表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/409

162、娯楽に関する情報が消えている

「野口くんって、じゅんという名前なのね。そういえば、知らなかったわ」


 ユキナさんには、最後の言葉は聞こえていないようだ。彼女は無神経ではない。聞こえていたら、こんなことは絶対に言わないはずだ。


 この場所は、僕の迷宮のやしろ跡だからか、僕には聞こえてしまったが。



「冒険者パーティの登録も、野口は下の名前を書いてなかったな。呪術師でもないのに、変やなとは思っとったけど」


(確かに!)


「管理局に関係者がいる人は、フルネームでの登録はしないわ。だから、逆にわかるんだけどね」


 カナさんの説明で、何となく理解ができた。フルネームを登録すると、何かの際には、自分ではないという言い逃れができないからか。




「ジュンって、芸能人みたいでカッコいい名前やんけ。さっきの伝言は去年の記録やんな? その三人は、もうここにおるけど、作戦会議をせなあかんな」


 比叡山で、キミカさんのアンドロイドから聞いた話とほぼ同じだったな。野口くんは、初めて聞く話だろうけど。


 ユウジさんが作戦会議と言い出すのも珍しい。だが確かに、誰が敵かわからない現状では、僕達は連携して動く必要がある。



「芸能人って何? そんな異世界人は知らないわ」


(えっ……)


 ユキナさんの素朴な疑問に、僕は驚いた。ユウジさんも固まっているが、他の人達は、ただ不思議そうにしているだけだ。


「ちょっと待て! ケントはわかるやんな?」


「はい、もちろんわかります。皆さんが知らないことに衝撃を受けています」


 僕がそう言ったことで、ユキナさんの機嫌が悪くなったようだ。冷たい視線が痛すぎる。



「私がいた異世界では、芸能人なんていう種族との交流はなかったもの。ケントさんは、原始の星にいたから知っているのでしょ? 伝承が語り継がれる星にいた野口くんだって、キョトンとしてるわよ!?」


(ひぇ、こわっ)


 僕は、こんな状態のユキナさんに反論する勇気はない。チラッとユウジさんに視線を向けると、彼も頭をポリポリとかいていて、困っているようだ。



『芸能人というのは、種族名ではありません。マスターや山田様がいた時代には、この日本にたくさんいた職業です。古いアンドロイドのメモリーにはない情報でしょうが、過去の歴史です』


(あっ、銀色の猫)


 ツーンと澄ましているが、アンドロイドは僕を助けに来てくれたようだ。キミカさんのアンドロイドへの対抗心で来たのかもしれないが。



「あら? 銀色に変わっているのね」


『川上様、私は分身ですから、動きがスムーズではありません。ですが、本体とは独立した行動や思考ができます』


 銀色の猫は、そう話しながら、猫っぽく歩いている。以前のようなぎこちなさは解消されているようだ。


「色は確かにアンドロイドっぽいけど、それ以外は、まるで生きている猫のようだわ。すごいわね、ケントさん」


「へ? あー、そうですね。たぶん本体は、発声練習に忙しいから、分身が来たのでしょうけど」


(絶対、ドヤ顔してるよな)


 ウチのアンドロイドは、負けず嫌いなんだよな。そしてすぐに調子に乗る。まるで、本当に獣人の子供のようだ。



「ケントのとこのアンドロイドは、ケントの記憶を共有しとるから、当然、知ってるはずやで。しかし、芸能人が異世界人やとかいうから、俺らは思考停止してもーたわ。どこでも見れるタブレットを持ってるくせに、肝心の芸能人がおらんのか」


「芸能人ってどういう職業なの?」


 ユキナさんの素朴な疑問で、野口くんの気分も切り替わったみたいだな。たぶん、彼女は何も意図してないだろうけど。


「せやな、ユキナがおった異世界がわからんけど、吟遊詩人とかの派手バージョンちゃうか?」


「吟遊詩人? 詩を書く人ってこと?」


 ユウジさんは、僕に視線を向けた。ギブアップだと合図されても、僕もどうしたらいいかわからない。



『川上様、能や神楽、歌舞伎などはご存知でしょうか。それらを古典芸能と呼びます。それがさらに発展したものが、マスターの時代の芸能です』


「知っているわ! じゃあ、芸能人って、踊りや演劇をする人達のことなのね」


『はい。マスターの時代には、歌も多岐に渡ります。観客を惹きつけるアイドルという存在もあります。マスターの時代は、自分の推しにお金をかける人も多く、お金がなかったマスター自身も推しのコンサートに行くために……』


「ちょっと待った! どこまで話すんだよ」


 銀色の猫が、まさか僕の黒歴史を暴露しそうになるとは思わなかった。確かに僕は、高一の冬休みに友達と一緒に、推しの地下アイドルのライブハウスのバイト面接を受け、下心がバレて二人とも不合格になったんだよな。年齢を偽ったせいかもしれないけど。



「へぇ、アイドルという芸能人には、お金を出す観客が多いのね。どんな人達なのかしら? あっ、ゲームセンターの店員さんみたいな感じ?」


(はい?)


「ユキナは、全然わかってへんな。まぁ、ゲームセンターの店員みたいな超美人は、大抵が役者かモデルやな。本条みたいな感じの子が、アイドルっぽいで」


「じゃあ、本条さんがコンサートというものをやれば、お金が儲かるということ? コンサートというのは何かしら?」


 ユキナさんとユウジさんは、アイドルについての話を続けた。ユウジさんは、かわいい女性アイドルよりも、大人なアーティストが好きみたいだな。




「話が逸れましたね。野口くん、大丈夫ですか」


 僕は、二人の会話を必死に理解しようと聞いている野口くんに、話しかけた。


「あ、はい。大丈夫です。俺の名前から、なんだかすごい未知の話になって、少し驚きましたが」


 彼の表情は、もうしっかりしているな。


「僕も、芸能人が異世界人だと思われたことには、驚きました。娯楽に関する情報が伝わってないようですね。ゲームセンターも知られてないし……」


「確かに、五十嵐さんのおっしゃる通りです。娯楽に関する情報だけが、歴史から削除されているように感じます」


(何か、意図がありそうだよな)



 ずっと黙っていた井上さんが口を開く。


「キミ達の話を聞いていると、俺も何かを微かに思い出してきたよ。30年ほど前までは、歌や演劇があった。いつの間にか忘れ去っていたよ。もしかすると、俺達が忘れるように仕組まれたのかもしれない」


「帰還者迷宮の開発が成功した頃ですね。過去の娯楽に関する情報を消し去ることで、現状だけに目を向けるようになります。厳しい現実を受け入れやすくなる。そして、そこに現れた救世主の声も容易に信じる。呪術を利用しない洗脳が簡単になります」


 野口くんは、険しい表情をしていた。僕も、同じ考えだ。娯楽を奪うことで、奴隷化しやすくなるからな。


 そして、その救世主の声というのは、台風直撃で大打撃を受けた後に現れる、神々しい灰王神か。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ