161、情報整理と大切な伝言
カナさんが変な話をするから、社跡の草原は、シーンと静まり返ってしまった。
彼女は、野口くんの母親の件から、突然、橋のところで会った妙なモンスターの話に切り替えた。矢田さんという人のことは、野口くんも知っているようだが。
「その管理局の中年男性は、溝口の可能性があるわね。だけど、敵が多すぎてわからないわね。比叡山で迷宮をほぼ同時に襲撃した理由もわからないわ」
ユキナさんは、やはり溝口という男性だと思ったのか。だが、矢田さんは名前を覚えていないと言っていた。訪問する担当者の名前を忘れるだろうか。やはり矢田さん本人ではなく、階層ボスだったのか?
「去年の夏なら、父は管理局にいましたね」
そう呟いた野口くんの表情からは、感情が消えたように見える。親子の仲が悪いのだろうか。
僕達は、彼の父親と比叡山の監視塔で会った。確か、去年の秋から、迷宮総監になったと言っていたよな。
しかし、カナさんは黙り込んでしまった。野口くんの父親と会ったことは、話さない方がいいのか?
迷宮総監は、自分のせいで、西日本全体が砂漠化することになったと言っていた。今は灰王神に従っているようなことも話していたが、彼の本意ではないように感じた。
人類が生き残るには、比叡山迷宮の12人の魔王のチカラを増大させ厄災に備えるしかないと、灰王神に言われたから仕方なく、という感じだったな。
灰王神には高熱化を止める方法はわからないらしいが、迷宮総監は、僕達の帰還があと10年早ければ、とも言っていた。10年前に、灰王神が現れたということだったが……。
(10年じゃないよな)
比叡山西部の十二大魔王を、灰王神が選んだのは、この10年の間のことだろう。だが、灰王神が地球に来たのは、100年前だ。
東部の企業迷宮で会った裏ギルドの創設者だという白髪の帰還者からの話で、灰王神が100年前には地球に来ていたことが、明らかになった。
裏を取り仕切っているという彼、銀次さんは、戦国時代の生まれらしい。ただ、古い名前だからと、通称はシルバという名を使っているようだ。
銀次さんは僕達に、一緒に灰王神を追い出さないかと提案してきた。たぶん、ユウジさんはそれを狙っていたはずなのに、信用できないと言って、要求を突っぱねたんだよな。
あれは、ユウジさんの交渉術なのだと思う。その結果、銀次さんは、僕達との関係を繋ごうと必死になったようだからな。
僕は銀次さんの話で、灰王神が原始の魔王である可能性が高まったと感じた。彼がいた異世界では、灰王神を原始の魔王の一人だという人もいたようだ。事実か否かはわからないらしいが。
銀次さんは異世界に転移し、様々なチカラを得たと話していた。おそらく呪術系がメインだろう。そして、その星が厄災で潰れ、日本に戻ってきたのは、今から100年くらい前らしい。その帰還を助けたのが、灰王神だという。
ただ銀次さんは、自分が異世界から青虫の卵を日本に持ち込んでしまったと思っている。彼に、迷宮が魔物化することになった責任を感じさせ、世界の終焉を見届ける義務を負わせたのが灰王神だ。
だから、今は灰王神に従っているが、信用できないとも言っていた。それで、あの提案に繋がるんだな。
あの時、店にいた眼鏡の人、比叡山十二大魔王の一人であるアカの魔王も、銀次さんと同じ考えなのだろうか。
だが監視塔での話では、迷宮総監と親しげな赤髪の魔王は、純粋に、灰王神を信じているようだった。12人の魔王は灰王神が選んだわけだから、忠誠心が高いと考える方が自然だよな。
これが、今回得ることができた様々な情報だ。
(あー、ヴァンパイアもいたな)
迷宮特区に戻ってきたとき、冒険者ギルドに魔道具を持ってきた雪島さん。彼は、死霊術師であり、自らをアンデッド化させていた。冥界の住人でもある不死者だと思う。
雪島さんは、ポラリス星の技術を持ち込んだ可能性が高い。彼には邪気はなかったから、純粋に高熱化から守るために、技術を教えたのだと思う。だが、そこに、灰王神の関与がなかったかは不明だ。
彼は、銀次さんと親しいようだった。銀次さんに頼まれて、僕の魔王紋を確認しに来たのだと感じた。雪島さんが、銀次さんが冥府の覇王だと、僕達に教えた理由は定かではないが。
二人は、冥界に関わる異世界からの帰還者なのだろう。冥府の覇王と、冥界の住人であるアンデッドか。
『あの、皆さん……』
僕が外出中のことを考えていると、うさ耳の少年が困った顔をしていた。僕だけでなく、全員が考え事をしていたようだ。
事情を知らないチビは、草原に座ってウトウトしている。店長をして疲れたのだろう。もう眠る時間なのかもしれないな。
「みんな、いろいろと頭の整理をしているみたいだね」
『はい、あの……』
うさ耳の少年は、野口くんをチラチラと見ている。あー、そうか。キミカさんからの伝言を伝えるために、うさ耳の少年は、僕達についてきたんだもんな。
「野口くんに、伝言があるんだったね。そっちのテントに防音結界を張ろうか?」
『いえ、皆さんにも聞いてもらって大丈夫です』
僕達が話していると、考え事をしていた皆は、ハッと我に返ったようだ。
「ボーっとしていたわ。ごめんなさい、何だったかしら?」
「ユキナさん、まだ何も話してないですよ。ウサギくんから野口くんに伝えたいことがあるという件です」
「そうだったわね。この場所の空気感が、考え事をするのに最適すぎるのよね。チビの能力なのかしら」
「さぁ? どうでしょう? マナが澄んでいるのは、チビの影響だと思いますが」
皆の視線が、うさ耳の少年に集まっていく。
うさ耳の少年、キミカさんのアンドロイドは、僕達にペコリと頭を下げたあと、野口くんを真っ直ぐに見つめた。
『私の主人から、息子さんへの伝言があります』
野口くんは、神妙な表情でコクリと頷いた。
『潤、よく聞いて。お父さんの選択は、間違える可能性が高いの。灰王神は二人いるのかもしれないわ。神の光を持つときと、邪気の影に包まれているときがあるの。神に従っても、邪神には従ってはいけない』
(女性の声だ)
野口くんは涙を浮かべながら頷いている。キミカさんの声か。
『このメッセージが潤に届く頃には、私が導いた三人が帰還するはず。その三人を捜して、協力を求めるのよ。魔導士と勇者そして魔王が同じ日に帰還するわ。この三人には、比叡山の魔王達を統率する能力がある。灰王神に指揮を任せると、来年の夏に日本は消滅するの。潤、必ず三人を捜しなさい。それしか生き延びる手段はないわ。貴方だけが最後の希望よ。潤ならできるわ』
うさ耳の少年は、ペコリと頭を下げた。
だが、僕にはその続きが聞こえてしまった。
『私の大切な潤、私の息子に生まれてくれて幸せだったわ。ありがとう』
うさ耳の少年は、最後の部分は、野口くんだけに聞かせたつもりらしい。僕は必死に、聞こえないフリをした。