139、迷宮総監の野口さんの迷い
「ハハハ、まいったな。いきなり、魔王覇気というわけかね? 一切の思念系の術を弾く自信はあったんだがな」
すべての迷宮を管理するという迷宮総監の野口さんは、僕の問いかけに、なぜか笑っている。しかも、自嘲気味の笑いではなく、本当に面白くて笑っているように見えた。
「今の僕は、魔王ではありません。僕の寿命が終わった後は、転生予約がありますけどね」
「ほう、魔王として生まれるのだな? しかも、カルマ洞窟のある異世界か。とんでもないバケモノだな」
(失礼だな、この人……)
彼は、また、ケラケラと笑っている。
そんな彼を呆れたような目で見ていた、赤髪の魔王が口を開く。
「さっきの話は、何なんだ? 俺は、青虫なんて知らねぇぞ。厄災は、高熱化の後に起こるんだ。そんな青虫は無関係だぞ」
(青虫カリーフを知らないのか?)
「ちょっと待てや。魔王のくせに、青虫カリーフを知らんのか? あぁ、別の呼び方をしとるんか」
ユウジさんはそう言うと、何かの術を使おうとしたようだ。しかし、ユキナさんが咳払いをして、やめさせたみたいだ。どうせ、総監が妨害するだろうからな。
「青い目の少年を使って、迷宮を襲撃してますよね?」
「なんだ、魔物爆弾のことか。あれは、迷宮内の毒沼から生まれる奇妙なモンスターだよ。だけど、その話は、総監の前ではしない方がいいぜ」
赤髪の魔王は、総監の顔を覗き込む。挑発しているようにしか見えないな。
「総監さんは、青虫カリーフという名もご存知ですね? 僕の迷宮にも、放り込まれましたよ」
「それをどう対処したんだ? 迷宮特区にも使われるようになったのか」
突然、彼は、焦ったような驚いたような表情を浮かべた。目を思いっきり見開いている。
「僕の先程の問いは、笑ってスルーですか」
「いや、そういうつもりではない。ただ、少し迷っている」
迷宮のことは、話せない重要機密なのかもしれないな。だが彼はおそらく、僕が知る以上のことを知っている。
すると、赤髪の魔王が、ふざけた表情で口を開く。
「総監は、去年の夏までは、俺達の敵だったからな。だから何も知らなくて、大切なものを失ったんだぜ。ずっと放置していたみたいだから、自業自得だけどな」
(ん? 大切なもの?)
大切な人を失ったということだろうか。ふざけた顔でする話じゃないよな。だが、赤髪の魔王からは、悪意は感じない。逆に、総監と親しいのかもしれない。
「迷宮総監は、野口くんの父親なのよ」
(えっ……)
カナさんが大きな声で、とんでもないことを言った。だがそれで、僕達は、話が繋がった。
去年の夏に、野口 希美花さんの迷宮が襲撃されて、彼女は殺された。リュックのウサギが、僕の顔をジッと見ていたのは、このためか。きっと、アンドロイドは、彼が何者かを知っていたんだな。
「本条さん、なぜ私の息子が、冒険者パーティに加入したのか、説明してもらえるか」
彼は、カナさんが突然、話題を変えたと思ったのだろうか。いや、これがそもそもの本題だったのかもしれない。僕達に会ってみたかったのは、父親として、ということか。
「野口くんは、ただ、人数合わせのために、名前を貸しただけです。その証拠に、パーティが受注したミッションにも参加していません」
カナさんの説明で、彼の表情は、少しだけ和らいで見えた。
「そうか。では本条さんは、呪いを解くために、比叡山迷宮に来たということか。だが、妙だな。解除されているわけではないが、姿は元に戻っている」
(げっ! バラされた!)
カナさんは、バンッと机を叩いて立ち上がった。カナさんの視線が痛い。
「本条の呪いは、解除やなくて、エネルギーの消滅やって、ケントが説明しとったやんけ」
「えっ? そうだったかしら?」
ユウジさんがカナさんを、簡単におさめてくれた。カナさんは、その言葉の意味を考えているのか、静かになった。
「呪いのエネルギーを、どうやって消滅させたのだ?」
「それを知りたいなら、まずはオッサンが、ケントの質問に答えるべきちゃうか? 話が、とっ散らかっとるで」
ユウジさんが、そう言ってくれたことで、総監は、また何かを考え始めたようだ。
そうか。野口くんの父親は、迷宮のすべてを管理する偉い人か。でもそれなら、いや、だから、野口くんは自分の帰還者迷宮を失ったのか。
帰還者迷宮が、ポラリス星の檻だということを、総監はわかっていたから、息子が迷宮を奪われるように誘導したのかもしれない。
(はぁ、しかし……)
全体像がわからないから、ごちゃごちゃしてきたな。一体、いくつの勢力があるんだ?
灰王神に従う勢力、迷宮を潰そうとする勢力、迷宮を整え育てようとする勢力、大まかに分けると、この3つか?
それぞれの具体的な状況は、全くわからないが。
「青虫カリーフの発生が、すべての始まりだということは知っている。だが、厄災に繋がるにはあまりにも長い時間が流れたため、予兆だという認識はない」
総監が突然、さっきの僕の問いに答え始めた。
「毒沼から生まれる青虫カリーフは、魔物爆弾と呼ばれている。奇妙なモンスターが生まれる毒沼は、魔物化した迷宮内にしか存在しないことは、比叡山迷宮にいる多くの者が知ることだ。魔王なら、当然、その発生源も把握している」
赤髪の魔王は、得意げに頷いている。彼の迷宮にも、青虫カリーフはいるのだろう。だが、成虫になることを知らないらしい。
「迷宮が魔物化する原因や、高熱化の原因は……」
総監は、そこで口を閉じた。
(知っているが、話せない、か)
次は、僕が答える番だな。
(ん? 敵だったと言ったよな?)
彼が総監の役職に就任してからは、比叡山の十二大魔王の敵ではなくなったということか?
「先程のご質問ですが、青虫カリーフの対処法は、瘴気を体内から排出すれば良いのです。体内のマナが無くなると、瘴気をマナに変換して消費しますから、魔法を使わせれば解決します」
「えっ? 魔法を使えるのか?」
総監の表情が、驚きに染まった。
「青虫カリーフは、治癒魔法が得意です。それと、もう一つの質問ですが、呪いのエネルギーは、迷宮内で冥界の住人を呼び出したときに、偶然、カナさんの分も喰ったんです。術は解除されてないですが、エネルギー追加はできません。これより弱い呪いは弾くので、状態異常の耐性を獲得しています」
「キミは、冥界の住人を呼び出せるのか」
「一定の条件が整えば可能です。召喚には、ガツンと魔力を持っていかれますけどね」
僕の顔を真っ直ぐに見つめる彼の表情は、先程までとは別人のようだった。何かにすがるような弱さも見える。
「そうか。2月2日の帰還者は……。キミ達には、話そう。だが、遅すぎた。あと10年早ければ……」