表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/409

15、比叡山迷宮のこと

 カナさんが小川の水を飲むと、避難して来た人達は、恐る恐る、小川に近寄っていく。


 おそらく彼女は、小川の水が飲めることを示したのだろう。ただ飲みたかっただけかもしれないが。


 小川の水を飲んだ人達は、すっごく驚いた顔をしていた。生まれてから一度も、山の湧き水のようなものを飲んだことがないからか。



「カナちゃん、剣をお返しします」


「あぁ、うん。しかし魔剣士かぁ。迷宮の主人しゅじんには最適かもね。まだ1階層しないからわからないだろうけど、階層が増えると、迷宮は、主人にチカラを貸すようになるわ。これもアンドロイドの機能よ」


(もう貸してくれたけど?)


 だがそこは、秘密にしておく方が良いか。


「そうですか。それより、あちこちの争いは食料ですか?」


「ええ、この迷宮には2,000食しか届いてないわ。その倍は集まっているわよね?」


(人数もわかってないのか)


 銀色の猫が約1万人だと言っていたけど、それは伝えない方が良さそうだ。たぶん普通のアンドロイドには、まだそこまでの能力はないのだと思う。


「もっと多いような気がしますが」


「そう? 困ったわね。もう、外には出られないわ。比叡山迷宮がおかしなことをしなければ、灼熱低気圧は明日の朝には抜けて行くだろうけど」


(比叡山で、呪いを受けたんだよな?)


 彼女の表情には、恐怖心というより怒りがにじんでいる。アラフォーの姿にされた恨みか。



「比叡山のダンジョンが、何かするんですか」


「ええ、比叡山迷宮は、この迷宮特区ができる前に造られたものが多いんだけど、さっきの奴らのような愚かな者達のせいで、バランスが崩れたのよ」


「バランス? 乗っ取りですか」


「奪って自分達が管理するなら、まだいいのよ。所詮、弱肉強食の世界だからね。だけど、奪った迷宮のボスに負けて、ダンジョンコアをモンスターに奪われた帰還者が何人もいるのよ」


「はい? モンスターが、ダンジョンの主人になったんですか?」


 僕がそう尋ねると、彼女はコクリと頷いた。


(少し、話が見えてきたな)



 おそらく、その比叡山迷宮に、カナさんの帰還者迷宮があったのだろう。それを取られただけじゃなく、奪った帰還者には制御できず、モンスターが主人になったのか。


 バランスが崩れたという意味は、いくつか考えられるが……彼女のダンジョンはそれなりにチカラがあったと考えると、その主人は、厄介なモンスターに育ったということだ。ダンジョンの主人は、迷宮のエネルギーを使えるからな。



「比叡山迷宮には、どれくらいの数のダンジョンがあるんですか?」


「無数にあるわ。モンスターが主人あるじとなったいくつかの迷宮は、増殖し始めたのよ」


(あー、なるほど)


 一定の増殖器官を持つモンスターは、爆発的に増える。ダンジョンコアを取り込みダンジョンと一体化すると、ダンジョンの増殖も可能だろう。


「そのエネルギーとなるのが、台風ですか」


「ええ、そうよ。今回は灼熱低気圧だけどね。さすがに丸呑みはしないけど、進路を塞いでエネルギーを吸収するのよ。そうなると被害が増すわ」


「灼熱低気圧が抜けるには、もっと時間がかかるのですね。スピードが遅くなるから、明日の夕方くらいまでは、熱風が吹き荒れるかな」


 僕がすんなりと納得したことが不思議だったのか、彼女はキョトンとしている。



『マスター、ポンコツは難しい話は思考停止するようです。それより、弁当の奪い合いが激化しています』


(どうしようか。やはり果実の樹が良くない?)


 僕は草原を見回してみた。人は多いけど、アンドロイドが助けてくれているのか、あちこちの様子が見える。


『果実の樹は他の迷宮にあるので、人間は食べ物だと認識しています。出現させるとすぐに醜い争いになります』


(なるほど。小川は知らなかったから、騒ぎになってないんだな。まだ飲んでない人の方が多いみたいだし)


『はい、そうだと予想できます。ただ、食料がない状態だと永遠に争いが続き、多くの死人を復活させるためにエネルギーを使うことになります』


(そう。それも、もったいないね)


『はい! もったいないです。ですがマスターが施しを与えすぎると、この迷宮には、次の台風のときに人間が押し寄せます。人間は強欲です』


(無償で提供すると、次のカモにされるのか。それも困るよな)




「ねぇ、キミ! 誰かと話してる?」


(あっ、バレた)


「カナちゃん、僕の頭の中を覗いたんですか」


「キミの迷宮で、キミの考えは覗けないわよ。私が強い術を使えば見えるだろうけど、大勢の前では使えないわ」


(阻害してくれてるんだな)


 あっ、そうだ。こんなに大勢が集まっているのは、ある意味チャンスだ。企業迷宮が壊れて仕事がしばらくできない人もいるよな?



「カナちゃん、拡声器みたいなものはないですか?」


「念話を使えるんじゃないの?」


「集まってる皆さんに、話があるんですよ。あちこちで争いが起こってるから、聞こえないでしょう?」


 すると近くにいた職員が、そーっと何かを差し出した。無線機のようなマイクのような機械だ。


 僕は軽く会釈をして、それを受け取る。



 キィンと嫌な音が出た。わざとやったわけじゃないけど、争いが少し収まった気がする。



『皆さん、聞こえますか? この迷宮の主人の五十嵐です』


 少し待つと、離れた場所で争っていた人達もこちらを向いたようだ。


『壁から15メートル以上離れてください。ちょっと改装します。それと、この1階層で働いてくれる人を募集します。まずは、僕が何をしたいのかをお見せします』



 階段を降りた左奥には、ダンジョンコアがある。だから、右側の壁添いに、建物を造ろうとイメージした。


(完璧だな)


 改装は、光が瞬くようにできるみたいだ。突然、僕がイメージした建物が現れ、人々はシーンと静まり返った。


 蟲の魔王アントが治める国の一般的な建物だ。この草原によく合う。


 白い石造りの堅固な5階建のアパートのようなものが、5つか。1階部分は店舗、2階は倉庫スペース、そして屋上には、草原からは見えないが畑がある。



『アパートの1階はすべて店になります。ここで働いてくれる人には、迷宮内の住居を提供すると共に、給料を食料で支払います。いかがでしょうか』



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ