13、強制オープン
僕のダンジョンは、12時に強制オープンしたようだ。時計がないから、時間が正しいかはわからない。
カナさん達が去ってしばらくすると、多くの人が入ってくる気配を感じた。急には人は来ないと言っていたのに、かなりの数が来ている。
彼女の予想通り、ここに避難して来たのは、普通の人達だ。みんな長い階段を降りて来るだけで、ハァハァと呼吸が乱れているようだ。
『迷宮特区事務局です。未オープンの迷宮を強制オープンしました。1階層しかないので、モンスターの出現はありません』
この1階層の入り口では、同じ音声が流れている。迷宮特区事務局からの案内らしい。ダンジョンをオープンするときに、迷宮案内者の誰かがスピーカーを設置したようだ。
カナさんから、僕がこのダンジョンの主人だということを名乗らないように、と言われている。彼女は、新人潰しを警戒しているらしい。
だから一応、僕は結界のある丸太小屋の中にいる。まぁ、その方が、避難者を誘導する人達もやりやすいのだろう。
『マスター、弱い人間ばかりですが、これだけ集まるとエネルギーがどんどん溜まります。今、30%を超えました』
銀色の猫の置物は、台座からは動けないみたいだけど、手……じゃなくて前足や尻尾が動くし、表情が豊かになってきた。
「へぇ、すごく溜まったね」
『はい、1階層しかないので、維持にはほとんどエネルギーを使いません。階層が増えたりモンスターが出現するようになれば、エネルギーを消費します』
「なるほどね。モンスターが出ないから避難者は安全だね。エネルギーは、今夜中に100%を超えるかな」
『100%を超えることはできません。2階層を造れば、貯蓄容量が増えるため、簡単に100%に到達することはありません』
「でも、2階層ができると、モンスターが発生するんだよね? こんな普通の人しかいない場所で、それはマズイな」
『1階層には弱いモンスターしか出現しませんが、確かに、小さな子供には危険かもしれません』
(えっ? 子供?)
窓から外を見てみると、花畑になっている所に大勢の子供がいることに気づいた。赤ん坊を抱いた母親もいる。こんな深刻な環境でも、子供は生まれているんだな。
「今、何人くらい集まってるか、わかる?」
『はい、迷宮案内者が11人、避難者が1,622人です』
「すごいね、瞬時にわかるんだ」
『マスターが優秀であれば、アンドロイドはこれくらい当然のことです』
(ふふっ、ちょっと嬉しそう)
「夕食はどうするんだろう。まぁ、必要なものは迷宮案内者の人達が持ってくるって言ってたっけ。そういえば、僕は全然お腹が減らないな」
『マスターは、体内のマナを、身体を動かすエネルギーに変換されています。また、マスターの住居内では、迷宮のエネルギーが濃縮されるため、空腹を感じないのだと考えられます』
「そっか。そういえば、異世界では何日も食事をしないこともあったな。水は必要なんだけど魔法で出せるから、何とかなる」
異世界でのいろいろな思い出が蘇ってきた。大変だったけど、楽しかったよな。魔王達から多くのことを学んだし、それが今の僕の身を守る術となっている。
魔王達も、たぶん食事は不要だったと思う。だけど、みんないろいろな物を食べていた。
蟲の魔王アントが、食べることで冷静になれると言っていたっけ。彼は、戦闘狂だ。放っておくと、いつまでも戦ってる。よく赤の魔王ラランが、彼に果実を投げつけていた。甘い果実の香りで、戦闘狂スイッチがオフになるみたいだ。
『マスター、弁当が届いたようです』
「じゃあ、小川の水が……あれ? そういえば、誰も飲んでないよね?」
『水の安全性が確認できていないと、迷宮案内者が言っています。そのため、誰も飲んでいません』
「新人潰し対策か。だけど、なんだかなぁ」
カナさんは、未オープンだということを前面に押し出して、小川があることが外に漏れないようにしているらしい。
皆、小さなタブレットを持っているみたいだ。こんなにすぐに人が集まって来たことからも、情報伝達手段は確保されているのだとわかる。
「みんな、何を見てるのかな?」
『気象情報や周辺状況です。マスター、新たな受け入れ要請です。避難者のさらなる受け入れは可能でしょうか』
「まだガラガラだから、大丈夫じゃない?」
『あまり増えてしまうと、マスターの住居近くにも人が来ます。マスターの住環境が害されます』
「避難者は、台風……じゃなかった、灼熱低気圧が去れば、自分の家に帰るでしょ?」
すると、銀色の猫の置物は向きを変え、壁に向かって目から光を放った。
(えっ? 何、これ)
台風中継らしい。海は荒れ狂い、黒い波が、魔法で作り出した障壁に凄まじい勢いで激突している。
そして、魔法の障壁が破られると、一気に炎が上がった。熱風で燃えているのか?
『今、滋賀県の外気温は72度。迷宮特区内は54度です。灼熱低気圧の熱風は200度を超えています』
「はい? ちょ、ありえないんだけど……それが風速何十メートルでぶつかってくるわけ?」
『魔導士が勢いを減殺していますが、台風とは違ってまとまりがないため、苦戦しているようです。迷宮特区の南側の企業迷宮は、宿屋階層がかなりダメージを受けています』
映像が切り替わった。
(火の海じゃないか……)
「台風なら、マシなのか?」
『エネルギーがこの数百倍の台風が、昨年発生しました。まとまりはあっても、魔導士にはわずかに進路を変えることしかできなかったようです』
「僕の想像をはるかに上回ってた……」
背筋がゾゾッと冷たくなる。
『毎年エネルギーが倍増しています。今年の夏は、台風が直撃すると、国土水没の可能性も高く、迷宮特区以外の帰還者迷宮も壊滅すると予想されています』
「水没って、海に沈むということ?」
『はい、そのため、迷宮特区は最後の希望なのです』
「そうか、わかった。受け入れは可能だと伝えてくれる? 宿を失った避難者は、可能な限り受け入れるよ」
『では、迷宮特区内に逃げ込んできた避難者に、この場所を知らせます』
映像が、迷宮特区に切り替わった。激しい雨に打たれる多くの人が、迷宮特区内の、あらゆる場所に溢れていた。