172、第7階層のボス部屋
『マスター、階層ボスが完成しました』
高位の冒険者二人が6階層への階段を上がっていくのを見送っていると、アンドロイドから念話が届いた。
(わかった、すぐに行くよ)
僕は、氷の板を避けながら、氷湖の中央にある小さな島を目指してスーッと滑っていく。
異世界では、凍った湖は恐ろしかったけど、ここだと少し楽しい。弱いエレメントだけを配置しているからだろう。異世界だと、現れるエレメントはもっと強かった。それに、あの頃は、スケートにも慣れてなかったからな。
『先程の冒険者は、何をしていたのですか? マスターに引っ張ってもらって、遊んでいたのですか』
階層ボスを創るアンドロイドの目には、僕達が遊んでいるように見えたのか。アンドロイドは7階層ができてから、とても獣人の子供らしくなった。ズルイとでも思っていたのだろうか。いや、冒険者達への嫉妬心か。
(彼らは、寒さで動けなくなっていたから、岸まで連れて行ったんだ。迷宮情報を更新するときに、かなり寒い階層だと、注意書きをしておいてくれる?)
『かしこまりました。人間は寒さに弱いので、7階層は、寒さもモンスターなのですね』
(そうだね。それに、凍った湖を歩くのも難しいみたいだ。水の膜があるから、滑り止めの粉が使えないからな。今の時代には、スケート靴はある?)
『競技用品店なら、あるかもしれません。ですが、競技者以外は、スケートの経験はないと思います』
(高熱化してるもんな。それなら、靴の上から履ける道具があっても、みんなは使えないか。5階層のドワーフ達が作ってくれたら、湖岸に自動販売機を置こうかと思ったけど)
『自動販売機は、有人店舗に置くなら便利ですが、無人の場所に設置することは推奨できません』
(盗まれるってこと?)
『はい、電子マネーは危険なのです。不正アクセスにより、迷宮のお金を奪われる事件が頻発しています』
(えっ? 売り物じゃなくて、電子マネーが盗まれるの? 絶対に安全だと思ってた)
『私は、電子マネーの読み取り機と迷宮の口座は、直接繋いでいませんが、それを強制的に繋ぐ泥棒もいます。異世界で盗賊をしていた帰還者や、銀行のアンドロイドを操る術を使う帰還者もいるのです』
(そう、か。じゃあ、6階層のゲームセンターのコインを使う自動販売機なら、大丈夫かな?)
『はい! マスターは天才ですね! 私は、そんな防衛手段があるとは、思いつきませんでした。迷宮内通貨を発行している迷宮も、その通貨を電子マネー化しています』
(あはは、僕の感覚がアナログなんだろうね。自販機には、直接お金を入れていた時代だからな。となると、コインは、ゲームセンターから持ち出せるようにしないとね)
『はい、今は、すべて景品に交換する仕組みになっていますが、それは不正を防ぐためでもあります。錬金系の術で増やされないようにしないといけないので』
(だよねー。複製ができないようにすればいいのか)
『様々な帰還者がいるので、それは不可能かと推察します』
(確かに。あっ、着いたよ)
僕は、小さな島へと上がり、足に装備していた道具を脱いで、アイテムボックスに放り込んだ。
氷湖から見ていたら小さな島だったが、いざ、足を踏み入れると結構広い。背の低い樹々は、寒さのせいで完全に凍っている。葉っぱを触ってみると、シャリッと崩れた。
(あっ、これって……)
ボス部屋らしき扉を目指して歩いていくと、すべてが凍っているはずなのに、強い芳香剤のような匂いが漂ってきた。
この島に生えているものはすべて、異世界にあった植物か。植物というより魔物だよな。凍っている状態でも鮮やかな色をしている。気温が上がると動き出すだろう。食虫花は、まぁ良いとして、この匂いの花はマズイ。
火魔法を使うと、ここにいる人達は、植物に襲われることになるか。完全に喰われてしまったら、迷宮は復活させられるのだろうか?
『マスターが、範囲指定をしてくださると、モンスターに喰われても、復活が可能です。ただし、その際には、喰ったモンスターを解体することになるため、一時的に半径数メートルのエリアを立ち入り制限することになります』
ボス部屋の前にいた白い猫が、ドヤ顔をして教えてくれた。
「それなら大丈夫だね。この島を指定してくれるかな。かなり危険な植物があるよ。凍っているから動かないけどね」
『かしこまりました。強欲な冒険者は、痛い目に遭えばいいのです。迷宮内の未知の物を外に持ち出すことによるリスクを回避するために、迷宮の構造物は持ち出そうとするとマナに変換されます。ですが、一部の強欲な冒険者は、迷宮内で加工して持ち出そうとします。そんな無法者たちには、制裁が必要です』
(なんだか、過激だな)
「まぁ、任せるよ。僕は、ボス部屋に入るね」
◇◇◇
なぜか白い猫も、ボス部屋に入ってきた。そして扉の前で、ちょこんと座った。
(観戦する気かな)
ボス部屋の中は、白い霧で満たされている。氷湖にはよく、こんな霧が覆ってたな。
『よく来たな、人間!』
(お決まりのセリフだ)
声は聞こえたけど、階層ボスの姿は見えない。そうか、この霧が階層ボスか。そう気づいた瞬間、階層ボスのステイタスが見えた。
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名前:ホワイトエレメント
[HP:体力] 2,500/2,500
[MP:魔力] 18,800/19,000
[物理攻撃力]1,000
[物理防御力]12,500
[魔法攻撃力]29,800
[魔法防御力]♾️
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体力は低いが魔力は高いな。魔法攻撃力も、これまでの階層ボスとは比較にならないくらい高い。そして、魔法防御力は何だ? 8? いや、無限か?
チラッと白い猫に視線を移すと、ドヤ顔をキメていた。なるほどね。魔法無効ってことか。物理防御力も、これまでの階層ボスより高い。
しかも、相手は霧だよな。
(これは面白い!)
僕は、両手に剣を構える。そして、目をつぶって中心核を探る。視覚が無い状態なら、僕に感知できるのはモンスターが放つ波動のみだ。
あちこちから、氷粒や炎弾やらが飛んでくるが、無視して、中心となる核を探す。
強い風がビュンと吹き、僕の頬を風の刃が傷つけていった後、それはあらわになった。
(見つけた!)
再び襲う強い風を左手の剣で切り裂き、数メートル先に飛んで、右手の剣を床に突き立てた。
ボス部屋全体にイナズマが走る。
僕の足元には、いつもとは違う色のラベルの回復薬が10本、ドロップした。
『マスター、お見事です』
白い猫は、前足でパフパフと拍手してくれていた。
「ありがとう。回復薬は、いつもとは違うね」
『はい、上回復薬です。マスターが使われても全回復できるように調整しました』
「あっ、上回復薬って書いてある。これは嬉しいね」
僕は、宝箱の中身を取る。予想通り、ガリガ○君の詰め合わせだった。4種類が10本ずつかな。