128、茶色いウサギのリュック
『私の主人の子は、どこにおられるのですか。主人から預かっている言葉があります』
うさ耳の少年は、真っ直ぐにカナさんを見つめている。アンドロイドの強い目の輝きからは、主人の遺志を継いで、亡き主人の代わりになろうという覚悟のようなものを感じる。
「迷宮特区に居るわ。彼は自分の迷宮を失ったから、迷宮案内者をしているのよ」
カナさんがそう答えると、うさ耳の少年は目を見開いた。さっきも彼が迷宮を失った件を話していたのに、理解できてなかったのか?
『あ、あの……見つけました!』
(えっ? 見つけた?)
「どういうこと? 野口くんは、ここには連れて来てないわよ? 今頃は迷宮特区の、えーっと確か今日は、冒険者ギルドの勤務だったかしら」
カナさんの説明を聞いても、うさ耳の少年は嬉しそうな笑みを見せている。
『希美花さまに似ておられますね。制服を着た20歳前後の青年、魔導士ですか。もう、見えなくなりましたが』
(どういうことだ?)
アンドロイドには、遠視、いや透視能力があるのか? だが、距離が離れすぎているよな。
「ふぅん、迷宮特区にまで、分身がおるんやな? 冒険者の荷物に紛れ込んで移動したんやろ」
(なるほど!)
ユウジさんがそう言うと、ユキナさんもポンと手を叩いた。だが、うさ耳の少年は首を横に振った。
『そんな難しいことはしていません。機能停止した分身を、銀サソリの死骸だと思った冒険者が持ち運ぶのです。買取の場で、野口くんと呼ばれた青年に、死骸ではないことを気づかれました。炎に包まれたので、ただの死骸に変わりましたが』
「野口くんは、サーチ能力が高いのよ。分身と視覚を共有したら、気付くに決まっているわ」
カナさんが、なぜかドヤ顔をしている。その話を聞き、ますます嬉しそうなうさ耳の少年。少しでも元気になってよかった。
「分身は、どれくらい居るの? 僕も結構潰してしまったけどさ」
「毎日、1000体ほど作っていました。冒険者に壊されたモノも少なくないですが」
(ええっ!?)
数日前に迷宮が崩壊してから、ということだよな。このアンドロイドには、特殊な能力がある? あっ、階層ボスを喰ったからか。
亡き主人の命令を忠実に守るために、大量の分身を作って、僕達を捜そうとしたんだな。
「この辺に、魔物がおらんのは、分身が片付けたんか?」
ユウジさんの表情は少し険しい。夜中に外を見回っていたもんな。そのときに、人間の死体も見たと言っていた。銀色のサソリがそんなに大量にいて、人間も殺しているなら、やはり黙っていられない。
『野生化したモンスターは、駆除しています。ただ、私より強い魔物やモンスターが多く、逆に潰されることも少なくありません』
「人間も、駆除しとるんか?」
『いえ、人間は、誰が味方かわからないので、麻痺毒くらいは使いますが、殺していません。私の主人を殺した人間達に遭遇したら、駆除するつもりです』
「おまえなー、それは、仇討ちって言うんや。おまえの主人を殺した人間には、思いっきり復讐すればええ」
ユウジさんは、そうは言ってるが、たぶん復讐をさせない方向に導くんだろうな。アンドロイドが人間を殺すと、きっと壊される。
「そろそろ、出発しない? アンドロイドくんは、どうするのかしら。私達は、ミッションで比叡山迷宮に来たの。採取が終われば、監視塔に行くつもりよ」
ユキナさんがそう尋ねると、うさ耳の少年は首を傾げた。
『私は、ユキナさん達と共に行きます。その後は、迷宮特区に向かわれるのですよね?』
(野口くんへの伝言か)
「えっ? ついて来るの? 比叡山迷宮から出るには、検問所があると思うけど」
魔法袋に入れておけば持ち出せるよな? ユキナさんは、うさ耳の少年がアンドロイドだということを忘れてないか?
「ユキナの魔道具のフリをすれば、検問なんて楽勝やろ。それに別に検問所を通らんでも、行き来できそうやったけどな」
「そうね。今回は冒険者として来ているから、ルールに従うけど、非常時にはそんなことは言っていられないわね」
(えっ……)
ユキナさんがルール無視を許容するようなことを言うから、僕は思わず、ユキナさんの顔をガン見してしまった。
「ケントさん、何?」
「あ、いえ、別に……」
(こわっ)
目線で、ユウジさんに助けを求めたが、ニヤッと笑われただけだった。彼は僕がユキナさんをガン見した理由をわかっているはずなのにな。
「おまえは、獣人とサソリ以外に、何に化られるんや?」
『置物のウサギと、カゴを持ったウサギと、リュックにくっついたウサギができます』
「ちょっと見せてくれるか」
『はい、わかりました』
アンドロイドは、次々と姿を変えていく。銀色のウサギの置物は、予想通りだ。小さな銀のバスケットを持つウサギは、インテリアに良さそうだな。リュックは小型の布製で、ウサギのぬいぐるみがくっついている。
ウチのアンドロイドも、猫のバスケットや、猫のリュックに変わる日が来るのだろうか。でも布製は、ウチのアンドロイドには難しそうだな。
「ほな、そのリュックでええやろ。本条が背負えば似合うんちゃうか? 監視塔でも連れて行けるやろ」
(あー、確かに!)
カナさんは、何だか複雑な表情だ。背中に、銀色のサソリを背負うようなものだもんな。やはり、怖いか。
「カナちゃんが背負うには、重くないですか?」
『重さは、ほとんどゼロにできます』
「わかっていると思うけど、彼女は野口くんの世話をしている先輩だよ?」
『はい、カナさんは、主人の子の恩人です。決して重い思いはさせません。中に何かを入れても、極限まで重さを減らします』
アンドロイドは、カナさんに危害を加えることはなさそうだな。
ユキナさんは、この個体を信用すると言ったし、野口くんのお母さんが、このアンドロイドの主人だとわかった。だが僕としては、まだ気を抜くことはできなかった。
ここは、比叡山迷宮だ。
味方であっても、簡単に操られることもある。アンドロイドへの干渉は、人間を操るより簡単かもしれない。
「私、こんなぬいぐるみのリュックなんて……」
「あら? カナちゃんなら、本当に似合うわよ。キミカはウサギが好きだったみたいね。茶色いウサギって、オシャレじゃない」
「そう? 子供っぽくない?」
(あれ? なぜ、僕を見るかな)
「ケントさんが背負っても、かわいいかもね」
ユキナさんがそう言うと、カナさんは、サッとリュックを掴んだ。そして、ゆっくりと背負う。
「全然重さを感じないわ」
そう言いつつ、なぜか、僕の顔をチラチラと見る。
(何? あー、そういうことか)
ユウジさんから、褒めろと合図があった。
「茶色のウサギのぬいぐるみって、オシャレですね」
僕がそう言うと、カナさんは、パァッと明るい笑顔を見せた。
(か、かわいい、かも)
「それなら良いのよ。さぁ、早く行くわよっ」