136、魔王から売られたケンカは買う主義
「きゃー! ケントさん!!」
ユキナさんの悲鳴のような叫び声が聞こえた。
赤髪の魔王と名乗った男性が放った炎は、派手で大きいが、ただの脅しだ。武装レベルを最強にしている僕は、この炎の直撃を受けても、ほぼダメージはないだろう。
だが、それでは時間がかかるか。
彼らが魔王と名乗っているのだから、遠慮する必要はない。僕も一応、魔王の資格があるらしい。魔王から売られたケンカは、受け流すよりも叩きのめす方が、正義だ。
(よし! やるか)
僕は、両手に持つ剣に、一気に魔力を流す。
目には目を、炎には炎を!
弱点属性は狙わない。
相手が得意とする属性で、ねじ伏せる!
右手の長剣には炎を纏わせ、左手の魔冥剣という名の魔剣から炎鳥を作り出す。
シュッ!
右手の長剣で、彼が放った炎を横にぶった斬り、できた空間を狙って、左手の魔剣をゆっくりと振り抜いた。
キィィ〜ッ!
炎鳥が、赤髪の魔王へ襲いかかる。
「なっ!? 何?」
彼は、全身に炎を纏った。
(低いんだよ)
自ら炎を纏うことで、炎鳥を吸収しようとしたらしい。纏う炎の温度が高ければ、それも可能だろう。だが、慌てたのか、咄嗟の見極めができないのは致命的だな。
キィィィ〜!
彼の顔の横スレスレを通った炎鳥は、鳥カゴの中をぐるりと回って、僕の元に戻ると、魔剣の中にスーッと消えた。
「お、おまえ……なぜ、そんなフェニックスを……」
炎鳥の熱にやられたのか、彼の顔の一部が赤くなっている。少しズラして正解だったな。
「フェニックス? 何のことかな?」
「クッ、そうか。本気で死にたいらしいな」
(二人がかりか)
もう一人の魔王は、姿を隠した。だが魔力を隠さないから、居場所がまる見えだ。
僕の後方、数メートルの位置で、魔力を練り始めた。罠を仕掛けるつもりらしい。
赤髪の魔王は、剣に炎を纏わせた。今度は斬りかかってくるつもりらしい。僕を緑髪の魔王の罠に追いやる気か。
僕も、右手の長剣に炎を纏わせた。そしてさらに魔力を流し込む。火属性同士の打ち合いは、剣を折りやすい。
彼は、ダンッと跳躍して、チカラの限り打ち込んできた。わかってないな。こういうときは、チカラより温度だ。
初撃は、受ける姿勢を取る。
「甘いぜっ!」
彼は力任せに、僕が構えた剣に打ち込んできた。
バキッ!
受けるフリをしていたが、剣が触れる瞬間に、右上へと振り抜いた。
「ど、どうして……。ガタがきてたのか」
彼は別の剣に持ち替えた。
キンッ!
キンキンキン!
彼は、なかなかのスピードで剣を振っているが、僕はすべて受けてやった。どこを狙っても、すべて弾き返す。
だんだん、彼の表情には焦りが出てきたようだ。
もう一人の魔王は、火属性が苦手のようだ。やはり色は、僕がいた異世界と同じ法則だ。緑髪の魔王は、植物を操る風属性だろう。彼女は、僕達の打ち合いから逃げるように立ち回っている。
「クソッ! 同じ属性だと、なかなか決着がつかないな」
僕からパッと距離をとると、彼はもう一人の魔王に合図を送った。
「確かに、決着がつかないね。剣を折ったのに、力量差に気づかないとはね。キミの炎の方が弱いから折れるんだよ?」
僕がそう言うと、彼は身体からぶわっと炎を出した。これ以上、長引かせると、屋上の床がもたないか。
「おまえは、俺とだけ戦っているつもりだろうけどな。おわっ?」
僕の左手の魔剣から、風の樹が出てくると、赤髪の魔王は目を見開き、動きを止めた。
透明な緑色の大樹は、僕の背後に浮かぶと、ユサユサと枝を揺らす。風の樹から落ちた木の葉は、クルクルと舞い、緑髪の魔王の罠をすべて壊していく。
ボゥオッ!
赤髪の魔王が、風の樹を焼き払おうとしたが、炎に包まれても、風の樹は燃えない。
僕は、さらに、さっきよりも大きな炎鳥を飛ばした。
「おまえは、火も風も操るのか! ならば……」
(仲間を呼ぶ気か?)
そんなことをされたら、この塔が崩れる。
「まだ、わからないの? 僕の方が、魔王としては格上だ。いい加減に気づいたらどう? 仲間を呼んでも同じことだ」
僕は、魔剣から、次々と違うモノを出していく。
暑いからまずは、氷のペンギンと雪のペンギン。そして、雷を纏う獅子。さらに、土偶のようなゴーレム。まだ出せる属性はあるが、これくらいで十分だろう。
炎鳥は、赤髪の魔王スレスレを威嚇しながら飛んでいる。風の樹は、緑髪の魔王の隠れる能力まで無効化したようだ。
氷のペンギンと雪のペンギンは、熱くなった床を、スケートをするように滑りながら、少しずつ冷やしている。
雷を纏う獅子は空中に浮かび、ビリビリと放電している。土偶のようなゴーレムは、ペンギン達が濡らした床に雷を纏う獅子が放電しないように、分身を増やしてガードし始めた。
「い、一体、何なんだ? 何属性を……ありえない! すべては幻術だな? クッ……ば、バカな!」
彼は、雷を纏う獅子を叩き落とそうとして、雷撃を受けたようだ。土偶のようなゴーレムが、雷を纏う獅子に、ダメっと叱ってくれている。
魔冥剣は、持ち主が想像した通りの姿の属性種を、魔力で作り出すことができる特殊な魔剣だ。
もともとは、ラランが持っていたが、彼女が使っても、火属性の獣しか出てこない。しかも、かなり火力の高い物騒なモノばかりだった。
僕が使うといろいろな属性が出てくるから面白いと言っていて、いつの間にか、僕に所有権が移った魔剣だ。
「まだ、やるつもり? 言っておくけど、僕は、まだ本気を出してない」
そう言って、ぶわっとオーラを放つ。そのオーラに反応して、魔冥剣から作り出した属性種たちが、一気にその戦闘力を上げた。
「ひっ! ば、バケモノだ! 魔王、なのか?」
(やっと、おとなしくなったな)
「魔王の資格はあるようだけど、今は、ただの魔剣士だ。僕がいた異世界では、ほとんどの魔王は、僕より圧倒的に強いよ」
「まさか、カルマの洞窟がある世界からの……」
「あぁ、カルマの厄災の封印まで生き残った帰還者だ。この異常な高熱化を何とかしたい。灰王神って、何者なの?」
そう尋ねると、彼はゴクリと息を飲んだ。
「灰王神は、比叡山十二大魔王を統率する神だ。俺達は、高熱化の後に始まる厄災に対処するために選ばれたのだ。灰王神は、この世界が崩壊しないように知恵とチカラを授けてくださった。お、おまえも、参加したいなら、進言してやるぞ」
(なんだ、原始の魔王ではないのか……)
僕には、神様事情は、全くわからない。
「僕は、そもそも厄災を起こさない方法を考えているんだ。それに、迷宮に縛られているからね」
「迷宮特区か?」
僕は、その問いには答えなかった。
右手の長剣を鞘におさめ、パチンと指を弾く。
僕が左手に持つ魔冥剣に、スーッと属性種たちが吸い込まれて消えた直後、円形の部屋の扉が開いた。