137、魔冥剣で遊ぶ二人
「なぜ、ここに魔王がいる?」
円形の部屋から出てきたのは、見たことのない中年の男性だった。高位の魔導士だろうか。帰還者であることは間違いないようだ。
「げっ! なぜ、総監がこんなとこに来てんだよ」
(総監?)
赤髪の魔王は、気まずそうな表情を浮かべている。緑髪の魔王は、すっと姿を消した。だが、総監と呼ばれた男性が手のひらを向けると、彼女は姿を現した。緑髪の魔王の隠れる能力を打ち消したらしい。
「西部エリアの魔王が結界を越えることは禁じている。さっさと帰れ」
「ケンカを売られたから、ちょっと見に来ただけじゃねぇか。そもそも、監獄に入れる人選を間違えたカスが、頭悪いんだよ。ここは人間のゴミ捨て場だろ」
赤髪の魔王に反論され、総監と呼ばれた男性は、ふーっと、大きなため息を吐いた。
「屋上にいる者達を、第6会議場へ移せ」
彼は、近くにいた警備兵らしき人達にそう告げると、円形の部屋の扉を開いたまま、階段を降りて行った。
(何だったんだ?)
総監と呼ばれた偉い人が、わざわざ来た理由がわからない。魔王達を追い返しに来たのか?
「なんか、偉そうなオッサンやったな。それより、さっきのは召喚術か? でも、みんな透明やったから精霊か?」
近くに寄ってきたユウジさんは、僕が左手に持つ剣を興味深そうに見ている。
「さっきのは、魔力で作り出しただけですよ。この魔剣の能力です。所有者の魔力を特殊変化させて属性種を作る剣技です。魔力を流して、作りたい属性種をイメージすると形成されます」
「へぇ、オモロそうやんけ。ちょっと貸してもろてもええか?」
ユウジさんは、少年のようにキラキラと目を輝かせている。知らない物には、ほんと、興味津々だよな。
「いいですけど、結構、魔力を取られますよ」
僕がそう言うと、ユウジさんは小瓶を出して飲んだ。ボス部屋でドロップする回復薬だな。
魔冥剣を渡すと、僕にも小瓶を放り投げてきた。使用料のつもりだろうか。
ユウジさんは、少し考えた後、剣に魔力を流したようだ。火属性だということはわかるが、出来上がったモノは、何かわからない。床に炎の塊が落ちたが、何だろう?
「ムズいな。ケントみたいな不死鳥ができへんわ」
「飛ぶ属性種は、風魔法と重力魔法が必要なんですよ」
「キャンプファイヤーみたいになっとるで」
円形の部屋への誘導に逆らって、ユキナさんが、カナさんと井上さんを連れて、僕達の方へ近寄ってきた。
「せっかく涼しくなったのに、何をやってるのよ!」
「不死鳥が作られへんねん。誰でも何でも作れるみたいやねんけどな」
(何でも、ではない)
「はぁ? あぁ、ケントさんの剣で遊んでるのかしら」
「ケント、このキャンプファイヤーは、どうすれば消えるんや?」
「一体だけなら、魔力を剣に戻そうと意識すれば、消えますよ。たくさん出すと、あらかじめ定めた合図が必要ですが」
「ふぅん……熱っ!」
ユウジさんは、一気に剣に戻そうとしたようだ。剣が炎に包まれた後、炎はスーッと剣に吸い込まれていった。
「出すよりも、戻すスピードが難しいんですよ。水属性なら、扱いやすいかも」
「最初に言うてくれや。せやけど、かなり魔力を持って行かれるな。戻ってきたのは、ほんの僅かやで。練習が必要や」
ユウジさんは、今度は、床に、バシャッと水をぶちまけた。イメージが甘かったみたいだ。
「これは、何を作ったんですか」
「み、水たまりや」
(嘘だな)
剣に戻すとき、彼の服が、びしゃびしゃになっている。ユウジさんは、何とも言えない複雑な……半笑い状態だ。
「アナタは不器用なのよ。ケントさん、私も借りてもいいかしら?」
珍しく、ユキナさんが興味を持った。
「はい、どうぞ。イメージが甘いと形成がうまくいかないので、魔力を流す前には、しっかり想像してください」
「わかったわ」
ユウジさんから魔剣を受け取ると、ユキナさんは時間をかけて魔力を流し込んだようだ。
(器用だな)
綺麗なクマのような氷像が現れた。
「おかしいわね。動かないわ。元気に走り回る小さな子犬をイメージしたのに、大きなクマみたいね」
「元気に走り回るには、重力魔法を組み込む必要があります。少し動かす程度なら、その属性魔法だけで大丈夫です」
「難しいわね。でも、ピクリとも動かないわ。ケントさんのペンギンは、可愛かったのに」
「僕も最初は、あまり動かせなかったです」
「剣技だからかもね。単純な魔法とは違うみたい。さっきは同時にたくさん出していたし、みんな個性があるように動いていたわよね?」
そう話しながら、ユキナさんは氷像をスーッと消した。消し方も上手いな。普段から錬金術で、魔力を変質させて扱うことに慣れているからだろう。
「何度か使っていると、個性が付与されるみたいです。声も発するようになります。特に土属性は、よく使っていましたから」
「へぇ、土偶みたいな物よね? どんどん分裂していたわね」
「はい。土偶をイメージしています。属性種は、魔力そのものだから、分身も作りやすいですよ。ただ、魔力は結構、消費しますが」
僕の手に、魔冥剣が戻ってきた。
「私には、複数は無理だわ。でも、面白いわね。こんな魔剣があるなんて、知らなかったわ」
「これは古い物ですが、新しい剣なら、異世界で普通に売ってましたよ。あっ、ラランが持ってくるんじゃないかな? 換金できる物を持ってくると言ってたので」
僕がそう言うと、二人だけでなく、井上さんやカナさんまで、目を輝かせた。
「新しい剣でも、こんな風に属性種を出せるの?」
「はい、出せますよ。ただ、新しい剣だと、出した属性種を一気に回収することはできません。剣自体が蓄える魔力量がまだ少ないので、出し入れは一体ずつになりますが」
「私達は魔剣士じゃないんだから、同時にたくさん出せないもの。それで充分だわ。ラランさんがまた遊びに来てくれたら、私は直接買い付けに行くわよ」
ユキナさんが、キラキラと目を輝かせている。彼女が気に入ったということは、すべての人が興味を持つ剣だということだな。
「じゃあ、これが景品だったら、面白いのかな? 6階層には、コインゲームのゲームセンターがあるんですよ」
「ケント、おまえ、ゲーセン作ったんか! 天才ちゃうか。俺、クレーンゲームは神やで。あっ、クレーンゲームはあるんか?」
「クレーンゲームもありますよ。カプセルガチャとスロット、あと、何かのゲーム台も作った気がします。アンドロイドが人気の有無を見て、改装しているかもしれませんが」
「クレーンゲームは無くさんとってくれ。頼むで」
ゲームセンターの話になると、ユキナさんはキョトンとしていた。彼女が生まれた時代には無かったのかもしれない。
「あの、盛り上がっているところを申し訳ないのですが、第6会議場へご案内します」
警備兵らしき人達が、ビビりながら声をかけてきた。