129、中央部にかかる橋
僕達は、比叡山迷宮の中央部へ入った。
テントを出る前には、ユキナさんが魚の保存食とクラッカーを配ってくれたから、軽食をとることができた。だが、比叡山迷宮の蒸し暑さは、結界バリアを使っていても、体力を奪っていく。
帰還してからずっと自分の迷宮の中にいた僕達は、カナさんや井上さんよりも、疲れやすいみたいだな。
「この辺までは、まだ東部の影響があるけど、その橋の先は、無統治状態よ。気を引き締めなさい」
前を歩くカナさんは、僕達にそう警告した。僕達が疲れてダラっとしていることに気づくとは、さすがだね。
(機嫌が良さそうだな)
彼女は、茶色のウサギのぬいぐるみがついたリュックを背負い、道を選びながら進んでいく。カナさんの迷宮は中央部にあったみたいだから、懐かしいのかもしれない。
ウサギのリュックに化けたアンドロイドは、僕達の後方をしっかりと監視してくれている。モンスターを見つけると、長い耳で僕達に合図をくれるんだ。
僕はサーチは得意ではないから、アンドロイドの合図は助かる。でも、僕が振り返ったときには、ユウジさんが蹴散らした後だったりするんだが。
しばらく歩くと、何本もの橋が見えてきた。
その先には、深い森が広がっているようだ。確かに気配がガラリと変わる。井上さんは警戒したのか、険しい表情をしていた。
(楽しそうだ)
僕は、少し、懐かしさを感じていた。僕がいた異世界に雰囲気が似ている。渓谷がナワバリの境界線になる国が多く、橋を渡るときには、襲撃を受けることが多かった。
「それはダメよ。左の方の木の橋を渡るわ」
カナさんは、僕達が進もうとしていた石の橋はダメだと言う。だが、僕はこの石の橋の方が良いと思うんだけどな。木の橋は、炎に包まれると弱い。
「あら、どうして? 石橋の方が丈夫そうじゃない?」
「ユキナ、こんだけ橋があるっちゅうことは、所有者がいっぱいおるってことや」
「えっ? そうなの?」
ユキナさんは、カナさんの方に疑いの目を向けている。彼女がいた異世界では、橋の上の危険は無かったのか。
「モンスターが狩りのために橋をかけることもあるのよ。丈夫に見えていても、安全だとは限らないわ。使用権の無いモノが使うと、消える橋だってあるのよ」
そこまで説明されて、ユキナさんは、やっと納得したらしい。カナさんの指示に従って、左の方の木の橋へ向かう。
チラッとユウジさんの方を見ると、剣を抜いていた。迂回する人間を待ち構えるモンスターがいるんだな。だが、後方の方が危険か。
僕は、装備していた細い剣を抜き、両手で持つ。
(おっと……)
剣は、僕から魔力を吸うと、重い大剣に変わった。周りからマナを吸って少しずつ、重さは軽減されていくが。
「ケントは後ろを潰すか?」
「はい、前は任せます。左の斜面は……」
『斜面には、弱いモンスターしかいないので、私が威圧します』
ウサギのぬいぐるみはそう言うと、波動のような術を使った。これは、階層ボスの銀色のサソリの能力か。
「えっ? 何? サーチには何も……」
「ユキナはリーダーやから、ドーンと構えとけばええねん。井上と本条は、リーダーの護衛をしとけ」
ユウジさんはそう言うと、前方へ駆け出した。すると、猿のように見える何かが現れた。しかも指揮官がいる。ただの野生のモンスターではなさそうだ。
僕は、大剣に氷属性の魔力を纏わせた。高熱化した大気が邪魔で、水属性は操りにくいからな。
後ろから忍び寄る奴らは、僕達が避けると木の橋が焼け落ちる角度で、火魔法を使うだろう。
(あっ、火矢か、それなら……)
僕は、術名を念じて、大剣を横一文字に振る。
『氷雪世界! 弱!』
大剣から放たれた細かな氷が、後方一帯に広がる。湿度の高いこの場所では、空気中の水分も一気に氷の粒に変わり、ヒョウのように降り注ぐ。
後方から狙ってきた火矢を持つモンスター達は、完全に氷漬けになった。その後方にいた奴らも、仲間の氷像が壁になり、こちらには来られないようだ。
(まぁまぁ、かな)
狭い範囲にこの術を使うのは難しいが、比叡山迷宮にはマナがあるから、まぁまぁ上手くできたと思う。気温が高いから、すぐに溶けるだろうけど。
「ちょ、キミ……」
カナさんは、呆然とした顔で、対岸を指差していた。
(あっ、怒らせたか)
大きな猿のモンスターみたいな奴が、対岸で仁王立ちしている。氷漬けにしたモンスターのボスだろうか。殺したわけじゃないから、氷が溶ければ復活するんだけどな。
だが、僕が気づくと、サッと姿を消した。僕達の進行方向へ移動したように見えた。ボスが自ら襲って来るか。
「アレは、ボスですかね?」
「アレって何? 私が言ってるのは、泥川が凍ったってことよ。何してんの! 魔力の無駄遣いじゃない」
(泥川?)
この橋の下は、水が流れているのか? 天然の川はもう無いと聞いていたが、比叡山迷宮は別なんだな。
「一気にモンスターが逃げよったで。この氷が降ってきたからな」
ユウジさんが、戻ってきた。その手には、ピンポン玉くらいの氷の塊が握られている。
「火矢を使って橋を落とそうとしていたから、凍らせました。湿度が高いから、ヒョウが降ってしまいましたね」
「これは、食えるんか?」
「汚いですよ。空気中のいろいろな物が閉じ込められていますから。しかし、意外に白いヒョウになりましたね」
比叡山迷宮の空気は、他とは違うらしい。茶色っぽい氷の塊になりそうだけどな。砂漠化してないからか。
「ふーん、じゃあ、いらんわ」
ユウジさんは、何かを狙って、氷の塊を投げたようだ。斜面にも近寄るモンスターがいたみたいだな。
「じゃあ、木の橋を渡るわよ」
「おう! うわー、ひんやりするやんけ。ケント、どこまで凍らせとんねん」
(ん? 凍ってる?)
あぁ、吹き抜ける風のせいか。術は消えているのに、風が冷気を運んでくるらしい。
「滑らないように気をつけて渡ってください。あっ、土を撒いたんですね」
ユウジさんが前を歩きながら、滑り止めに赤い土を撒いているようだ。細かい調整は苦手だと言っていたからか、ドラム缶のような物を振り、人力で撒いている。ユキナさんが入れ物を用意したみたいだ。
(申し訳ない……)
だがユウジさんは、こうすることが当たり前のように、せっせと動いてくれる。
「キミ達は本当に、三人いると便利ね」
「本当に、すごい連携ですね」
カナさんと井上さんがそう言ってくれるが、だいたい、やらかすのは僕なんだよな。
「おまえら、そんなことより、橋の先に何か待ち構えとるで。まぁ、ケントがおるから心配はいらんけどな」
ユウジさんがそう言うと、二人は表情を引き締めた。