171、氷湖がマザーモンスター?
僕は、エレメントの氷湖をスーッと滑りながら、7階層全体を確認していく。
特に、ダンジョンコアのある社の見え方を調べていたが、色とりどりの無数の氷の板が生えるように伸びているため、普通に湖上を動き回るだけなら、湖底に何かがあるとは気づかない。
社が湖底にあると知っていても、エレメントの氷板が放つ輝きで、ダンジョンコアの光はどこにあるかわからないか。
(これなら大丈夫だな)
僕は異世界で、ラランが湖の氷を爆炎で溶かすのを見たことがある。湖の水はすぐに凍り始めるけど、ララン自体が炎を纏うと、湖底にたどり着くことができたんだ。
湖底には、美しい水の城があった。この階層の社は、その記憶から作られているが、本物は、社よりも数倍大きかったと思う。
あのとき、水の城の主人は不在だったが、ラランが水の城の中に入りたがって、こじ開けようとしたんだ。だけど、ラランの炎では開けられなかった。たぶん氷じゃなくて、不思議な水を使った建物だから、炎では溶けないのだと思う。水の城と呼ばれる理由は、そういうことだろう。
その結果、ラランは悔しそうな顔のまま、氷漬けになったんだよな。
慌てて僕は、ラランを捕獲している周辺の氷を斬って、凍り始めた湖に僕の最大火力の炎技を撃ち込み、何とか湖底から氷漬けラランを連れて脱出した。
(ふっ、懐かしいな)
あれ以降、ラランの国の人達、いや、ラランの側近の人達は、僕に対する態度が大きく変わった。妙に敵視されるようになったと思っていたが、今考えると少し違う。おそらく、僕が配下になると感じて、牽制していたのだろう。
獣人達は、陽気な性格の人が多いが、自分の地位やナワバリに関しては、闘争心をむき出しにすることも少なくない。だが、僕が帰還を目指す転移者だとわかると、急に態度が軟化した。その理由は、当時はわからなかったが、僕をライバル視する必要がなくなったからか。
蟲の魔王アントさんは、僕がラランの側近達の態度の変化のことを話すと、ケラケラと笑っていたんだよな。笑われたことを怒ると、僕が強くなった証だと言われたっけ。
(ちょっと恥ずかしい)
あの頃の僕は、子供だった。異世界での様々な経験で、精神年齢はグンと成長したと思う。見た目は、高2のままだけどな。
◇◇◇
「あっ! 五十嵐さん! 助けてください! 転移系の魔法が発動しない」
(ん? もう来たのか)
階層ボスが出来上がるまで湖の真ん中にある小さな島で待とうと近寄っていくと、僕を見つけた二人の高ランク冒険者から、声をかけられた。
二人は、エレメントに取り囲まれていて、結界バリアを張った状態で動けなくなったようだ。結界バリアを張るから、湖がそのエネルギーを吸収しようとするんだよな。
こんな状態なら、転移系の魔法どころか、ほとんどの魔法は発動しないだろう。湖がエネルギーを吸い取る。だが、それは明かせないことだ。
「まだ、新たな階層の情報は出してないですが、もう来てくださったのですね」
僕は、彼らの方へと、スーッと滑っていく。
助けてと言われたが、下手に助けると彼らのプライドを傷つけてしまう。とりあえずは、状況把握だな。
「あぁ、6階層のボスで回復薬集めをしていたら、階段が現れたから来てみた。6階層よりも寒いから驚いたよ。中央の島を目指して、必死に歩いてきたんだが……」
彼らの視線は、僕の足元に釘付けだ。
「いま、階層ボスを創ってるんですよ。それが完成したら、新たな階層の情報を出すと思います」
「そ、そうか。えっと、こんなことを尋ねるのも恥ずかしいが、どうすれば岸に戻れる? 寒くてたまらない」
「モンスターは厄介ですが、強くはありません。結界バリアを張ると、余計に集まってしまいます。服を乾かせば、寒さは少しマシに感じるはずなので、結界バリア内でドライ系の魔法を使ったあと、結界バリアを解除してください」
「わ、わかった」
彼らは、一瞬で服を乾かすと、結界バリアを解除した。
「岸まで誘導しましょうか」
「あぁ、助かる。だが、なかなか上手く歩けなくてな」
「では……これに捕まってください」
僕は、胸ポケットに入れてあった、ユキナさんからもらったペンタイプの金属に魔力を流した。剣ではなく、ただの棒状に伸ばす。
「ありがとう。申し訳ない」
「いえ、じゃあ、行きますね〜。僕が引っ張りますから、足は動かさずに、転けないように気をつけてください」
僕は、エレメントはそのまま放置し、階段近くの湖岸を目指して、スーッと滑っていく。氷の板を避けながら進んだが、彼らはしっかりと棒を掴んでくれていた。何度かエレメントの攻撃を受けていたが、何かで弾いていたようだ。
「到着です。岸に上がれますか? 足がガクガクなら、引き上げますが」
「いや、大丈夫だ。本当にすまない。公表前の階層で身動きが取れなくなるなんてな。俺達は、ちょっと自信過剰になっていたよ」
彼らが湖岸に上がるのを確認し、僕は棒をペンサイズに戻した。
「エレメント系のモンスターは、あまり遭遇したことがないんだ。あんな風に取り囲まれると、転移系の魔法はかき消されるんだな」
「俺は、湖自体に吸い取られる気がしたが……」
(やばっ、ごまかさないと)
7階層がエネルギー貯蔵庫だと知られるとマズイ気がする。冒険者達の情報は、すぐに迷宮特区管理局に伝わる。
「えっと、僕もまだ完全に把握できてないのですが、氷湖から、モンスターを挟んだ氷の板が生えてくるんですよ。だから……」
(どう話そうか……)
「あー、そういうことか。この凍った湖自体が、マザーモンスターなのだな。だから、あんなに氷の板の復活スピードが速いのか。謎が解けたよ」
(マザーモンスター?)
冒険者二人は互いに頷き合っている。そういう迷宮があるのだろうか。
「五十嵐さんは知らないかな? 貴重な情報だから、どこの迷宮かは言えないが、最深層の一部が塩田の迷宮があるんだよ。そこは、塩の下の岩盤自体が巨大なマザーモンスターなんだ。だから、モンスターの再生が速くてね。塩の採取には、高い報酬が出るんだよ」
「へぇ、そうなんですね。あぁ、そうか。海から塩はとれないですもんね」
「茶色く濁っているからな。だが、五十嵐さんの迷宮で、塩水を汲んでいる業者がいるよ。そこから精製した塩は、2階層の居住区で売ってる」
「それは知らなかったです。企業さん達が何をしているかは、僕はあまり把握してなくて」
「どこの迷宮も、迷宮マスターはそんなもんだろ。五十嵐さんの迷宮では、銀色の猫が見張ってたよ。あれが、ここのアンドロイドなんだよな?」
(見張ってるのか)
「はい、ウチのアンドロイドは、猫のような姿をしていますから、そうだと思います」
「まだ階層が浅いのに優秀だな。これからが楽しみだぜ」