14、新人潰しがやってきた
草原には、さらに多くの人が避難してきた。まだ長い階段を降りている人も少なくない。
『マスター、入場人数は約1万人になりました。雨風が入り込むので、入り口を閉鎖します』
銀色の猫の置物は、もう台座の上を歩き回っている。ただ、台座からは離れられないようだ。
「そう、ありがとう。今、階段を降りている人達が草原に着くと、もう自由に動けないね。寝るスペースはあるのかな? あっ!」
階段の近くで、何か争いが起こったようだ。迷宮案内者の一人が剣を抜いた。
『マスター、弁当や飲み水が足りないようです。人間は愚かです。外にいたら死んでしまうほど弱いくせに、この場所へ受け入れられたことへの感謝の心がない』
「それほど必死なんだよ。飲み水は、魔導士が水魔法で出してるよね?」
『あの魔導士の魔力量では、この人数の飲み水は出せません。能力の高い魔導士は、迷宮特区内の風対応をしているので、残念な魔導士が給水係です』
「じゃあ、小川の水が飲めることを公表しようか。弁当って、薬みたいなやつだよな」
『人気の弁当ではなくゼリー状のものです。小川の存在を公表すると、灼熱低気圧が去った後、人が殺到することが予想されます。構いませんか?』
「カナさんが怒るかな?」
『ポンコツが怒ったところで、何の支障もありません。ただ、人が殺到するとエネルギーが満タンになるので、もったいないです。早めに2階層を造ることを推奨します』
(もったいない、か)
アンドロイドがそんなことを言うとは思わなかったから、ちょっと笑ってしまう。
僕がそんなことを考えていると、銀色の猫は、前足で顔を隠してしまった。恥ずかしかったのか。
(ふっ、かわいい)
「2階層を造るとモンスターが出現するから、1階層の変更にエネルギーを使ってもいいかな?」
『はい、問題ありません。ただ、果実の樹は、おやめください。いたるところで殺し合いが勃発します』
「心の中を覗かれてしまったか。弁当不足に対応できるかと思ったんだけどな。あっ、あれ?」
階段近くの争いの様子が、少し変わった。ちょっと強い人が参戦したようだ。冒険者だろうか。剣を抜いていた案内者が斬られ、地面に倒れた。
『あの者は、3時間後に階段下で復活します』
「やっぱり殺されたんだね。周りの人は、あまり騒いでないけど」
『はい、災害の避難のときは、よくある事件です。ただ、帰還者を殺したということは……』
「あの冒険者っぽい人も、帰還者だね。僕、ちょっと行ってくるよ。ダンジョンにいる人達に、小川の水は飲めると伝えられる?」
『はい、今、伝えました。マスター、迷宮のエネルギーが40%を超えました。このままだと、あと8時間ほどで満タンになります』
「わかった。もったいないことになる前に使うよ」
◇◇◇
「おまえも殺されたいのか? 早く迷宮の主人の居場所を言え! ここまで人が多いとサーチも効かねえ」
「新人潰しは、重罪です! なぜ、協力しようとしないのですか!」
(あっ、カナさんだ)
「言っておくが、俺は、異世界では暗殺者だったんだぜ? おまえみたいなババアとは違う」
「私は、ババアではないわ。この姿は呪いのせいだと……」
「あぁ、あの比叡山のダンジョンか。じゃあ、いっぺん死んでみるか? カハハハ、確か、復活できない呪いだと思うけどな」
(比叡山? あー、琵琶湖の北側か)
なんか、いろいろな落武者とかが居そうだよな。そんな場所のダンジョンで、彼女は呪いを受けたのか。
カナさんは奴の剣を、魔法の盾で防いでいる。だが、あまりにも下手だ。近接戦には弱いのか。
呪いのせいで復活できないことは、事実らしい。彼女は、身体も防御魔法でガチガチに固めている。でも、甘いな。奴が本気を出せば、簡単に防御は破られる。
「僕をお探しですかー。この迷宮の主人、五十嵐ですが?」
「ちょっと、キミ……」
(危ないな)
僕は、咄嗟に彼女の腕をつかんで引き寄せた。そこを奴の剣がかすめる。
「カナちゃん、剣を借りますよ」
僕はそう言いながら、彼女の左腰にさげていた剣を抜いた。使ったことがないのか、全く手入れがされてない。
「へぇ、自ら出てくるとはな。このダンジョンは、俺がもらう。バカな仲間は、別の二つに行ったけどな。俺は、しっかり調べてから仕事するんだよ。アンタは弱い。それに、この川の水は飲めるそうじゃないか。カハハハ、俺はなんてツイてるんだ」
「まぁ、お仲間よりは賢いでしょうね。僕はただの魔剣士です。勇者や女王のダンジョンを狙うよりは、だいぶマシでしょう」
「だろ? ってことで、さっくり死んでもらうぜ。じゃあな」
そう言った直後、彼は素早く僕に接近し、首を落とそうとしたようだ。
キン!
剣を弾くと、いつもの僕とは違うことに気づいた。
(これが迷宮の力か。発動が速い)
ブオォォン!
弾いた直後に剣を切り返し、右上から斜め下に振り抜くと、僕の持つ剣から放たれた炎が、回避しようとした奴の腰から下を切り落とした。
「ぎゃあっ! な、なんだ、おまえ……クッ」
地面に転がった奴は、何かのアイテムを使った。治癒薬か。うにゅ〜っと腰から下が生えていく。
(なんか、気持ち悪いな)
「迷宮の主人として言っておきますが、そんな格好でうろつかないでください。下半身を露出した変態はお断りしています」
「ぬわっ!? くっ、クソ」
奴は、素早くシャツを脱いで腰に巻いた。
「貴方のパンツは、そこに転がってますよ?」
僕がそう言った瞬間、切り落とした部分が、黒い炎に包まれた。カナさんが燃やしたらしい。
「お、おまえっ! このままで済むと思うなよ!」
そう捨て台詞を吐くと、奴は素足で、地上への階段を上がっていく。あぁ、階段を破壊するつもりか。
しばらくすると爆発音は聞こえたけど、階段が壊れた様子はない。
『マスター、ゴミは外に排出しておきました』
(ふっ、ウチのアンドロイドは優秀だ)
「皆さん、申し遅れました。僕は、五十嵐 健斗、この迷宮の主人です。小川の水は冷たいので、飲むときは川に落ちないように気をつけてくださいね」
「ちょっとキミ……」
カナさんが、僕を突いた。ぷくっと膨れっ面をするアラフォーは違和感しかないが……15歳なら仕方ないか。
「私も飲んでいいよね?」