132、監視塔近くの群生地にて
「ユキナ、そっちにテントを出してくれ。俺らは、ちょっと寝るわ。もう限界やで」
「わかったわ。アナタ達は、無理しすぎよ」
ユウジさんとユキナさんは、目配せをして、謎の会話をしている。確かに僕は疲れを感じているが、限界というほどではない。ユウジさんの表情も、いつもと変わらない。
ユキナさんは、薬草の群生地を避けて、テントを出してくれた。さっき使っていたのとは違って、四角いテントだ。しかも、上部分は透明になっている。
すぐ近くには、監視塔があるから、塔の上からテント内がまる見えだよな。
「ケント、俺らは休憩や」
僕の返事を待たずに、ユウジさんは僕をテントに引っ張っていく。何か、意図がありそうだな。
◇◇◇
テントの出入り口を閉めると、ユウジさんは本当に簡易ベッドに寝転んだ。ユキナさん達が入って来ることを想定して、結界などは使っていない。
「ケントも、とりあえず、しんどそうにして寝転んでくれ。話はそれからや」
「わかりました」
僕は、ユウジさんの横の簡易ベッドに寝転んだ。
「迎えに来てもらうまで、寝たフリやで」
ユウジさんは、顔にタオルをかけて、僕に話しかけてきた。眩しいからだろうな。僕も寝転ぶと、少し眩しいと感じた。
この場所は、監視塔があるためか、木々がない。空は厚い雲に覆われているが、天井が透明なテントの中にいると、眠るには眩しすぎる。
僕も、タオルを顔にかけた。
タオルの隙間から、ユウジさんが僕の様子を見ていた。なんだか、小学生のような行動だ。
「ユウジさん、さっき、ユキナさんと何を目配せしていたんですか? このテントって、監視塔から、中がまる見えじゃないですか」
「だから、寝たフリしとくんや。監視塔から迎えが来るはずやで」
彼は、タオルの隙間から、こちらを見てニヤッと笑った。あぁ、タオルがあるから、監視塔の上から見ると起きていることに気づかないか。
(何をやってんだ?)
「このテントは、空を見るには良いですが、こんな場所には適切ではないですよね?」
「冒険者ギルドで販売しとる推奨品らしいで。ユキナ達の薬草採取が終わっても、俺らがここに居座っとったら、監視塔から、誰か来るはずや」
「監視塔に登るなら、普通に行けば良いんじゃないですか? あー、何か許可証が必要なのか」
「ふふん、まぁ、そういうことや。こっちから行っても、てっぺんには登られへんらしいで。だから、迎えを待つんや」
「迎え、ですか?」
この場所にテントがあると、監視塔にいる人達は、嫌なんだろうな。夜になると、今とは逆で、灯りのある監視塔の中が見えるかもしれない。
迎えというより、追い払われるだけだろうけど、まぁ、彼らに任せるか。
「そんなことより、ケント。さっきの猿軍団のことやけどな、アイツらは敵やと思うか?」
「僕は、彼らは橋の監視をしていると思いました。あの矢田さんが帰還者かどうかは、怪しいですね」
「やっぱり、そうやんな。ユキナが嫌がる相手は、だいたい敵やと思うわ。本条は、あの話を信じとったみたいやけどな」
(知り合いだから、だよな)
「ユキナさんは、何か、そういう能力があるんですか?」
「おまえ、敵味方の識別の棒をもらったやろ? ユキナの能力や。俺よりもユキナの方が、深層心理まで暴くみたいやで」
そういえば、不思議な金属の棒をもらったよな。さっきは、あれに触れなかった。すっかり忘れていたな。
「そうなんですね。僕には、どちらが敵なのか、わからなくなっています。迷宮を増やそうとする勢力と、迷宮を潰そうとする勢力は、その行動だけで簡単に善悪を判断できない」
「あぁ、幼女魔王から聞いたわ。ダンジョンは冥界の檻やと言うとった。幼女魔王は異世界人やから、ケントのダンジョンから外へは出られへんってな。ダンジョンを潰しとる奴らは、檻から解放するのが目的かもしれん。あれ? 冥界の檻って何や?」
(えっ? ラランが?)
そういえば、金色の雨を降らせる前に、ラランは二人にエネルギーを渡していた。そのときに、こっそりと情報も渡したのか。
「帰還者迷宮は、ポラリス星の、異世界人を捕えるための技術が使われています。善意での技術提供とは思えない。ただ、僕にも、まだわからない部分が多くて、上手く説明できません」
「そうかぁ。俺らは、檻を作らされとるってことか。高熱化から守る避難所でもあるわけやけどな。ふぅん、何となく見えてきたな。あの写真のヤバそうな奴が何者かによって、敵か味方かが、がらりと変わるやろな」
ユウジさんは、勘がいいな。この高熱化を、彼自身も何とかしようと、いろいろ調べているのだろう。
ラランから聞いた話を、どこまで話すべきかはわからない。ただ、原始の魔王の話は、しない方がいいよな。
「あら、本当に寝てるのね。大丈夫?」
ユキナさん達が、テントの中に入ってきた。
「ユキナ、俺ら、マジで寝るわ。今夜はここで寝て、夜明け前に出発しようぜ」
二人は、井上さんとカナさんに聞かせるための、芝居をしている。僕は、上手く合わせられる気がしないから、寝たフリをしておこう。
「仕方ないわね。こんなにもモンスターが溢れていると思わなかったわ。だけど、キミ達の邪魔になりそうだから、手伝えなかったのよ」
カナさんは、言い訳をしているが、たぶん悪いなと思っているのだと思う。顔は見えないが、申し訳なさそうな声だ。
「矢田さんが勧めてくれた道は、戦闘狂の彼らのために、わざと魔物化した迷宮が多いルートだったみたいだね」
井上さんは、カナさんを傷つけないように、言葉を選んでいるようだ。
「えっ? そうなの?」
カナさんが息を飲んだ音が聞こえた。
「あぁ、俺達は、モンスターが待ち受ける渦中に飛び込んで行ったんだよ。他の冒険者は、別の道を歩いていたからね」
「どうして、そんな……」
僕とユウジさんだけで、モンスターを蹴散らしていたのは、井上さんとカナさんに、魔道具を使って状況を把握する余裕を与えるためでもあった。
井上さんは、途中から表情が変わっていたから、ここに着く前には、矢田さんのオススメがおかしいことに気づいていたようだ。
タオルの隙間からそっと覗くと、カナさんが暗い表情をしているのが見えた。
(彼女も気づいたみたいだな)
「とりあえず、気温が下がるまで、少し休みましょう。監視塔が近いから、食事は日が暮れてからにするわよ。上から見えてしまうからね」
「あら? 冒険者ギルドが推奨するテント?」
「ええ、私が作ったテントは、監視塔に没収されたくないもの」
三人は、テーブル席に座ったようだ。採取した薬草の袋詰め作業を始めたみたいだな。青臭いニオイが漂ってきた。
◇◇◇
夕方になると、突然、テントが大きく揺れた。防音バリアが備わっているらしく、音は聞こえない。
ユウジさんが、寝たフリを続けろと合図してきた。
僕が頷いたのを確認して、ユキナさんが、テントの小窓を開けた。
「おまえ達! ここは監視塔の敷地だ。不法占拠だぞ! 全員、外に出ろ!」
何だか、荒っぽいお迎えが来たようだ。