134、西部エリアのド派手な広域サーチ
「井上さんが、自分を責めてますよ」
僕は、黙っていることへの罪悪感を感じていた。ユキナさんは、わざと、ここに連れて来られるように絡んでいったんだもんな。
「しゃーないで。ここで明かすと、音を拾う奴がおるやろ」
「たぶん、彼はわかっていると思うわ。カナちゃんが気づいてないから、合わせているのよ」
「それなら、良いんですけど」
僕達は、監視塔の屋上から、比叡山迷宮の西部エリアを眺めている。もう陽は沈んだようだが、明るさは残っていた。
井上さんとカナさんは、給水プールの近くで、他の人達の話を聞いているみたいだ。カナさんが背負っているリュックのウサギは、完全に気配を消している。
彼らは、僕達が比叡山迷宮の西部を見るためにここに来たことがわかっているから、それを邪魔しないように立ち回ってくれているようだ。
「ケント、目視は終わったか?」
「はい、森が深いし、瘴気を出している迷宮の数も多いですね。モンスターも自由に徘徊しているけど、あの写真で見たほどの気配は、どこにいるかわからないです」
「ユキナは見つけたか?」
「私にわかるわけないでしょ。サーチ魔法を使わないと、モンスターがいるかどうかも、わからないわ」
「俺も一緒や。サーチが苦手なケントの方が、鋭いのは当たり前やけどな。ほな、そろそろやるか?」
(ん? 何をやるんだ?)
「ユウジさん、アナタねー。ほんの数メール先に、結界があるじゃないの。サーチなんて届かないわよ」
「何を言うてんねん。ユキナのサーチを俺が通せばええだけやろ。目に見える派手な感じにする方がええな。誰か出てくるんちゃうか」
「ちょ、まさか、あぶり出すつもりですか?」
僕がそう尋ねると、ユウジさんはニヤッと笑った。ユキナさんも、クールにニヤついている。
(マジか……)
僕は、慌てて自分の装備を確認した。銀色のサソリを一掃してから、武装は変えてない。剣も、使い潰した物は捨てたが、問題ない。
サーチ魔法を受けると、それを感知できる人は不快に感じる。この監視塔からのサーチだとわかると、問題になるんじゃないか?
「ほな、行くで〜」
ヒューンと、二人の魔力が打ち出された。
結界をすり抜けると、西部エリアの上空で、まるで花火のようにバーンと弾けて、魔力の雨が降った。
(うわぁ〜)
サーチは、基本的には、相手に悟らせないようにするものだと思うけど、二人の術は、ド派手だった。
比叡山の西部全体の空に、次々と連鎖していくように、花火が弾け、魔力の雨が降っている。降った魔力はサーチの術が込められているから、触れると不快だろう。
(あれ? 僕にも見える)
僕の目には、比叡山迷宮西部の全体像が浮き上がるように見えている。迷宮が放つ瘴気は、より詳細にその性質がわかる。
すべての迷宮が魔物化しているみたいだな。自由に出入り口を変えたり、近くの迷宮と一体化し始めている頃だろう。だが、それぞれの迷宮の主人が魔王というわけではない。ただ、崩壊した迷宮は無いようだ。
僕がイメージしていたよりも、西部の状況はまだ安定している。どの迷宮の主人も、まだ迷宮の力を上手く使えてないらしい。危機感は全く感じない。
(写真の奴は、居ないか)
あの撮影した黒い影の人物は、やはり統率者なのだろうか。奴がいると、魔王化した者達のチカラが飛躍的に上がるのかもしれない。だが、魔物化した迷宮自体のエネルギーは、まだまだ足りないだろう。
カルマの厄災が起こる直前のダンジョン群は、すべてが一体となり、大きな生命体のようにウネウネと波打っていた。それを構成するダンジョンのヌシは、皆、ゾッとする能力を持っていた。
だから、まだ、比叡山迷宮は大丈夫だ。西部エリアがこの程度なら、世界を壊すチカラはない。まだ、すべてを無に還すチカラはないから、手遅れではないはずだ!
僕がいた異世界では、こういうサーチ魔法の使い方をする現場を、何度か見たことがある。これは、いわゆる宣戦布告だ。上位の魔王が攻め込む前に使っていたっけ。攻め込まれたくない魔王は、顔色を変えて、すぐに謝りに来たよな。
そう、ラランも、よく使っていた。ラランが、ムキーっとなって魔力を放つときは、すべてを丸裸にするほどの高度なサーチ魔法を使っていた。
側にいた僕は、あれのおかげで、いろいろな魔物の特性や弱点を覚えたんだよな。もしかするとラランは、転移者を教育するために、あんなことをしていたのかな。
いや、ラランだけじゃなく、他の魔王も使っていた宣戦布告だから、あの世界での常識だったのかもしれない。
アントさんは、良い意味での脳筋魔王の嫌がらせ、だと言っていたっけ。陰湿な魔王なら、宣戦布告なんてしないで、いきなり攻め込むからな。
(懐かしい……)
「ケント、あぶり出し成功ちゃうか?」
ユウジさんがニヤッと少年のような笑みを見せた。
「こっちに来るんじゃないの!?」
「大丈夫や。結界があるから、中央部には堂々とは来られへんやろ」
西部エリアの端の方に、浮かぶ何かが見えた。
(あちゃ……)
魔物化した迷宮の主人だろうな。迷宮のチカラを利用して空に浮かんでいるようだ。
「あの人は、別人ですよ。さっきのサーチを、宣戦布告だと思ったのかもしれません」
「花火でサーチしただけやんけ」
「サーチ魔法って、不快じゃないですか。僕がいた異世界では、魔王が宣戦布告に使ってましたよ」
すると、ユキナさんが不思議そうな顔をして、首を横に振っている。
「そんな話は聞いたこともないわ。広域サーチは、堂々とすれば、誰も気にしないわよ。ケントさんがいた異世界だけの特殊なルールかもね」
(それなら良いが)
僕は、あいまいな笑みを浮かべておいた。今の僕には、会話に参加する余裕がない。
二人は気づいてないようだが、別の何者かが、姿を隠して近づいて来る。おそらく、その者の元に、遠くで浮かんでいる奴もワープしてくるだろう。
「うおっ!? 何や」
僕達のいる監視塔の屋上と同じ高さに、突然現れたオレンジ色の髪の男性。20代後半くらいに見えるが、帰還者なら見た目は変わらないから、何の手掛かりにもならない。
僕達から、数メートルの距離に浮かんでいる。
(もう一人は、少し下か)
姿を隠して近づいてきた奴は、僕達からは見えない場所に浮かんでいるようだ。
「さっきの術は、お嬢さんの魔法だね? 俺にケンカを売ったということかな」
ユキナさんの方を真っ直ぐに見た彼に威圧されたのか、ユキナさんは数歩下がった。
「結界があるんやから、ビビらんでええって。おまえ、魔王なんか?」
ユウジさんがそう尋ねると、彼はニヤッと笑った。そして、スーッと真っ直ぐに近寄ってくる。
「結界? そんなものに意味があるのかい?」
「ちょっと待て。この塔は中央部にあるんやで? 何、鉄格子なんか握っとんねん」
(あっ、やばっ)
僕は、咄嗟に、ユウジさんとユキナさんの腕を掴んで、後方へと跳躍した。
彼が握る鉄格子は、オレンジ色に変色して、ドロドロに溶けていった。