16、メロンパンそしてメロンパン
「ちょっとキミ、何を言ってるの!?」
迷宮案内者のカナさんは、僕を信じられないモノを見るような目で睨んでいる。また細かいことを言われるのも疲れるよな。
「僕のダンジョンですよ。迷宮では主人が絶対なんですよね?」
「そうだけど、まだ1階層しかない状態で、何を言ってるのよ! 避難者が混乱するわ。期待させて叩き落とすようなことをすると……」
(心配してくれてるのか)
「何ができそうなのかは、僕自身でわかっているつもりです。そうおっしゃるなら、証拠を見せますよ」
僕は、再び、マイクのようなものを握る。
『皆さん、僕は帰還者です。僕がこの迷宮に造りたいものは、僕が元々いた時代の街なんです。食料も実際に見ないと信用できないですよね』
僕は、空のような天井に向かって、魔力を放つ。これは、アンドロイドが僕の身体に流した、迷宮が集めたエネルギーを利用したものだ。
『僕が居た時代では、コンビニに行けば、いつでも何でも売っていました。毎日違う種類のパンを買うことができる』
(あれ? メロンパン?)
コッペパンをイメージしたのに、空から皆に降り注いだのは、透明な袋に入ったメロンパンだった。
『昼には弁当を買ったり……』
(また、メロンパン?)
僕の言葉に合わせて、再び空から降ってきたのは、パスタの容器サイズの巨大メロンパンだ。
『おにぎりも、いろいろな具があるから飽きなかった』
(ちょ、おにぎりを出せよ!)
おにぎりくらいの小さなメロンパンが降ってきた。なぜ、何もかもがメロンパンになるんだ?
『マスターがこの階層に、そういう特徴を付与されたためです。浅い階層では、記憶の一部が属性化されることがあります』
(そっか、あぁ、そういうことか)
一番最初に無意識に造った丸太小屋は、異世界のどこにでもよくあるものだ。だが、その横の大きな服屋は、蟲の魔王アントが治める国にしかない。また、いまさっき造った5つの石造りの建物もだな。
そしてメロンパンは、魔王アントが治める国の名物というか、最も人気のあるお菓子だったか。
(だから、全部がメロンパンになるのか)
小川に落ちたメロンパンは、袋から水が入ると、袋と共に溶けるように消えていく。マナに変換されているらしい。
しかし、疑問にすぐ答えてくれるウチのアンドロイドは、なんて賢いんだ。
『マスターが優れているから、アンドロイドも優秀になるのです』
(ふふっ、嬉しそう)
避難者は、呆然としている。メロンパンが食べ物だとは理解できてないらしい。頭に当たりそうになったものをキャッチした人もいるけど、大半は草原に落ちた。
『僕はまだ上手くチカラを操作できないみたいですが、今、皆さんに届けたものは、僕がいた時代の食料です。よかったら、袋を開けて食べてみてください』
僕がそう言うと、カナさんがいち早く拾って、メロンパンにかじりついた。彼女の顔ほどの大きさがあるから、弁当メロンパンか。
「何これ! パン? 甘いパンなんてあるの?」
「メロンパンです。ご存知ないですか」
「パンの上に、クッキーが乗ってるみたいね。パサパサだけど」
僕も、一つ拾って食べてみる。
(パサパサで、甘い)
間違いない。これは、魔王アントの国のメロンパンだ。異世界だから、ちょっと違うんだよな。長期保存が可能だったはず。
僕は、またマイクを握る。
『このパンは、長期保存ができます。ただ、小川に落ちたものはマナに変換されたから、迷宮から持ち出すことはできないようです。口の中がパサパサするので、小川の水も自由に飲んでくださいね』
カナさんがメロンパンを食べた後から、拾って食べ始める人が増えていった。
(あー、やはりか)
あちこちでメロンパンの奪い合いが始まった。そんなにたくさん集めても、食べ切れないのにな。
『皆さん、慌てなくて大丈夫ですよ。ちょっと僕は実験をしたいので、また何かが降ってきます。頭上に気をつけてください』
そう言っても、奪い合いをしている人は、話を聞いてない。それほど深刻な状況なんだ。
再び、空に魔力を放つ。
『サラダ! シュークリーム! ケーキ! チャーハン! パスタ! やきとり! たこ焼き!』
(ダメだ……)
大きさはバラバラだけど、すべてがメロンパンになる。食べ物じゃなければ、別のものになるか?
また、空に魔力を放つ。落ちてきて当たったときに、痛いものはマズイよな。
『スポンジ! タオル! トイレットペーパー! ゴミ袋! シャツ! パンツ!』
(ふむ、一緒か……)
食べられないものを言っても、メロンパンが降ってくる。僕が、そんな風に、法則を付けてしまったらしい。
「ちょ、ちょっと、キミ!」
カナさんが叫んだ。
彼女が何を言いたいのか、聞かなくてもわかる。草原は、もう見えない。そして、もう奪い合いは起こってなかった。
『皆さん、すみません。実験をやりすぎました。邪魔な分は、小川に放り込んでマナに変換してください。必要なら、また降らせますから』
僕はマイクを、貸してくれた案内者に返した。
(苦笑いされてる……)
しかし、魔法で作り出したパンって、なんか美味しくないよな。魔法で出した水が美味しくないのと一緒か。
蟲の魔王アントの国で売られていたパンは、もっと堅くて表面がパリッとしていた。味はとても似ているけど、食感が違う。
ちゃんと調理をしないと、コンビニのような高いクオリティのものは出来ないんだな。
まぁ、パンを出す魔法なんて使えないから、その点は、迷宮のチカラの偉大さを感じるが。
皆が静かにメロンパンを食べている間に、避難者に対して事務連絡が行われている。
僕は、降り積もったメロンパンを掻き分けて、丸太小屋に戻った。
◇◇◇
『マスター、素晴らしいです。あれだけ出せば、強欲な人間も騒がない。それに迷宮のエネルギーが、20%を下回らないように調整してくださったのですね』
銀色の猫は、台座の上でくつろいでいるようだった。
(自由な猫だな)
「ん? 僕は何も考えてなかったよ。ウチのアンドロイドは優秀だからね」
『私も何も……』
そう言いつつも、得意げな顔をしてる。
(ふふっ、かわいい)
急に睡魔が襲ってきた。気づかないうちに、かなり疲れていたらしい。
僕はベッドの上に転がると、すぐに眠りに落ちた。