164、比叡山の魔王たち
「キミ達は、ここに遊びに来たわけじゃないんだね。僕の迷宮への襲撃が目的なら、殺すよ?」
僕は、比叡山十二大魔王には、ケンカを売られたら買うことにしている。
多くのお客さんがいるゲームセンター内だけど、アントさんの眷属の蝶達がサポートしてくれるから、まぁ大丈夫だろう。
「おまえ、ここにいる客が巻き添えになるで? 何も考えてへんやろ。赤髪と同じ脳筋タイプやな」
「お客さんを巻き添えにするつもりはないよ。もし事故が起こっても、この人数なら、迷宮は確実に復活させられる。常に、様々なリスクに備えて、エネルギーは溜めてあるからね」
「こんな近くに多くの人間がおるのに、巻き込まんと俺達を狩れるとでも思ってるんか!」
「キミが言ったことでしょう? 僕が存在自体が厄災の凶悪な魔王だって。しかも、ここは僕の能力を増強する僕の迷宮内だ。キミ達が動く前に狩ることだって、難しいことではないからね」
僕は、アントさんの表情を真似て、フッと好戦的な笑みを浮かべてみた。
(おっ! 効いてる!)
呪術系のアカの魔王の表情に、恐怖の色が浮かんだ。オレンジ髪の赤髪の魔王は、監視塔で交戦しているから、僕に剣を向けることはないだろう。
「あーあ、冗談っすよ、五十嵐さん。俺は、ただ遊びに行こうって言っただけなんだけど、アカがプライドの塊だからさ〜。あの爺さんがやめとけって言ってたのにさ〜」
「赤髪! シルバ様は爺さんではない!」
「はいはい、わかったって〜。さっさとブランデーを買いに行ったら? 俺はゲームセンターで遊ぶから、アカは先に帰っていいよ」
「おまえ、俺が近くにおらんかったからコイツに負けたって言うとったやんか。俺が離れてもええんか」
「客には手出ししないでしょ。それに、俺、待ち合わせしてるからさ〜」
赤髪の魔王は、ここに居座るつもりか。ゲームセンター内にいる人達が恐れているのがわかる。あー、もしかして、僕が怖がられているのか。
『マスター、また魔王です! 5階層の転移魔法陣に到着したので……あー、ワープを使いました! 6階層に移動しました!』
(わかった、ありがとう)
アンドロイドは、さっきよりも余裕があるようだな。さらに魔王が増えたのに、念話が長かった。
「あっ……」
すぐ近くにワープしてきた人物は、僕を見つけて姿を消した。だが、迷宮内だから上からの視点で見えている。
「待ち合わせは、緑髪の女性だったの?」
「あぁ、俺の彼女だからねー。恥ずかしがり屋だから、すぐに隠れるんだけど、ダンジョンマスターには見えるよな」
「見えてるね。姿を消して、キミの背に隠れている」
僕がそう指摘すると、緑髪の魔王は姿を現した。監視塔で、迷宮総監たちと話していたときと同じワンピース姿だ。一般人に見えるが、近くにいた冒険者達の表情は、引きつっている。
「あ、あの……こ、こんにちは」
「こんにちは。彼と待ち合わせをしていたんですね」
「は、はい。えっと、普通に喋っているということは、その、あの……」
「アカも、五十嵐さんに負けたみたいだ。カルマの封印を生き残った魔王資格者に、俺らが勝てるわけないんだよ。シルバの爺さんが、今の俺達だと全員で挑んでも勝てないって言ってたぜ」
「そ、そう……」
緑髪の魔王は、僕の方を一切見ない。挙動不審に、視線をさまよわせている。彼女の視線を避けるように冒険者達が動く。やはり恐れられているんだな。
もう、レストランの開店時間だ。とりあえず、彼らを追い出さないと。
「ここは、もうすぐ開店時間だから、場所を変えてくれないかな? キミ達がいると、みんな、食事どころではなくなるよ」
「ん? うおっ! もしかしてレストランか? だから、みんな綺麗な服を着てるのか」
赤髪の魔王は、今まで気づいてなかったのか。
「そうだよ。今日からオープンするんだ。左の景品交換所側のレストランの方は、ドレスコードがある。右のシャワールーム側の食べ放題の食堂は、服装は自由だけどね」
「服かぁ。俺ら、東部の企業迷宮でもらってるからなー」
(もらってる?)
緑髪の魔王が、赤髪の魔王に何かコソコソと話している。二人の視線は、服の景品交換所に向いた。
「コインって、これか? 10枚くれたけど」
「初回利用の人には、10枚差し上げてますよ。1枚1,000円で販売してるんだけど」
「私、もらってない」
「おまえは入り口を通ってないから、もらえないんだよ。あの服屋は、コイン100枚で交換できるのか。コイツらが着てる服が10万円?」
「レストランに並んでいるお客さんは、もう少し高い服の人が多いかな」
「コイン300枚で30万円か。五十嵐さん、アンタ、金の価値がバグってるんじゃないか? コイツのワンピースでも、企業迷宮なら150万円くらいで売ってる。俺らは金は払わないけどな」
「それって強奪してるってこと? 僕の迷宮でそんなことしたら排出するよ。ルールを守らない人は嫌いなんだ」
僕がそう言うと、眼鏡のアカの魔王が嫌そうな顔をした。ブランデーを買いに来たんじゃなくて、強奪しに来たのか。
「俺らは、迷宮特区では金を払うことにしてるぜ。アカ、さっさとブランデーを買いに行けよ。俺達は、服屋に行く」
(あー、このまま行かせるとマズイか)
呪術系の種族はプライドが高い。自分の心が憎悪に支配されると、最悪、何をするかわからない。
「チッ、俺は、シルバ様の買い物を済ませたら帰るで」
「あぁ、別行動でいいよ」
険しい表情で彼らを睨み、彼は背を向けた。
「ちょっと、待ってください」
僕が呼び止めると、不快感マックスな表情で、アカの魔王は振り返った。
「なんや?」
「キミのせいで、僕は異常に怖がられてしまった。記憶操作ができるんだよね? 僕の能力についての記憶を、消して行ってくれないかな」
「ふん、嫌なこった。おまえは厄災級の魔王や。さんざんビビられればええねん」
ニヤッと意地悪な笑みを浮かべると、アカの魔王はスッと姿を消した。これで少しはマシかな。自暴自棄になられると、対処が難しいもんな。
「五十嵐さん、アカは、部分的な記憶操作はできないよ。消すなら全部の記憶だからねー。シルバの爺さんとは違うよ」
「そうなのか。でも、ニヤニヤしてたけど」
「あぁ、アイツは、人が嫌がることをするのが趣味だからね。なぁ、コインは入り口でしか売ってないの? 服屋の前でも売ればいいのに」
「出入り口だけだよ」
「ふぅん、不便だね」
赤髪の魔王は、コイン交換所の方へと歩いて行った。緑髪の魔王が慌てて、彼の後を追っていく。
(不便か……)