152、雪島という管理局のギルド担当者
「遅くなりました。えーっと、結成式ですか?」
扉の横に立って、ミーティングルームを覗いている野口くんは、迷宮特区事務局の制服を着ていた。仕事中だったのだろうか。
「野口くん、まだ仕事中だった?」
カナさんがそう尋ねると、野口くんは驚きで固まっている。そうか、彼女の見た目が中学生に戻っているからだな。
「はい、えっ? もしかして、カナ先輩ですか?」
「ええ、そうよ。話は後でするわ。とりあえずは、冒険者パーティ『青き輝き』の結成式よ。立ち上げメンバーの全員が同席して書類を提出したら、ギルド側は承認するしかないからね」
確か、半数以上という条件だったよな。今、6人全員がここにいる。
「わかりました。では、結成式に参加します。少し待ってください」
野口くんは、何かの連絡を入れているようだ。やはり、仕事中らしい。しばらくすると、部屋の中に入ってきた。
「お待たせしました。書類は、もう完成したのですか?」
野口くんは、リーダーのユキナさんに問いかけた。
「これから、能力測定なのよ。特権を狙いたいんだけどね。能力測定ってステイタスじゃないのよね? 何を計測するか、知らないかしら」
「ブロンズ、シルバー、ゴールドの能力測定のことですか? あぁ、迷宮の入場料を無料にしたいのですね」
「ええ、そうよ。これからは、非戦力なメンバーも増やすから、入場料がかかるのは困るのよ」
ユキナさんは、孤児たちをパーティに加入させたいという話を、野口くんにも力説した。最初、彼は驚いた表情をしていたが、井上さんやカナさんも同意していることがわかると、力強く頷いた。
「パーティメンバーの迷宮入場料と、その迷宮間の転移魔法陣の利用料を無料にするには、ちょっと条件が厳しいですよ」
「さっき、職員さんから聞いたわ。Sランク以上のパーティと、メンバー全員がレベル500以上のパーティと、能力測定ゴールド2以上が5人以上いるパーティと、能力測定プラチナ2以上の人がいるパーティだけの特権なのよね?」
「はい、新規パーティなら、能力測定の結果次第ですね。あの能力測定は……」
ユキナさんが、条件を話したところで、別の職員さんが、大きな道具を持ってきた。野口くんは、途中で話をやめたが、能力測定のことに詳しそうだな。
「お揃いですか。おや、野口さんもですか」
(知り合いか)
「俺も参加しています。慈善事業ですからね」
野口くんの表情から笑みが消えている。部屋にいた職員さんも、何だか様子がおかしい。
「なるほど。迷宮オーナーさんだらけなのは、そういうことですか。台風避難で来た孤児達が帰らないのですな。困った問題ですわ」
(嫌な言い方をする人だな)
ユウジさんの視線を感じた。たぶん、彼も感じ悪いと思っているだろう。だが、何も言わない。ゴソゴソと何かを取り出している。あー、カナさんが空腹だからか。
「失礼ですが、貴方は、ギルド職員さんではなさそうですね。私は、リーダーの川上ですが?」
「おぉ、これは失礼。私は、迷宮特区管理局でギルド担当をしている雪島ですわ。変わったパーティの結成式だというので、見学に来ましたよ」
(だが、彼に邪気はない)
管理局と言われると、ちょっと身構えてしまうが……。邪気はないが、彼は少しダークだな。ユウジさんは嫌いなタイプだろう。
「見学、ですか。監視ではなくて?」
「あはは、川上さんは、噂通りのキツイ女性ですな。そちらの少年が五十嵐さんか。イメージとは随分と違うが、噂なんて、そんなものかな。奥におられるのが、金色の雨を降らせた勇者の山田さんですね」
ユウジさんは、チラッと視線を向けたが、何かを食べているようだ。関わりたくないから、食事中を装っているのか。
(ここは、僕か)
「雪島さんって、珍しい名前ですね。帰還者なんですか?」
「おお、そうですわ。もう、雪など降ることもないでしょうけどな。私の生まれ育った町は、雪深いところでしてな」
彼は、話しながら、僕達の何かを調べているようだ。だが、サーチのような魔力はほとんど感じない。ふわっとするわずかな浮遊感を何度か感じただけだ。
(あぁ、アレか)
「雪島さんは、死霊術師ですね。しかも、貴方自身がアンデッドだ。自己転生ができるのですか」
僕がそう話すと、彼は目を見開いた。
「これは、まいったな。何もサーチは受けないようにしているのに、見抜かれてしまったのか。シルバが言っていた以上だな」
(シルバ? あぁ、白髪の銀次さんか)
「彼に、僕達を調べろと言われましたか。僕達は、裏ギルドには関心ありませんよ。コソコソと嗅ぎ回られるのは、不快ですね」
「いやいや、そうじゃない。私の単純な興味だよ。原始の星で魔王の資格を得た帰還者には、直接、触れてみたいと思ってね」
雪島さんは、勝手に僕の手を触っている。
一瞬、ギョッとしたけど、彼はすぐに手を離した。そして、ニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ケントさん! 大丈夫なの!?」
(ん? 何が?)
ユキナさんは、僕の顔を見て、目を見開いている。
「川上さん、私の心配をしてくださいよ。ほら、私が負けましたからな。五十嵐さんは、たぶん何もしていない」
「でも一瞬だったけど、彼の額に、何かの紋が浮かんだわ!」
「それが、五十嵐さんの魔王紋でしょう。彼のチカラを問うた私の手が、焼かれましたよ」
そう言って雪島さんが見せた手のひらは、骨が見えるほど焼けて、ボロボロになっていた。
これは確か、侮辱されたから無意識のうちに反撃したんだよな? 彼は僕に、魔王としての資格が無いという洗脳系の術を使ったのだろう。もしくは、魔王たる地位を奪おうとしたのかもしれない。
この傷には、治療薬も魔法も効かない。僕が許しを与えるまで、ずっと治らないはずだ。
「無意識でした。手の傷を治したいですか?」
僕がそう尋ねると、雪島さんは首を横に振った。
「いや、シルバに見せてから、五十嵐さんに謝罪に行きますよ。私は、シルバにも負けたんですがね」
「えっ? じゃあ、彼は魔王なのですか」
「魔王と同じ地位でしょうな。冥府の覇王だったと言っていましたよ」
(冥府の覇王?)
それを聞いたユウジさんが、パッとこちらを見た。なんだか、楽しいものを見つけたような興味津々な表情だ。
「そうですか。あぁ、雪島さん、僕の迷宮には、雪が降ってますよ」
「なんと! それは是非とも拝見したい!」
「6階層に、雪の迷路があります。寒いですが、貴方に防寒着は不要でしょうか」
「生身ですから、暑さ寒さも感じますよ。アンデッドとはいっても、今はヴァンパイアですからな。昨年の春まではグールだったのですが、飽きましてな」
「じゃあ、寒いですから、来られるときには防寒着を忘れずに」
僕がそう言うと、雪島さんは、楽しそうに微笑んだ。
「ほう、これは私に、能力測定の前に帰れということですな。あぁ、この道具は、魔力と冥界の順応性を測るのですわ。私なら、プラチナですな。では、失礼」
雪島さんは、パッと姿を消したように見えた。
だが、ドライアイスの白い煙のようなものが、スーッと窓の隙間を通り抜けて行くのが見えた。
(霧化できるのか)