155、アンドロイドの対抗心
『マスター、おかえりなさいませ!』
冒険者ギルドの転移魔法陣を使って、『青き輝き』の皆を連れて僕の迷宮の5階層に転移してくると、ガゼボの飾り台の上で、白い猫が待ち構えていた。
「ただいま。お留守番ありがとう。何か困ったことは起こってないかな?」
すり寄ってきた白い猫の頭を撫でながら、そう尋ねると、アンドロイドは本物の猫のように目を細めている。
『困ったことは起こっていませんが……昨日の夜、いえ、今朝早くから、人が増えました』
「そっか。それは良かった」
白い猫は、ゴロゴロとのどを鳴らしていたが、急に警戒したのか、飾り台から飛び降りた。
(リュックに気づいたか)
「まぁっ! この子が、ケントさんのとこのアンドロイド? まるで本物の猫のようじゃない! すっごく綺麗な子ね」
ユキナさんは、芝生にしゃがみ、ウチのアンドロイドを観察している。白い猫は澄まし顔だが、きっと喜んでるね。
「少し前は、シャム猫っぽい感じだったんですが、6階層が出来て、大きく変わりましたね」
「へぇ、迷宮を守るアンドロイドがこんなに綺麗な猫だなんて、素敵ね。私のアンドロイドは、ただの物体だもの。井上さんの所の鉢植えも綺麗だったけど」
「まだ、2ヶ月ちょっとでしょう? こんなに美しい猫に変わるなんて、五十嵐さんの魔力は凄いね」
「僕も驚いていますよ」
井上さんにも褒められて、白い猫は少しデレッと表情を緩ませた。でも、ウチのアンドロイドの本当の姿は、猫耳の赤ん坊なんだよな。さすがに、それは見せられないけど。
『マスター、なぜ、他の迷宮から排出されたアンドロイドを連れて来られたのですか』
「あぁ、やっぱり、バレてたね。ちょっと訳ありなんだ。カナちゃん、もうリュックをおろしても大丈夫ですよ」
(ん? 何か……)
カナさんは、白い猫を見て固まっている。野口くんが、カナさんがいなかった間の経緯の説明を始めた。
マイペースなユウジさんは、近くのマーケットで物々交換をしている。比叡山の企業迷宮で、賄賂のために買った物を渡して、何かと交換しているようだ。
「とりあえず、リュックじゃなくて大丈夫なのね」
カナさんが芝生の上にリュックを置くと、茶色いぬいぐるみウサギは、僕の顔をジッと見ている。
(僕の許可が必要か)
「好きな姿に戻っていいよ。ただ、サソリの姿は、冒険者に狙われるかもしれないから……」
そこまで話すと、キミカさんのアンドロイドは、うさ耳の少年に姿を変えた。茶髪に茶色の大きな耳が特徴的な、かわいい少年だ。耳はペタンと垂れていて長い。着ぐるみになるかと予想していたが、獣人の姿にしたようだ。
おそらく、5階層の住人はドワーフだから、獣人でも大丈夫だと思ったんだな。
『私は、この姿でも、よろしいでしょうか?』
「うん、大丈夫だよ。ほら、子犬のような子もいるからさ」
僕が戻ったことにラランの分身たちが気づいて、ふわふわと漂いながら、近寄ってきた。まだ、かなりの量の分身が、消えずに残っているんだな。
『マスター! そのアンドロイドは獣人の姿になっています! それなのに、念話しか使えないのですか』
(ありゃ……)
僕の足元で、白い猫が後ろ足で立ってるよ。
「そうだね。古いアンドロイドだからかな」
白い猫は、まるで威嚇するように、うさ耳の少年を睨んでいる。まさかとは思うけど……あー。ウチのアンドロイドは、負けず嫌いなんだよな。
「ちょ、どういうこと!?」
「何や? どうなっとるんや?」
ユキナさんとユウジさんが、ほぼ同時に叫んだ。井上さんはずっとこちらを見ていたが、驚いて固まってるな。
「ちょ、ちょっと、何? なぜ、五十嵐さんの迷宮のアンドロイドが……獣人の赤ん坊になったの!?」
(あーあ、バレちゃった)
猫耳の赤ん坊は、僕に両手を伸ばしてきた。これは、抱っこのおねだりだっけ。
僕は、ぎこちなく抱き上げた。僕の腕におさまると、猫耳の赤ん坊は口を開く。
「みなしゃん、ようこしょ、めいきゅへ」
(喋ってるよ……)
「きゃーっ! かわいいっ! どうなってるのー」
ユキナさんにかわいいと言われて、思いっきりドヤ顔だ。そして、うさ耳の少年を見下ろし、ドヤ顔を向けている。
「6階層を造ったら、アンドロイドが猫耳の赤ん坊になったんですよ。こんなに話せなかったんですけど、上手く発声できるようになってますね」
「どうして? あり得ないわよ。獣人になるには、少なくとも15年はかかるわ!」
「秘密にしてるつもりだったのに、ウサギくんへの対抗心で、バラしちゃいましたね。ラランをずっと観察していたみたいだから、獣人化できたのかな?」
猫耳の赤ん坊は、僕の腕に顔をスポッとうずめて、ニヘラニヘラと笑っている。完全に悪戯が成功した子供のような顔だな。
「五十嵐さんのボールのプロテクターは、確かに非常に柔らかいタイプだったから、生き物の姿に変わる可能性は高かったけど、こんなに短期間でここまで変化するなんて、前例がないわ」
カナさんは、やっと落ち着いてきたみたいだ。冷静に観察を始めたようだ。
『マスターが優れているから、私がかわいく成長するのは、当然のことです! 私のマスターほどの優れた帰還者はいないのだから、前例があるわけがない。本条 佳奈は、何を当たり前のことを言っているのですか! ポンコツですね!!』
(あちゃ……)
アンドロイドは、言いたいことが発声できないから、念話を使って毒舌全開だな。カナさんは驚いたのか、呆然としている。
「せっかく発声できるようになったのに、念話を使うの? 赤ん坊がそんなことを言うと、かわいくないな」
僕が少し強い口調で叱ると、猫耳の赤ん坊は、白い猫に姿を変え、僕の腕の中から飛び降りた。
(拗ねたか……)
「ちょっと待って。五十嵐さん、まさか、アンドロイドに複雑な感情があるの?」
あぁ、カナさんが呆然としていたのは、そっちか。
「はい。今は、思いっきり拗ねてますね。でも、甘やかすのは違うと思うので、僕は、おかしいことはキチンと叱りますよ。迷宮を守ってくれる相棒ですからね」
「い、いや、ちょっと待ってよ。まるで人のように扱っているの? アンドロイドだよ? おかしいよ!」
「変ですか? 僕がいた異世界には、金属系の魔物も魔王も居たから、それと比べると普通ですよ」
(僕も驚いているけどね)
だが、騒ぎすぎるのも良くないと思う。ウチのアンドロイドは、すぐに調子に乗るからな。
「ケントさんは魔剣士だから、金属に対する特殊な能力があるのでしょう。カルマ洞窟のある異世界で、魔王の資格を得たのだもの。前例があるわけないわ」
ユキナさんが味方してくれると、白い猫は、カナさんに思いっきりドヤ顔を向けていた。
(ほんと、ウチのアンドロイドは……)