154、結成式の手続きと銀色の樹
「うわぁっ! 何これ?」
能力測定の道具から、天井近くまで、キラキラと銀色に輝く樹のようなものが伸びた。左右にも広がる大きな銀色の樹だ。
皆は慌てて、伸びる枝に当たらないように避けていた。ミーティングルーム全体に広がってしまったな。
「ひゃー、プラチナマックスですぅ、ひゃぁ〜っ! 道具から手を離してください」
記録の職員さんは、倒れそうになりながら、必死に結果を伝えてくれた。僕は指示通り、魔力測定の道具から手を離したが、樹は消えない。
「手をはな……な、なぜ消えないんですかぁ?」
(いや、知らないし)
職員さんは、完全に話し方が崩れている。それほど、驚いたということか。
僕が純粋にエネルギーを流したわけじゃないから、消えないのかもしれない。ということは、これは不正になるのだろうか。
しばらく経つと、職員さんが連絡したのか、見覚えのある男性がミーティングルームに入ってきた。初級者説明会で、ランクやレベルの説明をしていた男性だ。
「おやおや、これは面白い」
「ギルマスのオッサン、これでタダやんな?」
ユウジさんは、彼に親しげな笑みを向けた。ギルドマスターなのか。冒険者ギルドはいくつもあるだろうけど、ギルドマスターも複数人いるのかな。
「山田さん、何の話だ?」
「プラチナがおったら、入場料無料の話や」
職員さんが彼に、小声で説明を補足したようだ。
「あぁ、なるほど。迷宮開放時の、避難所に残る孤児問題への解決に動いてくれたのだな。この道具は、プラチナマックスになると、出来上がったモノは消えないよ」
そう話しながら、彼は、銀色の樹を興味深そうに眺めている。ポキッと枝を折っても、また、スーッと伸びていく。再生能力の高さを調べているようだな。
しっかりと魔力を練って魔剣で作り出した氷は、土台が頑丈なら、折れても勝手に伸びて修復できる性質がある。
なぜか樹の形になってしまったが、これは、道具が干渉したせいだと思う。僕は、樹にしようなんてイメージしていない。ただ、目盛の先まで伸ばそうとしただけだ。
「これは、五十嵐さんのチカラか? 山田さんの魔力では、このような造形はできないはずだが」
(名前が、バレてる)
「せや、ケントやで。タダやんな?」
「あぁ、もちろんだ。五十嵐さん、この能力測定で、氷属性を使った理由を教えてくれないか?」
彼は、僕を試すような目をしている。隠し事はしない方が良さそうだな。
「さっき、この道具を持ってきた人のヒントに従ったんですよ。彼ならプラチナだと言っていましたから」
僕がそう言うと、職員さんが彼に小声で何かを話した。
「へぇ、雪島さんのヒントか。彼は、影を伸ばしていたけどね。触れると黒く変色する白銀の馬を作っていたな。五十嵐さんが作ったものは、触れると透明になるクリアな氷だな」
(闇属性か……)
確かに、アンデッドの術ならその方が自然だ。全然、思いつかなかった。
「ギルドマスター、ケントさんが氷属性を使ったからって、何か問題でもあるのかしら?」
ユキナさんは少し不安そうに尋ねた。
「問題というわけではない。ただ、この道具で作り出す物は、その術者の本質が表れると言われている」
「僕は、心が冷たいのかな」
僕がそう呟くと、彼はフッと笑みを浮かべた。
「属性と造形物の両方に意味があるんだ。五十嵐さんは、大樹を作った。しかも、枝は折れても伸びる。その属性は氷だ」
(だから、何?)
カナさんと井上さん、そして記録の職員さんは、何かに気づいたような顔をしている。
ギルドマスターは、言葉を続ける。
「大地を冷やし、緑化したいという心の表れだろうね。この造形物は、もらってもいいかな?」
「へ? あ、はい、どうぞ。でも邪魔では……」
「迷宮特区事務局の帰還者ホールに飾らせてもらうよ。この道具でプラチナマックス時に作られた造形物は、強いチカラで粉々に壊さない限り、込められた想いを維持し続けるからな」
「飾るのですか!?」
「あぁ、氷属性の造形物だ。帰還者ホールの室温が下がるだろうから、クーラーになるよ」
「なるほど……」
カナさんが口を開く。
「クーラーとして使うなら、使用料は、五十嵐さんの迷宮に払ってくださいね」
「そうだな。あっ、慈善事業をするようだから、キミ達の宗教団体に支払う方が高い使用料を出せるが?」
「じゃあ、それでお願いします!」
カナさんは、かなり強気だな。僕の担当者だからか。
◇◇◇
「これで、結成式は終了です。リーダーの川上さんの迷宮を、宗教団体『青い蝶を探す会』の所在地に、また、一番深い階層のある井上さんの迷宮を、冒険者パーティ『青き輝き』の所在地として登録しました。メンバーの迷宮入場料無料、パーティメンバー間の転移魔法陣使用料無料の手続きも完了しました。結成式終了に伴い、パーティランクは、Eランクにアップしています。ありがとうございました!」
記録の職員さんは、書類などをあれこれとユキナさんに渡し、ぺこりと頭を下げた。
ギルドマスターは、手続きをしてもらっている間に、銀色の樹を持って消えて行ったが、去り際に、使用料の金額は少し待ってくれと言っていた。実際に飾ってからの方が、高く払えるということらしい。
「ミーティングルームの使用は、これで終了にするわ。夜遅くなったし、のどが渇いたから、ケントさんの迷宮に移動しましょう」
ユキナさんは、時計の横の使用時間を見ながら早口だ。夜10時を回っている。無料時間はとっくに過ぎているからな。
「せやな。ケントのとこのビーチで、ゆっくり寝たいわ」
「は? 3階層は暑いじゃないの。私は4階層で、もぎたてフルーツを食べたいわ」
「その前に、2階層の居住区で、鮭おにぎりを買おうや」
(仲良しだなー)
「今の時間だと、おにぎりは売ってないわよ。逆に、1階層のごはん屋さんが空いてくるかも」
「本条も詳しいやんけ」
「キミ達だって詳しいじゃない。私は、五十嵐さんの迷宮担当者なのよ?」
(僕より詳しくないか?)
「じゃあ、俺は仕事に戻ろうかな」
野口くんがそう言うと、カナさんはギクッとしていた。彼女が背負っているウサギのリュックに、何か言われたのかな。
「えーっと、野口くんは、まだ仕事だっけ?」
「勤務時間は過ぎましたが、一応、事務局に戻る方がいいかなと思います」
「戻らなくても大丈夫じゃない? 話もあるし」
カナさんは、一気に緊張したようだ。だが野口くんは、カナさんの姿のことだと思っているだろう。彼のお母さんの辛い話は、どう話すべきか難しいよな。
(あっ、そうだ!)
「とりあえず、僕の迷宮にいる青い蝶を見に来られませんか? 結成式記念に」