157、6階層はテントだらけになっていた
「ケント、めちゃくちゃ寒いやんけ」
僕達は、ガゼボ近くに戻って、そこから6階層への階段を降りた。途中で、6階層は寒いと注意しておいたのに、ユウジさんがバリアを使わないからだ。
「右側は、雪の迷路ですからね。しかし驚くほど人が増えてるな。道がテントで見えなくなってますね」
(想定外だったな)
6階層は、台風の避難用にも使えるようにと、階段を降りたところには、道幅が50メートル以上の真っ直ぐに伸びた道を作ってある。
それなのに、びっちりとテントが設置されていて、真っ直ぐ奥へ進む障害になっている。テント禁止の通路を作らないといけないな。
道の左右には小川があり、道沿いには大きな樹が並んでいる。この道の右側は雪の迷路、左側はゲームセンターだ。
右側の樹には、雪が積もっている。この道の左右で気候が少し違うが、真冬の朝のような澄んだ空気は共通のものだ。
「ケント、寒いから、社で熱い緑茶をいれてくれへんか」
「あら? どこに社があるのかしら?」
寒そうにするユウジさんに冷たい視線を向け、キョロキョロするユキナさん。それにつられたのか、カナさんもキョロキョロしている。
「右側の雪の迷路にあるんじゃないかな。五十嵐さん、上手く隠しているね。厚い雲に乱反射するから、ダンジョンコアの位置が、この魔道具を使ってもわからない」
井上さんが、タブレットのようなものを見せてくれた。サーチの魔道具か。画面の左端にダンジョンコアと、入力されていて、このフロアの簡易地図が映されている。
「このいくつも点滅している所が、サーチが示す社の場所ですか」
「あぁ、そうだよ。これは、宝箱産の高価な魔道具なんだけどな。ダンジョンコアなら、エネルギーが強いから、絶対にわかるんだがな」
空を見上げると、井上さんの魔道具が示す所は、厚い雲に覆われている。
「その反応は、正しいと思いますよ」
「雪の中か。どれが本物なのだろう? 面白いな。俺も、新たな階層を造ったら、ダミー反応を振りまこうかな」
井上さんは、目を輝かせて、魔道具を操作している。
「井上 夏生! 同じパーティメンバーとはいえ、社の場所は、極秘情報だよ。何を暴こうとしてるの!」
「あっ、確かに。でも、全然わからないんだぜ? 楽しいじゃないか」
井上さんがこんな少年のような顔をするのは、初めて見た。
『雪の中ではありません』
うさ耳の少年も、目を輝かせている。たまに野口くんを見ては、幸せそうに微笑んでいたが、会話に入ってくるとは驚きだ。
「ウサギくんなら、わかるのね?」
『アンドロイドの居場所なら、わかります。このフロアには、11ヶ所の反応がありますが、雪の中にはいません。おそらく、空中です!』
(そんなに分身がいるの?)
すると、目の前に、白い猫が現れた。
『古いアンドロイド! 社の場所は、極秘事項です!!』
『あっ、ごめんなさい……』
うさ耳の少年は、泣きそうになっている。たぶん、楽しかったんだよな。キミカさんを失ってから、ずっと孤独だったから。
「大丈夫だよ。ダンジョンコアの場所を知られても、壊されることはないよ」
『マスター! 他の冒険者も聞いています! テントの中から、不快なサーチがひどいです! この会話も傍受されています!』
白い猫は、ぶりぶりと怒っていた。
(なるほど)
留守番は大変だったみたいだな。やはり、僕の迷宮は狙われやすい。小川があるからだけではない。一部の人間によって作り上げられた悪評も高いからな。
僕は少し声の調子を変える。
「今は僕がいるんだから、大丈夫だよ。ダンジョンコアへの攻撃があれば、襲撃者は即座に殺すから。復活させるエネルギーはあるよね?」
『もちろん、あります! 早く次の階層を造ってもらいたいほど、迷宮エネルギーは、たくさんあります!』
「じゃあ、安心だね。それに、ガーディアンもいるんだから、何も心配はいらないよ?」
『はいっ! あっ、不快なサーチが消えました。安心して、発声練習をしてきますっ』
(練習してるのか……)
白い猫は、スッと姿を消した。
アンドロイドとのやり取りを傍受していた冒険者たちの多くは、ダンジョンコアを探していたらしい。しらじらしく適当な言い訳を呟いて、テントを片付け始める冒険者もいる。
この広い道にテントを設置していた人達の大半は、ここに留まって、社の場所を探しているということか。襲撃する気はなくても、情報は売れるのだろう。
僕が威嚇したことで少しは減ったけど、比叡山の東部のキャンプ場よりも、まだ数は多いように見える。
(まぁ、いいか)
「左側の橋を渡った先が、ゲームセンターです。初回は、ゲームで使うコイン10枚をプレゼントしていますよ」
「へぇ、コインを買う形式なんやな」
「はい、入り口では、1枚1000円でコインの購入ができます。みんな電子マネーを使っているから、支払いは楽ですよ。あと、果物などでも交換できるみたいですね。改装したのかな」
「さっきの少女の話やな。買取所を併設しとるんちゃうか? 俺んとこの温泉も、金のない奴のために、入り口に買取所があるで」
(温泉?)
今、ユウジさんは、温泉って言ったよな?
すると、ユキナさんが口を開く。
「ユウジさんの迷宮の6階層には、温泉があるのよ。5階層ごとに宿屋を作らないといけないでしょ?」
「温泉かぁ、いいですね! ユキナさんは行ったことあるんですか?」
「私は、まだ行ってないわ。混雑を防止するためだろうけど、利用料が高いのよね。確か、あれこれで50万円くらいだったかしら?」
(なるほど、混雑防止か)
ユウジさんがそんなことを考えるわけがないから、彼の迷宮のアンドロイドが設定した利用料だろう。
ユキナさんは、ユウジさんに金額を尋ねたつもりのようだが、橋を渡ってゲームセンターの建物が見えてくると、彼は、子供のように駆け出した。
「落ち着きのない人ね……えっ!? カジノ?」
ユキナさんは、建物が見えると驚いたのか、立ち止まっている。樹々が隠していたから、あまり見えなかったけど、派手な外観だからな。
「カジノっぽい外観になりましたが、建物の中はゲームセンターです。カジノにもありそうなスロット以外は、クレーンゲームやガチャガチャ、あとはゲーム機がいろいろありますよ」
「全然わからないわ。それに今、扉が勝手に開いたわね? 自動ドアなの?」
ユウジさんは、既に建物の中に消えていった。
「はい、自動ドアですよ。僕がいた時代では、ごく普通の仕様です。さぁ、皆さんも、どうぞ。建物の中は暖かいですよ」