170、湖底の小さな水の城と五大魔王のこと
「この空間はすべて社かな? 結構広いね」
僕は今、湖底にいる。とは言っても、水はなく、澄んだ空気で満たされている。風が吹かないから寒くはない。
上を見上げると、キラキラした天井があるように見える。ここが湖の底だとは思えない。凍った湖から光が降り注ぐから、けっこう明るい。
ダンジョンコアの台座は、透明なレンガ造りの小さな建物の中にあるようだ。青の魔王の、水の城にそっくりだな。ダンジョンコアが放つ光が、建物全体を光らせていて、とても美しい。
湖面から見ると、社の場所は、丸わかりだな。いや、氷の中にあるように見えるか。
『はい、広めにしました』
白い猫は適当に返事をして、僕の左肩あたりを睨んでいる。もしかして、自分の分身に嫉妬しているのか?
左肩に乗っていた銀色の猫は、本体の殺気を感じたのか、僕の肩から飛び降り、空間の端っこへと逃げていった。
「ダンジョンコアが怪しく光っているね。モンスターの出現や、エネルギー貯蔵庫に関する情報が足りないのかな」
『あ、はい。マスター、ダンジョンコアに触れてください。破損した場合の修復のためには、魔力の練り方に関する記録が必要です』
「わかったよ。じゃあ、水の城に入ろうかな」
透明なレンガ造りの建物には扉がない。水の城の主人であれば、どこからでも入れるというわけか。逆にいえば、主人の許可がなければ入れないということだろう。
異世界では、蟲の魔王アントさんが、よく怒ってたな。用事があって、わざわざ出向いても、青の魔王は水の城から出てこないと。
一度、ラランが強引に主人不在の水の城を、こじ開けようとしたことがあった。あの時は、ラランの氷漬けが出来上がったんだよな。
青の魔王も、ラランと同じく五大魔王の一人だ。僕は、会ったことはない。名前は聞いたような気がするけど、今は思い出せない。
属性的に、ラランは、青の魔王が苦手みたいだ。
五大魔王は、黒、白、赤、青、黄の5つの色の名を持つ魔王を指す。この5人が原始の魔王なんだよな。
僕は、黄の魔王とは、全く接点がなかった。だから、どんな能力があるのか知らない。属性的に黄の魔王は、青の魔王に強く、赤の魔王ラランには弱いと聞いたことがある。
つまり、青の魔王、赤の魔王、黄の魔王は、三すくみの関係にあるようだ。ジャンケンでいえば、グーチョキパーの関係かな。
透明な建物に近寄っていくと、壁をスッと通り抜けることができた。なんだか、楽しい!
ダンジョンコアの台座に手を置くと、さっき、僕が仕上げをした記憶が再現されるように頭に浮かんだ。ダンジョンコアは、こうやって情報を整理することもあるのか。
しばらくすると、ダンジョンコアの光は、淡い光に変わった。学習終了かな。
『マスター、私も、マスターの肩に乗って湖上を滑りたいです』
ダンジョンコアの台座には、いつの間にか、白い猫が乗っていた。白い猫の見た目は、これまでと変わりはない。
(これは、催促か)
「7階層ができたけど、キミの姿は変わったのかな?」
『私も、湖上を滑りたいです!』
(あれ? 外したか)
「そう、でも、さっきも見ていたでしょ? 落ちると大変だよ。すぐに助けられないかもしれない」
『落ちません。大丈夫です!』
(はぁ、仕方ないな)
6階層まで造った段階では、アンドロイドは猫耳の赤ん坊の姿に変わることができた。あの姿は、1歳くらいの獣人だっけ。
階層が増えるたびに成長すると言っていたから、今は、2〜3歳の姿になっているのだろうか。人でいえば、反抗期だよな。
僕が透明な建物から出ると、白い猫もついて来る。手を出すと、ぴょんと飛び跳ねて、僕の左肩に乗ってきた。
ツーンと澄ました顔をしているのは、ポーカーフェイスを覚えたか。分身は無邪気に喜んでいたが。
「じゃあ、湖岸に戻るよ。寒いけど」
『はい、私は寒くないので問題ありません』
チラッと表情を盗み見ると、ニヤニヤしてる。僕がそう感じた瞬間、またツーンと涼しい顔だ。
(ふっ、面白いかも)
白い猫を左肩に乗せたまま、迷宮内転移を使って湖岸に戻った。
◇◇◇
「やっぱり、寒いね〜」
『私は寒くないです!』
白い猫は、思いっきりワガママな子になってる。そういえば異世界で、獣人の子供の反抗期は酷いと感じたことがあったっけ。
甘えん坊な赤ん坊から、ガラリと変わるんだよな。まぁ、個人差はあるだろうけど、自我が強いというか、手に負えない時期だ。
(いやいや、アンドロイドだし)
氷の湖に降り立つと、白い猫は、僕の肩をガッツリ爪をたてて掴んでいる。実は、少しビビっているのかもしれない。
一応、剣は抜いたが、氷の板に触れないようにスーッと滑っていく。エレメントが出てこないようにしていたのに、突然、氷の板が一つ崩れた。
(やりやがった……)
そういえば、アンドロイドは、火魔法を使えるようになっていたんだったな。
「あーあ、青いエレメントに火魔法は効かないよ?」
『マスターがなんとかしてください!』
(悪戯っ子かよ……)
「とりあえず逃げようか。落ちないでよ?」
僕がそう提案すると、白い猫が驚いたみたいだ。
『逃げ切れるのですか?』
「さぁ? どうかな」
僕は、スピードをあげて、氷の板の隙間をかいくぐっていく。白い猫がよろけるので、途中でヒョイとつまみ、左腕で抱えた。
エレメントには、自分のナワバリがあるから、遠くまではついてこないはずだ。
階段が見えるところまで滑ってくると、もう僕を追って来ない。だが、氷の板には戻らないようだ。ふわふわと自分のナワバリを飛び回っている。
「逃げ切れたみたいだね」
左腕の中にいる白い猫に視線を移すと、目をキラッキラに輝かせていた。
『マスター! すごく速かったです! 走るよりも氷上を滑る方が速いのですね!』
「あぁ、そうかもね。だけど最初のうちは、すぐに転けてしまうから、慣れるまでは苦労したけどね」
『マスターの足に装備されている道具は、創造可能でしょうか?』
「この素材は魔物の皮を使うから、全く同じ物はできないけど、似たものなら可能かな。あっ、5階層のドワーフに頼めば、もっと良いものができるよ」
『では、5階層の住人に要請します。どう話せば伝わるのでしょうか』
「水の城の上を歩く道具、かな」
『かしこまりました! 私も作ってもらいます!』
「もしかして、スケートができるほど大きくなったの? 見せてよ」
『いえ、獣人としては2歳の姿です。服がないので、まだ見せられません』
「そっか。服は作り出せないのか」
『作り出せますが、イメージできないので、景品交換所で勉強してからにします。あっ、階層ボスは、私が創ってもよろしいでしょうか』
「あぁ、階層ボスがいないと安定しないんだったな。うん、お願いするよ」
『かしこまりました!』
白い猫は、僕の腕の中から、パッと消えた。