142、東部のキャンプ場
「ユキナ、土産を買いに行こうや」
僕達は、監視塔にある転移魔法陣を使って、比叡山東部の企業迷宮へ移動した。総監との話し合いは中途半端になってしまったが、僕としては充分な情報を得ることができたと思っている。
「は? 仮眠をとるために寄ったのよ?」
「俺は、数日くらい寝んでも平気やで」
今、僕達は、企業迷宮の転移魔法陣のある建物を出て、企業迷宮にグルリと囲まれたキャンプ場の中を歩いている。ここは、簡易結界があるらしく、モンスターが入ってこない安全なエリアだという。
井上さんとカナさんは、疲れた顔をしていて、監視塔の転移魔法陣の順番待ちをしていたときから、全くしゃべっていない。
だからユキナさんは、比叡山から出る検問所に駆け込むのを諦め、キャンプ場に立ち寄ることを決めたようだ。
この企業迷宮から検問所までは、普通に歩けば15分くらいらしい。検問所の閉鎖時間にギリギリ間に合うみたいだが、検問所に行列が出来ていたら、追い返される可能性もある。ユキナさんは、異常な暑さの中、井上さんとカナさんをウロウロさせるべきではないと考えたようだ。
「あのねー、こんな時間は、どこの店もやってないわよ? 4月から10月は、サマータイムなんだから」
「サマータイムって何や?」
「迷宮特区以外の場所では、昼夜をほぼ逆転して営業しているのよ。朝10時から夕方5時までは、ほとんどの店が閉まっているわ」
「地下道が暑いから、昼間は閉鎖してるだけちゃうんか?」
「それに合わせて、企業迷宮の店も、営業時間を変えてるに決まってるでしょ。あっ、ここだわ。112区画」
僕達が借りた区画に到着したようだ。整然と整えられた区画には、自分達のテントを張って宿泊することができるらしい。
ユキナさんは手早くテントを出した。監視塔で没収された物と同じタイプのテントだが、同じ物ではない。彼女は、どんな仕掛けをされたかわからないからと言って、返却を希望しなかったんだ。
「めちゃくちゃ眩しいやんけ」
「そうね、キャンプ場なのに、日差しを遮る物が何もないのよね」
テントの中に入ると涼しく感じたが、天井が透明だから、やはり眩しかった。心配性なユキナさんは、他と同じにしておかないと襲撃されると考えたみたいだ。
「眠るときは、皆、顔にタオルをかけてますよ。天井が透明なのは、安全のためです。迷宮の外にいるときは、常に天候の変化が見えていないと命にかかわりますから」
ユキナさんが、テントの出入り口をしっかり閉め、ユウジさんが結界バリアを張ると、やっと井上さんが口を開いた。
「まぁ、そうね。さぁ、ちょっと休みましょう」
ユキナさんが率先して、簡易ベッドに寝転んだ。彼女も、疲れているのだろう。
井上さんとカナさんも、簡易ベッドに座った。カナさんが背負っているリュックを、僕が引き取ると、カナさんもすぐに寝転んでいる。
『皆さん、私は、このままの方が良いでしょうか』
茶色いウサギのぬいぐるみは、皆さん、と呼びかけたのに、僕の顔をジッと見ている。
「そうだね。迷宮特区にある誰かの迷宮に入るまでは、そのままが良いかな。総監も気づかなかったみたいだし」
『あの人は、私がアンドロイドだということには気づいていたと思います。ただ、機能停止状態だと思ったのでしょう』
「そうなの? 生体反応がないから、普通のリュックだと思われるんじゃないの?」
『あの人は、サーチ能力に長けています。私は、持ち物になりきるため、サーチ妨害をしませんでした』
「もしかして総監は、キミカさんのアンドロイドだと気づいたのかな。彼はキミカさんの夫でしょう?」
『私は、持ち物になりきっていたので、あの人の感情変化はわかりません。ただ、私の主人を、私が持っていることに気づいた可能性はあります』
「あっ、迷宮の復活待ちの異空間も、覗かれたの?」
『はい。しかも、私から切り離そうとしたようですが、リュックは背負われていたため、一時的に私の所有者は、あのお嬢さんでした。だから、分離はできなかったようです』
「そうか、よかったよ」
僕がホッと息を吐くと、茶色いぬいぐるみウサギは、にっこりと微笑んだ。
「ケント、あのオッサンが、俺達のパーティに入りたいって言い出したんは、このウサギのせいちゃうか?」
(あー、確かに)
「そうかもしれませんね。でも、カナさんが背負っていたリュックの話は、何もしなかったけど」
「リュックの話をすると、俺らが警戒すると思ったんちゃうか? 本条の方をチラチラ見とったのに、どこで手に入れたかも聞かへんかったやろ」
「カナさんを見てたのは、姿が変わったからかと思ってましたよ。僕が座ってた場所からは、カナさんの表情も見えなかったから」
「横に並ばせたんは、そのためやろ。しかし、ずっといろんなサーチを浴び続けたから、めちゃくちゃ気分悪かったよな。管理局の姉ちゃんが特に酷かった」
「えっ? 僕は気づかなかったです」
「あの意味のない軟禁は、俺らの戦力調査や。緑色の髪の魔王も、それに加担しとったで。ケントだけは調べられんかったんかもな。その防具がサーチを弾くやろ」
「まぁ、そうですね。武装レベルは最大にしてますからね」
僕達が話している声が眠気を誘ったのか、井上さんとカナさんからは、寝息が聞こえてくる。
「ケント、暇やから土産を買いに行こうや」
「サマータイムじゃないんですか?」
「あれは、半分は嘘やろ。検問所が閉鎖される時間は、足止めをくらった冒険者は、めちゃくちゃ暇やんけ」
「えっ? そうなんですか」
ユキナさんのベッドの方に視線を向けると、彼女は、手をユラユラと振っていた。
「ほれ、ユキナが、シッシってしとるで。お許しが出たから、探検に行くで。あっ、ウサギは持っていけよ? ここに置いていくと、ユキナが寝られへん」
ユウジさんがそう言うと、リュックからポロッと何かが落ちた。小さな銀色のサソリだ。
「分身ならいいんですか?」
僕が指摘すると、ユウジさんは床を探した。小さな銀色のサソリを見つけたようだ。
「あぁ、目はある方が安心やろ。俺らが迷子になっても、戻って来れるからな」
僕達は、テントの結界バリアを壊さないように、ユウジさんの魔法でスーッとすり抜けて、テントの外へ出た。