整理整頓して出せないんだ」
「いえ、大丈夫ですっ! 俺達が整理整頓します」
(ふふっ、かわいい)
キリッとした表情で、元気よく返事をしてくれたけど、その表情には疲れが見える。他の子たちも同じだろう。
人を増やす方がいいのだろうか。だが、たまたま、この10日ほどが忙しかっただけかもしれないよな。
ここの子供達は、ラランが見つけた孤児達だ。新たに増やすのも難しいか。僕には、子供達の素質を見極める能力はない。調和を乱す子が入ると、うまくいかなくなる。
倉庫を出て交換所に戻ると、僕の顔を指差す子供がいた。
「五十嵐さん、頬から血が出てる!」
「ほんとだ。倉庫で怪我したの?」
「血? あぁ、大したことないよ。これは新しい階層ボスにやられたんだよ。早く終わらせたかったから、防御無視で階層ボスの急所を探したからね」
「でも、痛そう……」
子供達が心配そうに集まってきた。交換所に並んでいた冒険者達も、前後の人と、ヒソヒソと話している。
(ちょっと恥ずかしいかな)
頬に触れてみたが、もう血は乾いているようだ。どんな傷かわからないが、回復薬を飲むほどではないと思う。2階層の僕の住居に入れば鏡はあるが、わざわざ見にいくのも面倒だな。
「みんな、忙しい思いをさせて、ごめんね。交換所が忙しい時間は、働いてくれる人を増やさないといけないね」
「忙しいのは今の時間だけです。外が少し涼しくなると、迷宮から帰る人が増えるんです」
(なるほど)
比叡山迷宮での習慣が、一般的な冒険者の動きか。高熱化しているから、太陽が出ている時間帯は外は歩けないのだろう。僕達が帰還した2月でも、あんなに暑かったもんな。
「ケント様! 大丈夫ですかっ」
(ん? チビ?)
昼寝をしていたのに、慌てて来てくれたみたいだ。白い髪は、寝ぐせがひどい。チビも過重労働だよな。朝から昼過ぎまでは4階層を巡回して、夕方遅めから日付が変わるまではゲームセンターの店長だ。
「チビ、ありがとう。たいしたことないんだけど」
「ダメです。少し、しゃがんでください!」
(チビに叱られた)
4〜5歳の姿のチビの視線に合わせるため、僕はその場に座った。チビは、真剣な表情で僕の全身を調べたようだ。やがて、淡い光がチビの手から放たれた。
「ケント様、背中にも強い雷撃による炎症がありました。それに、何ヶ所か服が鋭い刃物で切られたような場所があります。軽装とはいえ、ケント様の自然防御を貫いています。階層ボスは強くなってきています。もっと警戒してください」
「うん、わかったよ。チビ、ありがとうね。でも、チビが治してくれるから、ノーガードでも大丈夫だよ」
「ダメですっ! 階層ボスに挑むときには、ちゃんとガードしてください」
「ふふっ、はぁい」
チビは、プリプリと怒っていた。アンドロイドとは、ある意味、真逆なのかもしれない。
白い猫は、僕が防御無視で短時間で階層ボスを討ったことを、喜んでいた。おそらく、迷宮の主人の強さが、誇らしいのだろう。
一方で、チビは、僕が些細な怪我をすることも嫌なようだ。ガーディアンは心配性なのかもしれないな。
「あっ、そうだ。みんなに新しい階層のドロップ品を食べてもらいたいんだ。味の感想を知りたい。食べ方が少し難しいから、迷宮情報に注意書きをするべきか迷ってるんだよね」
僕は、7階層のボスの宝箱の中身をアイテムボックスから取り出して、交換所のカウンター内に置いた。
「お菓子? あれ? なんか硬いかも」
「棒付きのアイスキャンディだよ。棒を持って食べるんだけど、最後の方になると、溶けたアイスが棒から落ちることが多いんだ。上手く食べられるか、みんなに試してもらいたい」
「うん、いいよー」
「でも、今、お仕事中だから」
休憩することに罪悪感を感じる子が多いことは、僕にはわかっていた。だから、こういう言い方をしてみたんだけどな。
「迷宮案内への注意書きが必要かどうかの調査だよ。これも、仕事だよ」
「うん、でも……」
子供達は、交換所に並ぶ人達の方に視線を移した。ほんと、責任感が強いよな。
「それなら、半分ずつ交代にしよう。僕が交換所の手伝いに入るよ」
「あっ、ボクもお手伝いします」
チビはそう言うと、カウンター内に入ってきた。チビは、アイスキャンディは苦手かもしれないな。
「じゃあ、半分の子は、調査の仕事だよ」
少し大きな子がそう声をかけると、カウンター内にいた子が、交換所の横に並んで座った。
僕は、トレイに氷を出して、その中にガリガ○君のようなアイスキャンディを並べる。
「好きな色を取って、食べてみて。氷菓子だから、ちょっと硬いけど、すぐに食べやすい硬さに変わるよ」
「「はいっ!」」
子供達は、元気に返事をして、不思議そうな顔をしながら、アイスキャンディを食べ始めた。
それを見ていた冒険者達は、タブレットを取り出して何かを話し合っている。新たな階層情報を見ているみたいだな。
「お待たせしました。次の方、スムージーとフルーツ氷、どちらにしましょうか?」
「まさか、五十嵐さんが対応してくれるとはな。俺はフルーツ氷で頼むよ。交換品は4階層の果物だ」
僕は、容器にフルーツ氷を入れて、顔馴染みの冒険者に手渡す。
「はい、どうぞ。またのご利用をお待ちしてますね」
「あぁ、毎日来てるぜ。7階層のボス部屋は楽しみだな。今夜は情報を集めて、明日攻略するぜ。迷宮マスターに傷を負わせる階層ボスだからな」
(やはり、恥ずかしかったか……)