166、レストランでコース料理を食べる
「すっげぇ〜! 王様扱いだな」
レストランでは、黒服が席まで客を案内する。着席時には、椅子を引いてサポートをする黒服もいて、そのことに、赤髪の魔王は驚いたようだ。
僕がいた時代では、それほど特別なことではないと思う。何度か親戚の結婚式に出席したけど、初めてホテルでの披露宴に出席したときは、僕も、今の赤髪の魔王のように騒いだ気がするが。
「ランチの時間は、同じテーブルは、同じコースを選ぶことになってるんだ。キミ達が選んでいいよ。あっ、僕は会計伝票は別にしてください」
黒服からメニューを受け取り、赤髪の魔王に渡した。ランチとは言ったが、コース料理の価格は変わらない。人によって、生活時間は異なるからな。
レストランは、昼12時から夜12時までの営業をしている。夕方5時からはディナー営業で、ブランデーやカクテルなどのお酒も扱うらしい。
店内は、配膳のワゴンが通れるように、テーブルは、ゆったりと間隔をあけて配置されている。席数は、150くらいだったか。
また、生演奏用の小さな舞台も用意されている。ピアノが皆の視線を集めているようだ。夜はBGM代わりに、音楽家が演奏をすることになっている。
料理人の募集をしただけなのに、僕が、高級レストランにしたいと言ったせいで、いろいろと集まってしまったんだ。
ただ、皆への給料は、レストランでのまかない料理で良いらしい。謙虚なのではなく強欲だと、ウチのアンドロイドが言っていたが。
「五十嵐さん、一番安いコースにしてみるぜ。シルバの爺さんが、食堂の良し悪しは、一番安い料理の質だと言っていたからな」
「わかった。じゃあ、こちらのコースでお願いします」
黒服は軽く会釈をして、厨房へと向かう。とても洗練された動きだと、企業さんが言ってたっけ。
そう、彼らも新たに雇ったんだ。一応、アントさんの眷属のアリも、レストランと食堂に一人ずついるが、入り口に立っているだけだ。
「なんか、ちょっと緊張するよな。こんな空気感は、経験したことないぜ」
「僕がいた時代の高級フレンチレストランをイメージしてるよ。料理も一品ずつ運ばれてくる。テーブルのフォークやスプーンそしてナイフは、外側の方から順番に使うんだ」
「いっぱい並んでるけど、順番? 落としたりしないぜ?」
「料理ごとに、変えるんだよ。それぞれの料理にふさわしいものを使うんだ。テーブルマナーだよ。あっ、そのナプキンは膝にかけて。服が汚れないためのものだよ」
「ちょ、そんな難しいことは、誰も知らないぜ?」
「料理ごとに教えてくれるから、大丈夫だよ」
「お、おう。水は飲んでいいのか?」
「ご自由にどうぞ。少なくなったら、すぐに注いでくれるから」
「わかった」
二人の魔王は、他の客と同じように、緊張した表情をしている。僕もテーブルマナーは、この数日の試食会で教えてもらったんだけど。
「前菜でございます。外側のフォークとナイフで、お召し上がりください」
「わぁっ! 綺麗」
緑髪の魔王が、歓声をあげた。慌てて口を閉じたけど。
キューブ状に小さくカットした色とりどりの野菜を、透明な寒天で固めてあるものだ。サニーレタスを敷いた上に、3つ並んでいて、それぞれ異なるドレッシングがかかっている。
「これは、何だ? 四角いけど、こんな食べ物は見たことないぜ」
「野菜を寒天で固めてあるんだ。サラダみたいなものだよ。高いコースだと、これに生ハムが付いてくる」
僕が食べて見せると、二人も真似をしている。
「わっ! 冷たいよ。いろいろな味がして美味しい!」
緑髪の魔王が微笑むと、赤髪の魔王も嬉しいらしい。なんだか、僕はお邪魔じゃないかという気がしてくる。
「温かいスープでございます。右側のスプーンをお使いください」
前菜の皿をフォークごと下げられて、二人の魔王は、また驚いた顔をしている。
「カボチャのスープだよ。少し甘く感じるかも」
「スープなのに、コップじゃなくて皿なのか?」
「うん、こうやってスプーンですくって飲むんだ」
僕が実演すると、二人は必死に真似をする。
「本日の魚料理でございます。外側のナイフとフォークをお使いください」
「本日のっていうことは、毎日、変わるのか?」
「はい、数種類のメニューから、日替わりで提供いたします」
黒服は、緊張しながらも、しっかり対応している。やはり、接客のプロだな。
「お魚って食べられるの?」
「あー、確かに。五十嵐さん、これはどこから仕入れてるんだ?」
「ヒラメのムニエルだね。僕の迷宮の3階層には海があるので、漁師さんが獲ったものだよ。あっ、パンも来たね。このパンは、厨房で焼いているんだ」
「は? 海? 迷宮に海?」
「すっごく美味しい! こんなお魚、食べたことないよ。添えてある野菜が綺麗。このナイフって、切れそうにないのに切れる」
緑髪の魔王は、ナイフに苦戦しながらも、笑顔で食べている。
「ソースをこうやってパンにつけると、美味しいですよ」
皿のソースをちぎったパンにつけて食べてみせた。二人は、同時に真似をする。なんだか面白いな。
「本日の肉料理でございます。ナイフとフォークをお使いください」
「ええっ!? ステーキじゃねぇか! 何の肉なんだよ?」
赤髪の魔王は、怪訝な表情だ。魔物を食べさせられると思ったのか。
「これは牛肉だよ。5階層に小さな牧場があるんだ。生育には魔法を使っているから、少し硬いかもしれない」
「はぁ? 牧場? 迷宮に牧場? 何でもあるのかよ」
「まだ全然足りないよ。小麦粉、生クリーム、バターや卵、野菜の一部や調味料は、居住区の企業さんが買い付けてきてくれる。本当は、和食レストランにしたかったけど、米をほとんど入手できないから無理なんだよ」
「まさか、米まで作る気なのか?」
「いずれは、田んぼも作りたいね」
「はぁ? おまえ、完全にバグってるぞ。しかし、このステーキは美味いな」
コース料理も、たくさんの人に提供することは出来ない。高価だから成り立つんだ。深刻な食料事情を、改めて思い知らされた。
「デザートと紅茶をお持ちしました」
「わぁっ! すごい!」
デザートには、力を入れたんだ。パティシエもいるからな。ミニケーキが2種類、マンゴーのゼリー、イチゴのアイスクリーム、そして、色とりどりのカットフルーツとホイップクリームが美しく飾られたものが、ワンプレートになっている。
満面の笑みで食べる緑髪の魔王を見て、赤髪の魔王は満足げに頷いている。
「なるほどな。五十嵐さんは、こういうことを目指しているのか。シルバの爺さんの誘いを断った理由がわかったよ」
赤髪の魔王は、僕を調べに来ていたのか。そういえば彼は、二重スパイだったよな。