140、灰王神に従う赤髪の魔王と総監の関係
僕達に話すと宣言した総監は、同席させていた部下らしき人達を、小部屋から外へ出した。
彼らと入れ替わりで入って来たのは、30歳前後の女性。一般人に見えるが、帰還者なのだろうか。初級者説明会のときに見た記憶がある。
扉が閉められ、何かの動作音が聞こえた。おそらく、防音の装置か何かを作動させたのだろう。
「監視塔の職員と交代しました。私は、迷宮特区管理局の向井と申します。新人さん達とお話をさせていただくのは、初めてですね。よろしくお願いします」
(丁寧な人だな)
「初級者説明会で見かけたわ。迷宮特区事務局の職員さんかと思っていたけど」
ユキナさんは、軽く会釈しつつ、彼女の素性を調べようとしているようだ。
「迷宮の成長に関する業務は、私が責任者をしています。管理局と事務局は、仕事内容に大差はありませんので、相互に手伝いもしますよ」
「管理局は、雑務をしない偉い人ばかりだと思ってたけど?」
なぜかユキナさんは、突っかかるな。あぁ、溝口という人も、管理局だからか。
「迷宮特区にある管理局は、国内全体の調整をしていますが、迷宮特区事務局は、迷宮特区内の調整をしています。範囲の違いだけで、現場の職員は、どちらが偉いというわけでもありませんよ」
管理局の向井さんは、カナさんの方にチラッと視線を向けた。知り合いかな。
カナさんの表情は見えないが、たぶんイラついていると思う。カナさんは、事務局に所属する迷宮案内者をまとめる責任者だからか、管理局を嫌っているもんな。
「大事な打ち明け話をするんやろ? なんで比叡山の魔王を追い出さへんねん」
(確かに!)
「今ここにいるのは、キミ達『青き輝き』と、私の関係者だけだ」
総監が関係者だなんて言うから、アラサー女性と恋人なのかと思ってしまったが、そんな雰囲気でもないような……。
「親戚か何かなんか?」
「管理局の彼女は、私の亡き妻の弟の子だ。彼女自身は帰還者ではない。帰還者の娘だ。そして魔王二人は、私と同じ異世界からの帰還者だ」
姪っ子さんと、同じ異世界からの帰還者か。赤髪の魔王と親しそうだったのは、そういう事情か。
「なんで、同席させとるんや?」
「彼女は、真偽を見抜く能力があるからな。互いに嘘は無しでいきたい。魔王二人は、二重スパイだ。いわゆる、相互の連絡係という形だ」
(二重スパイ?)
「もう、わかったわ。本題に入りましょう。さっきのケントさんの質問の答えよね?」
ユキナさんが、話を切り替えた。
僕は、二重スパイのことが気になったが……。まぁ、それは井上さんやカナさんが、知っているのかもしれない。
「そうだな。えーっと、何だったかな」
「迷宮が魔物化する原因をご存知なのか、また、高熱化の原因は人為的なものか、という件です」
僕がすかさず、そう答えると、総監はフッと笑った。その笑みは、野口くんに似ていると思った。
「今は2099年4月だな。私が帰還したのは、30年ほど前だ。高熱化が進み、地上には住めなくなっていた。その10年後には、台風の直撃により西日本はほぼ壊滅し、地上は砂漠化し始めた」
総監は、静かな声で話し始めた。
「異世界での死によって、私より先に帰還した妻は、比叡山迷宮のテストに参加していた。その件については、井上の方が詳しいだろう。私は、帰還してから現状把握に時間がかかり、自分のことだけで精一杯だった」
転移者は、異世界で命を落とすと帰還するという仕組みは、僕がいた異世界と同じなんだな。
「私がいた異世界は、カルマの厄災についての伝承が語り継がれていた。その知識によって、私は、自分の迷宮は持たず、研究側に回された。井上とは、そこで知り合ったんだよ」
井上さんは、ずっと、うつむいたままだ。仲が悪いのだろうか。
「高熱化の原因を探り、改善しようと考えた私は、さっき、魔王が言っていたように、比叡山迷宮の西部とは対立関係にあった。帰還者の叡智を結集し、魔物化した迷宮を潰せば、簡単に高熱化も収まると考えていた」
魔物化した迷宮を潰しても、意味はないと思う。そうか、西部の迷宮がかなり崩れているのは、彼らによる間違った対処が原因か。
「だが、魔物化した迷宮は、台風が来るたびに成長するようになった。10年程前に、灰王神という異世界の神が、比叡山に舞い降りた」
(出た! 灰王神!)
「灰王神は、私達に導きを与えると言った。様々な世界では、気象異変が続いた後に厄災が起こるという。だから、厄災に立ち向かう魔王を選び育てる必要があると言われた。そうしなければ、地球は滅びると……」
ここまで話すと、総監は、僕の方を真っ直ぐに見た。その表情には、やはり弱さというか、すがるような何かを感じた。
シーンとしてしまった。
僕の問いに、彼は答えていない。おそらく、僕からの質問待ちだろうな。
「総監さん、貴方は灰王神に従うことにしたのですね? 神が選んだ12人の魔王が、高熱化の後に起こる厄災を防ぐチカラがあると、信じたのですね」
「私が、西部を弱体化させようとしたことで、西日本全体が砂漠化することになってしまった。西部が台風のエネルギーを吸収し続ければ、比叡山の魔王達のチカラは増し、厄災に対処できると教えられた。それしか、人類が生き残る手段はないと……」
「僕は、灰王神を知りませんが、未来を見る能力のある神なのかもしれませんね。厄災が起こったとき、その星に戦うチカラがなければ、簡単に消滅するでしょう。厄災を封印するには、多くの戦えるチカラのある者が必要です」
「やはり、そうなのか。高熱化を止める方法はわからないと、灰王神は言っていた。キミ達の帰還が、あと10年早ければ……」
(神に魅入られる前に、か)
しびれを切らしたのか、ユウジさんが立ち上がった。
「結局、オッサン、どういうことやねん? ケントの質問に答えろや」
「あぁ、そうだな。だが私達は、灰王神にすがるしかないんだよ」
(言いにくいみたいだな)
「迷宮の魔物化は、一部の特殊なオーラによって引き起こされると言われています。その元凶は、今、地球にいますか?」
僕がストレートに尋ねると、総監は、首を横に振った。
「厄災をばら撒く者がいると、灰王神から聞いた。だが、その者は、一ヶ所には止まらない。次々と多くの世界を渡り歩いているそうだ」
(原始の魔王は、居ないか)
「では、高熱化の原因は? その神様はご存知なくても、貴方達は、研究してきたんですよね? 他の諸外国も同じなんですか」
「海外のことはわからないんだ。厚い雲と荒れた天候のせいで、遮断されている。空も海も通信もすべてね」
(やっぱりな)
やはり高熱化は、人為的なものだ!
今、日本付近が隔離されている。その方法はいくつも考えられるが、最悪の場合、日本だけが別次元か別空間に飛ばされている可能性もある。
こんなことができるのは、原始の魔王だろう。そして、魔王の術を維持し台風を起こしている者が、術の中心付近にいるはずだ。
(絶対に見つけてやる!)