131、矢田さんの話には嘘が紛れている
「モンスターが、僕達の護衛ですか? 水場のお礼って……」
ユウジさんは、何も考えてなさそうな雰囲気だが、ユキナさんは、この申し出を断りたいようだな。一方で、カナさんと井上さんは、護衛してもらいたいのか。
カナさんが背負うリュックの茶色いウサギは、僕の返事に耳を傾けているようだ。
話の展開がわからない僕としては、キミカさんのアンドロイドの意見を聞きたいところだが、ただのリュックに徹している。アンドロイドとしては、矢田さんは信用できないということだろうか。
「せや。今の中央部の状態は、本条にはわからんみたいやから、猿軍団が護衛しようかと言い出したんや。ケントの術で出来た氷の塊が、コイツらの飲み水になるらしいで」
「あぁ、それで、お礼なんですか。でも、そもそも、矢田さんは僕に何か用があったんじゃないのですか?」
大きな猿のようなモンスターは、僕に氷の魔王かと尋ねたが、その後は自分の身に起こったことを話していただけだ。
僕が視線を向けても、矢田さんは何も喋らない。彼は、カナさん達の方に助けを求めるように、僕から目を逸らした。
「ケント、たぶん、お近づきになりたいだけやろ」
「えっ? なぜ……」
去年の夏に迷宮を奪われてから、彼は、ずっと人間とは接してなかったのか? それにしては、僕達を襲撃させたよな。
ユウジさんは、少しおどけたような表情をしている。ユキナさんが拒絶反応を示しているから、中和しようとしているみたいだ。
「私達は、冒険者として比叡山迷宮に来ているのよ? モンスターに護衛と道案内をさせるなんて、おかしいじゃない」
ユキナさんは、我慢の限界に達してしまったらしい。
「でも、矢田さんは帰還者なのよ?」
カナさんは、知り合いと、もっと話したいのかもしれない。あわよくば、監視塔に連れて行って、保護したいのか。だが、モンスターと一緒に行動することは、デメリットが大きい。
矢田さんは、迷宮を魔王に襲撃されて奪われたと言った。そのときに、階層ボスと結合させられたんだっけ。
襲撃したのが比叡山迷宮の西部から来た魔王なら、どんな力があるかわからない。結合とは言っても、階層ボスに丸飲みされたなら、矢田さんの記憶を持つだけの、階層ボスの可能性もあるよな。
「ケント、どないする? 俺は、どっちでもええで」
(僕に丸投げか)
戦い慣れたユウジさんは、たぶん僕と同じ感覚だろう。ただ、断るのが難しいんだよな。矢田さんは、僕の術のお礼だと言っているからか。
ユキナさんの視線が痛い。だが、井上さんとカナさんの視線も痛い。意見が異なる両者のどちらにも、味方しにくいな。僕もユウジさんと同じく、内輪揉めしないなら、どちらでもいいけど……。
「僕としては、案内も護衛も要らないですよ。この先のヤバそうな雰囲気は、少し懐かしくて楽しいですからね」
僕は、蟲の魔王アントさんがよくやる表情を真似て、微笑んでみた。戦闘狂な雰囲気を出せているだろうか。
「ケント、おまえ、やっぱり魔王やんけ。まぁ、俺としても、ウズウズしてるけどな」
ユウジさんは、ニカッと少年のような笑顔を見せた。
「ちょっと、アナタ達……」
カナさんが何か言おうとしたが、井上さんが制した。
「カナちゃん、矢田さん達の護衛はお断りする方がいいね。あの二人が好戦的になってるから、逆に、俺達が矢田さん達を守らなければいけなくなるよ」
「確かに、そうね。特に五十嵐さんは、意図せず、やらかすかもしれないわね」
(ディスられてる……)
「あはは、まだ、カチコチに凍っているみたいだね。あんな術を使っても、彼の魔力値はほとんど減ってないんだから、すごいな」
(常にサーチされてる……)
以前カナさんは、僕のサーチができないと言っていたが、井上さんにはサーチできるのか。
カナさんは、大きく頷くと、大きな猿のモンスターの方を向いた。
「矢田さん、通信できる場所に行ったら、アナタが生存していることを連絡しておくわ。もちろん、管理局ではなく、事務局の方にね」
「そうか。せっかく知り合いに会えたが、確かに、自分達は足手まといになりそうだな。中央部には、魔物化した迷宮が急増している。特に、迷宮の主人が魔王化している所は、迷宮からモンスターが自由に出てくるから気をつけてくれ」
(迷宮のシュジンと言ったな)
ユウジさんとユキナさんも、このことに気づいたようだ。矢田さんは中央部にいるのに、西部でしか使わない言い方をした。別れ際で、気を抜いたのかもしれないな。
「ええ、わかったわ。矢田さんのナワバリは、さっきの橋の付近ね? これは伝えない方がいいかしら」
「中央部ということだけで頼むよ。ナワバリは固定しているわけじゃないからね」
「そうね。じゃあ、中央部での矢田さんの生存情報だけを、報告しておくわ。夏までには、巡回の職員が救出に来ると思うよ」
僕達は、猿のようなモンスターに見送られる形で、矢田さんから勧められた道を進み、深い森へと入って行った。
◇◇◇
「ケント、競争しようぜ!」
ユウジさんは、わざと、楽しそうに振る舞っている。僕も、一応、さっきの自分の言葉と矛盾しない程度には、頑張ることにした。
キンッ!
ズサッ!
僕達に襲いかかってくるモンスターは、適当に斬っていく。ただ、殺してはいない。ユウジさんも、殺してないようだな。
(しかし、多いな……)
魔物化した迷宮からは、どんどんモンスターが出てくる。これらの迷宮の主人が、すべて魔王化しているのか?
迷宮が魔物化しているか否かの見極めは、僕しかできないようだ。難しいことではない。迷宮から漏れる瘴気で、近くの草が変色するから、その迷宮のヌシの強さまで簡単に判断できる。魔王クラスだとは思えないものも少なくない。
矢田さんの話には、やはり、嘘が紛れていたようだ。
彼がこの道を勧めた理由はわからない。僕達としては楽しいが、普通の冒険者パーティなら、無傷ではいられないだろう。
たぶん、彼は、見張りだな。
僕に、氷の魔王かと尋ねたのは、見慣れない魔王は通すなと命じられていたからか?
「なぜ、ケントさんは、迷宮が魔物化していることがすぐにわかるの?」
監視塔が見えてくると、モンスターはほとんど居なくなった。疲れた表情で、カナさんが僕に尋ねた。
「本条、そんなもん、勘に決まっとるやないけ。近づくと、ぞわぞわってするやろ」
(話すな、ってことか)
ユウジさんが、僕の代わりに答えてくれた。
「経験の差って言いたいのね」
「まぁ、そういうことや。あっ、あれちゃうか? ミッションの薬草の群生地やろ。しかし、ちょっと遊びすぎたな」
ユウジさんが指差した先には、白い花をつけた薬草の群生地があった。
ここまで、ほとんどのモンスターは僕達二人で倒してきた。結界バリアがあっても、この暑さの中での連戦は、さすがに体力を奪われる。
「薬草の採取は、私達がやるわ。アナタ達二人は、少し休憩してなさい」
ユキナさんはそう言うと、井上さんとカナさんに目配せをして、薬草を摘み始めた。