150、迷宮特区の冒険者ギルド
僕達は、地下道奥の転移魔法陣を使って、冒険者ギルドの2階へと移動した。
(なんか、違う……)
初めて来た冒険者ギルドは、僕のイメージとは違っていた。古い商業ビルのような感じで、汗とカビが混ざったような変な臭いがする。
ここは、事務所と、転移魔法陣の発着専用フロアになっているようだ。半分以上を占める事務所部分は仕切られていて、冒険者は入れないみたいだな。
階段の近くには、買取カウンターがあるが、『他の階にも買取カウンターがあります』という看板が出ていた。
「すごい人やな。報告は何階や?」
「1階にもあるけど、上の方が空いているはずよ」
カナさんは、階段を上がっていく。
ミッションの受注はタブレットで出来るのに、大勢の人が集まっているんだな。まぁ、僕達のように、比叡山迷宮から転移して来た冒険者のせいで、一時的に混んでいるだけかもしれないが。
3階は、シチューのような香りが漂っていた。だが、カナさんは、くぅ〜っとお腹を鳴らしながらも、さらに階段を上がっていく。結局、最上階の5階が目的地だったようだ。
「ここは、ガラガラやな」
「ええ、5階は、冒険者パーティ専用フロアだからね。ソロの冒険者は来ないのよ」
2階は狭いと思ったが、5階は広く感じる。商業ビルみたいな建物だから、各フロアの広さは同じだろうけど。
事務所の奥には、番号がついた扉がいくつもあった。会議室か何かだろうか。
暇そうにしていた職員さんは、僕達に気づくと、慌てて近寄ってきた。近寄って来ない人達も全員が立ち上がっている。
「井上さん? 一体、どういうことなの?」
(あぁ、有名人だもんな)
井上さんは、有名な冒険者パーティ『水竜の咆哮』のスカウトマンだった。ギルドの職員さん達も、よく知っているのだろう。
「心配をかけたね。俺は、追放されたからね。でも、新しい冒険者パーティに加入したんだよ」
穏やかな表情で、井上さんがそう話すと、立ち上がっていた職員さん達は安心したのか、大半が着席した。何かを操作しているから、検索しているのかもしれないな。
「いろいろな噂もあったし、『水竜の咆哮』からの脱退理由もわからなかったし、何より連絡が取れなかったから、様々な手続きが止まっていたのよ」
「新規パーティに加入して、すぐにミッションに出掛けたからね。ミッションの完了報告をお願いするよ」
「わかりました。あっ、新規パーティということは、まだ結成式はしていないのね? 奥のミーティングルームを使いますか」
(結成式?)
「あぁ、空きがあるなら、お願いするよ。俺がここにいると目立つから、他のメンバーに迷惑だからね」
井上さんは、ユキナさんに目配せをして、事務所の中へと入っていく。番号のついた扉に向かっているようだ。僕達も、職員さんに促され、彼の後ろをついて行った。
◇◇◇
「では、リーダーさんが、こちらに記入してください。主要メンバーの能力測定をされますか?」
僕達は、事務所の奥の番号のついた部屋の中に入った。長テーブルと、椅子が10個あるだけの小さな部屋だ。だが、壁には、様々な魔道具が埋め込まれているようだ。
「能力測定をすると、パーティのランクに何か影響があるのかしら?」
「はい、結成されたばかりのパーティは、Gランクです。ミッションを受注し成功すれば、当然ランクは上がりますが、主要メンバーの能力が高ければ、パーティランクに関係なく、制約付きミッションでも受注できます」
(なるほど)
「主要メンバーは、何人かしら?」
「何人でも構いません。ただ、冒険者の平均値より低い数値の方は、測定しても記録には残しませんが」
「そう、じゃあ、野口くんを呼び出したいわね」
ユキナさんは、カナさんの方をチラッと見たあと、僕を真っ直ぐに見た。キミカさんのアンドロイドに会わせたいんだな。
「そ、そうね。じゃあ、連絡してみるわ。来るまでには時間がかかるかもしれないわよ?」
カナさんは、一気に緊張したようだ。キミカさんのことを野口くんに話すのは、やはり、辛いよな。
「ミーティングルームの、1日あたりの無料利用時間は、2時間です。それ以上になると、10分ごとに1万円の利用料がかかります」
職員さんは、時計を指差した。もうすぐ夜7時になる。時計の横には、僕達の滞在時間が表示されていた。
「わかったわ。ミッション完了の手続きをお願いできるかしら? あっ、この部屋では、飲食は可能?」
ユキナさんは、薬草が入った魔法袋を渡したようだ。僕とユウジさんは全く摘まなかったけど。
「はい、手続きを行います。飲食はご自由にどうぞ」
職員さんは、扉を開けたまま、魔法袋を持って出て行った。閉めるなということだろうな。
「あの、結成式って何ですか?」
僕がそう尋ねると、全員の視線が僕に集まった。その直後、カナさんの方に皆の視線が移る。
「あっ、説明してなかったかしら? 5階層が出来たときに……あー、私は居なかったわね」
「俺のせいだね。申し訳ない」
井上さんは、僕に謝ってくれた。あんな裏切りに遭ったのだから、仕方ないことだ。
「いえ、えーっと、僕だけが知らない感じですか」
すると、ユウジさんが口を開く。
「俺も、知らんで。聞いたかもしれんけど、基本的にダンジョンマスターは冒険者にはならへんねやろ? 初耳みたいな気分や」
「アナタねー、いつも人の話を聞いてないから、そうなるのよー。えーっと、ここは井上さんからの説明が一番良いかしら」
ユキナさんに話を振られて、井上さんはやわらかな笑顔を見せた。彼は頼られると、よくこんな顔をする。
「大した話じゃないですよ。新たなパーティは、結成から半年以内に、ギルドで結成式をする決まりになっています。結成式を終えると、メンバーの募集やスカウトができるんです」
「結成式が終わるまでは、新たなメンバー加入はできないのですか?」
「それは問題ないけどね。結成式をしないと名簿に乗らないから、怪しい集団扱いされることもあるんですよ」
(なるほど)
冒険者ギルドの公認が得られるようなものか。確かに、井上さんの迷宮で供託金を預けたけど、お金さえあれば結成できるなら、いろいろな怪しい団体が作れそうだ。
「結成式って、何をするのですか?」
「ん? 今、リーダーが書類を書いているでしょう? 立ち上げメンバーの半数以上が同席して書類を提出し、ギルド側が承認すれば、完了ですよ」
「メンバーの顔見せということですね。主要なメンバーの能力測定をして、高い評価があれば、ミッションの受注だけでなくて、スカウトにも効きそうですね。あっ、メンバーは増やさないのか」
僕が最後に呟いた言葉で、ユキナさんが顔をあげた。
「メンバーは増やすわよ。そのためにも、パーティランクを上げる必要があるわ。私の迷宮には、多くの孤児がいるのよ。パーティに加入していれば、あの子達は、より安全になるわ」
(へ? 孤児を加入させるのか?)