168、雲の上の個人基地
『マスター、海水温度の高い危険エリアに台風が発生しました。爆風化の恐れがあります。今の予測では60%の確率で、西日本に上陸します』
レストランを出ると、アンドロイドから念話が届いた。
(爆風化? 初めて聞いたけど、巨大化とは違うの?)
『爆風化は、風速の計測不能時の表現です。昨年、爆風化した小型台風の上陸によって、富士山が消滅しました』
(えっ!? 富士山が無くなったの?)
『はい。活火山ですから、その影響によりマグマが広範囲で噴き出したため、高位の魔導士達によって修復が行われました。見た目は、ほぼ元に戻りましたが、樹海は消滅したままです』
(そ、そう。富士山って、噴火するのか……)
『はい、高熱化により、火山活動も活発化しています。先程発生した台風の大きさは未確定ですが、上陸を回避できたとしても、前回よりも広いエリアからの避難者が想定されます』
(そうだね。近づいてくるのは、いつ頃になるのかな)
『まだ不確実な状態ですが、早ければ5日後から、台風の影響が出始めると予想されます』
(そうか、わかった。じゃあ、今の社を移して、雲の上はすべて避難所にしたい。7階層を造るよ)
『かしこまりました! ゲームセンター上空に移動します』
◇◇◇
ダンジョンコアの台座は、最深層であるの6階層の雲の上にある。台座を守る建物はない。だが台座付近には透明な結界があり、その部分が社という位置付けだ。
(あっ、匂いが違う)
今まで気づかなかったが、結界内の雲は、綿菓子ではないから甘い香りはしない。この結界は、新たな階層を造っても、僕の住居スペースとして残るだろう。
『マスター、ダンジョンコアの台座に手をかざしてください。新たな階層のイメージが難しいので教えてください』
台座には、白い猫がいた。僕は、白い猫の頭に手を乗せる。すると、くすぐったそうに目を細めていた。
「あぁ、僕の思考はもう覗いてたんだね。7階層には、エネルギー倉庫の役割をさせるよ。そうすれば、迷宮の悪い噂を流されて冒険者が減っても、逆にたくさんのエネルギーが集まっても、調整ができるからね」
『迷宮エネルギーの貯蔵量は、階層と容積により決められています。大きな階層にするのでしょうか』
「いや、この6階層より狭くていい。湖がエネルギーを蓄えるからな」
『私には理解ができない構造です。マスターの記憶に忠実に造ることは可能ですが、氷は、えっと……』
「仕上げは、僕がやるよ。おそらく、そうしないとエネルギー倉庫にはできないだろうからね」
『かしこまりました。仕上げはマスターにお任せして、私は、私に出来ることを完璧にします』
「うん、よろしくね」
ダンジョンコアの台座が淡い光を放ち始め、足元の雲には迷宮のエネルギーが集まってきた。
『マスター、これより7階層を造ります。私は先に7階層へ移動します。6階層のボス部屋に、7階層への階段が出現します』
「うん、わかった」
僕がそう返事をすると、白い猫を乗せたダンジョンコアの台座は、静かに雲に吸い込まれるように消えていった。
ダンジョンコアの台座が無くなると、結界は、円形の建物に変わった。外に出てみると、真っ白な円柱のように見えた。
アンドロイドは、今回は、結界の説明をして行かなかったな。僕のイメージする新しい階層がわかりにくいから、余裕がなかったのかもしれない。
(とりあえず、ボス部屋だな)
建物の中に戻ると、壁に大きな画面がくっついているのが見えた。触れてみると、1階層から4階層までの社跡と、5階層の転移魔法陣のあるガゼボの様子が映し出された。映っているのは、台座があった場所か。
(あっ、増えた!)
アンドロイドが、7階層に新たな社を造ったようだ。やはり、湖底になったな。
『マスター、もう基地を造ったのですか!』
(へ? 基地? あぁ、円柱みたいな白い建物になったよ。壁にくっついてる画面には、社があった場所の様子が映ってる)
『その画面というものは、私には認識できません。マスターにのみ呼応する魔道具だと推察します』
(そうなの?)
『はい。私には、マスターが基地を造られたことしか感知できません。その画面のことは、口外しないでください。迷宮特区管理局が来ます!』
(管理局? どうして?)
『迷宮内に、個人基地を造ることができるのは、様々な条件をクリアした迷宮の主人だけです。現在、迷宮特区には6つの個人基地があります。ですが、マスターのように、基地内に魔道具を創造した人はいません。基地内に高度な魔道具を設置するには、迷宮特区管理局の許可が必要です』
(僕が魔道具を作ったのかな?)
『私にはその創造能力はありませんから、マスターが作られた以外に考えられません。社が見えるということは、その魔道具は、あらゆる情報にアクセスできます。マスターよりも迷宮ランクの低い迷宮を、覗くことも可能でしょう』
(えっ? それってヤバくない?)
『ヤバいです。まだ、他へのアクセスはしないでください。迷宮ランクがDランクでは、逆探知されます。高度な魔道具の設置が、迷宮特区管理局にバレます』
(わかったよ。とりあえずは見るとしても、僕の迷宮内だけにするよ)
『はい、お願いします。私も、管理局にも事務局にも、知られないようにカモフラージュします。基地を強結界で覆います!』
建物を覆うエネルギーを感じた。迷宮は、こんなに強い結界を張って、維持できるのだろうか。
『維持は余裕です。マスター、早く仕上げに来てください』
(あぁ、そうだったね)
僕は、社跡の基地を、ボス部屋の上へと移動させた。下からは、雲が広がったように見えるだろう。
雲の隙間から、ボス部屋の前へと飛び降りた。
(これ、便利だよな)
広い道はテントで埋め尽くされているから、雲の上を通れる道を作っておこうかな。
◇◇◇
僕は剣を装備して、ボス部屋の扉を開く。
(あれ? あっ、そうだった)
豪華な木箱があるだけだったから、一瞬、ボスが居ないのかと錯覚した。やはり、ボス部屋内のこの霧は、強い幻惑作用がある。
木箱に近寄っていくと、ギィイッと開いた。
『よく来たな、人間!』
確か、前回はオーバーキルしてしまったんだよな。だが、手を抜きすぎると斬れない。
剣を抜き、炎を纏わせた。高く跳躍して、叩き割るイメージで斬る。
(よし!)
討伐ドロップ品は、普通の回復薬30本だった。宝箱から、カップ麺の詰め合わせを取り、どちらもアイテムボックスに放り込む。
僕は防寒コートを着てから、ボス部屋の奥に現れた階段を、7階層へと降りていった。