143、カツアゲ?
僕は今、ユウジさんと二人で、企業迷宮の建物の中を歩いている。古い商店街のような臭いがする。この企業迷宮は、古い物なのかもしれない。
ユキナさんはサマータイムだと言っていたが、半分くらいの店は、営業しているようだ。閉まっている店は、シャッターに営業時間が書いてあった。まだ暑い夕方ではなく、夜遅くから開店する店が多いようだ。
「ケントも似合うやんけ。そのリュックが満タンになるまで、いっぱい土産を買うで」
僕は武装を解除して、茶色いウサギのぬいぐるみがくっついたリュックを背負っている。ユウジさんが、変装しようと言ったためだ。彼も、剣は装備していない。
「そんなにたくさん? 誰に土産を買うんですか」
「滅多に来られへんから、記念や。リュックが満タンになるまで、たくさんの店を回るで。暇やからな」
さっき、自分達の区画を探すためにキャンプ場内を歩いていたときは、すれ違う冒険者は僕達から距離を取っていた。僕達のテントを襲う人が現れないようにする効果は、絶大だったと思う。
だが、買い物するには逆効果だ。キャンプ場から企業迷宮の建物に入るときに、僕達は服装を変えたんだ。
軽装で歩いていると目立たない。変装というわけではないが、すれ違う冒険者達の態度が、大きく変わった気がする。
キャンプ場では、僕は誰とも目が合わなかったけど、今は、やたらとジロジロと値踏みをするような視線を感じる。
昼夜が逆転しているサマータイムだから、昼前の今は、深夜ということだろうか。治安が良いとは言えない雰囲気だな。
「満タンにするのは難しいんじゃないですか? 小さく見えるけど、これは魔道具ですよ?」
「何を真面目に答えとんねん。それくらいの勢いで、どんどん買い物をするっちゅう話やで」
人が多い通路に入ると、ユウジさんの声は大きくなった。まるで、店の人にアピールをしているみたいだ。
(あっ、何か……)
僕達の後ろから、明らかに、ついてくる人達がいる。ユウジさんも、それに気付くと、楽しそうにニヤニヤしていた。
もしかすると、ユウジさんは、わざと絡まれるように行動して……。
「おい、そこの二人、ちょっと止まれや」
(うわ、関西弁だ)
帰還してから、ユウジさん以外の関西弁を聞くのは初めてだ。普通に話してるのかもしれないけど、脅迫されているような気になる。
「ケント、あっちに食器屋があるで」
ユウジさんは、声を無視して、少し広い通路へと進む。だが、すぐ前に回り込まれてしまった。
(えーっと、5人かな)
以前の僕なら、こんな場面に遭遇すると、震え上がっていただろう。僕達に声をかけてきたのは、ちょっとヤバイ人達に見えた。今の時代に、裏社会のコワイ人達がいるのかは知らないけど、どう見てもチンピラだよな。
「おまえら、命を失うのと、金を失うんやったら、どっちがええ? 選ばしたるわ」
(いきなり、こんなこと言う?)
ユウジさんの顔をチラッと見ると、必死に笑いをこらえているようだった。だが彼らは、ユウジさんがビビってると、勘違いしている。
「兄弟か? ふっ、そんなカバンを背負ってるから女かと思ったら、ガキやんけ。そのカバンが魔道具なら、それも差し出すよな?」
(どうしよう……)
ユウジさんは、まだ待てと合図してくる。
「あっちの店で、送金できるで。死にたくないなら、おとなしくついて来いや」
(送金?)
あぁ、そうか。お金は基本的には、電子マネーだもんな。今の時代のカツアゲって、こんな感じなのか。
僕達は、前を歩く二人と後ろを歩く三人に挟まれる形で、しばらく歩かされた。そして、細い通路の奥に連れて行かれた。
あっちの店と言っていたが、行き止まりだ。
(あっ! 隠し階段!?)
奥の壁にあるパンダのような落書きの目を押すと、下に降りる階段が現れた。よく見ると、パンダの絵の目には、ボタンがある。上手く考えられているんだな。
「早く降りろ!」
後ろの三人は、この隠し階段の存在がバレないようにするためか、通路を塞ぐように立っている。
ユウジさんは、必死に笑いをこらえながら、ゆっくりと階段を降りていく。僕も急かされて、階段を降りていった。
◇◇◇
階段の先は、タバコの臭いが染みついた、薄暗い飲み屋のような店になっていた。
この時代にタバコがあることに、僕は驚いた。迷宮特区では見たことがない。それに、グラスを傾けている人達が飲んでいるのは、おそらく蒸留酒だろう。酒が普通にあることにも驚きだ。
カウンター席が15席ほどあり、テーブルは11か。カウンター席に座っているのは常連客のようだが、テーブル席には、冒険者風の人達が青白い顔をして座っている。僕達と同じように、連れて来られたようだ。
「おまえらは、そっちのテーブル席に座っとけ」
僕達を連れて来た男は、空いているテーブル席を指差した。だが、店内をキョロキョロしていたユウジさんは、それを無視して、カウンター席に近寄っていく。
「おい! 勝手にうろつくな! 弟を殺すぞ!」
(標準語の人もいるのか)
ユウジさんが無視したためか、標準語の人は剣を抜き、僕に剣先を向けてきた。店内のテーブル席にいる人達が、ヒッと小さな悲鳴をあげた。
「ケント、こっちに来てみ。あのボトル、何か変やで」
ユウジさんは、僕が剣を突きつけられていても、全く気にしていない。一応、今の僕は、軽装なんだけどな。
「おまえ、弟がどうなってもええんか!」
カウンター内にいる人も関西弁だな。この店は、関西人だらけなのか。
「オッサン、しょーもないこと言うてんと、そのボトル見せてみ。未開栓の方や。中身をすり替えられてるで」
ユウジさんは、どうやらカウンターに並べられている酒の瓶のことを言っているらしい。
(あっ、あれは……)
見覚えのあるボトルだ。僕の迷宮の5階層で作っているブランデーのボトル。魔法で熟成させた量産品のラベルが貼られている。
「おまえ! ただの脅しではないぞ! 弟の首をここで、切り落とすこともできるのだぞ!」
標準語の人が、剣を、僕の喉元に突きつけた。その持つ手にはチカラが入りすぎているようだ。この人は、人を殺したことがない。
剣の扱いに慣れてないなら、逆に事故が起こりかねないが、まぁ、回復薬はあるから大丈夫か。
「ケントは、弟ちゃうで。親しい友達や。ついでに言っておくけど、おまえが剣を向けとるんは、本物の魔王やで」