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127、涙と呪いの理由

「カナちゃん、どうしたんですか?」


 アンドロイドの主人の名前を聞いた直後、カナさんはペタンと床に座り込んでしまった。驚いているだけではない。彼女の頬をツーっと、一筋の涙が流れた。


(泣いてる?)


「私は、野口 希美花さんを、捜していたの。去年の夏まで生きていたのね。西部だと思ってた。まさか東部だったなんて……」


 カナさんの顔は、青白く見えた。当然の反応だ。捜していた知り合いの死を知ったからだ。


(ん? 知り合いか?)


 さっきは、夢見人という職業の人を知らないと言っていた。予言者と呼ばれていたかもしれないと伝えても、中央部のことしかわからないと言っていたよな。



「カナちゃんは、キミカさんと知り合いなんですか?」


 僕がそう尋ねても、カナさんは呆然としたままで、返事がない。強いショックを受けている彼女に、無神経な質問をしてしまった。


(失敗したな……)


 謝ろうかとも思ったが、今は、これ以上、話しかけない方が良さそうだ。カナさんが話せるようになるまで待とう。




 カナさんの様子を見ていた井上さんが口を開く。


「俺が所属していた冒険者パーティの一部の人間も、比叡山迷宮の初期から迷宮の主人をしている、野口 希美花さんを捜していました」


「えっ? 『水竜の咆哮』の人達も、捜していたんですか」


「ええ、そうです。『水竜の咆哮』の一部は、本気で高熱化を改善しようとしています。その切り札となる能力を持つのが、野口 希美花さんですからね。俺達は、呪術師だと思っていましたが」


(呪術師?)


 比叡山迷宮はマナがあるし、洗脳系の術が使えないと生き残れないか。崩壊した迷宮からは、多くの悪霊系のモンスターが溢れている。多くの魂もさまよっているだろう。


 ウチの2階層にも、比叡山迷宮から逃げて来た魂がたくさん居る。階層ボスの落武者も、比叡山から来たもんな。



「夢見人でも予言者でもなく、呪術師ですか。でも迷宮の主人なら、事務局か管理局で調べられるんじゃないのですか?」


「比叡山迷宮に関しては、事務局は監視塔にありますが、非公開情報が多いのです。現状把握が難しくなり、古い迷宮は、所在も現存の有無も不明となっています」


「なるほど。野口 希美花さんの迷宮は、古くからあるのですね。アンドロイドが人化するほどに」


「たぶん、30年以上は経つと推定されます。ダンジョンコアを守るアンドロイドは、32年前から、実用化が始まっています。ボールのプロテクターは40年ほど前に開発されましたね」


 井上さんは、さらさらと答えてくれた。カナさんは、途中から、話に耳を傾けている。彼女も知らないことが含まれていたようだ。



「よくご存知なんですね。井上さんは」


「俺は、その開発チームにいましたからね。見た目は、こんなオッサンですが、生きている時間は、異世界を合わせると、120年を超える年寄りですよ」


「えっ? 人間の寿命を越えてませんか」


「俺が行っていた異世界の技術で、身体に与える時間の影響を減らすことができています。帰還者は異世界人ですからね」


「僕が行った異世界は、自己転生の仕組みはあったみたいですが、そんな延命の技術はないと思います」



 やっと、カナさんが立ち上がった。


「自己転生ができる世界ってことは、寿命は無いに等しいじゃない。野口くんが騒いでいたのは、こういうことなのね。カルマの洞窟がある異世界が特殊なのが、よくわかったわ」


「でも自己転生には、お金がかかるんだよ。とある魔王に頼めば、やってくれると聞いたけど」


「冥界と繋がる魔王でしょ? はぁ、もう、頭がぐちゃぐちゃだわ!」


 なぜかカナさんは、僕の背中を殴る。グーで殴ってくるから、地味に痛い。


(八つ当たりか)



「カナちゃん、痛いですよ」


「私も、手が痛いわよ! 防具が硬いんだもの」


 じゃあ、殴るなよと思ったが、彼女の顔を見て、何も言えなくなった。ポロポロと大粒の涙を流している。


 僕は、殴るカナさんの手を捕まえた。


 呪いの効果が消えた彼女は、中学生くらいの姿をしている。そんな女の子が泣いていると、僕はどうすれば良いかわからない。



「私が、油断しなければよかった。私が西部だと決めつけた。中央部の東側にも古い迷宮があることは知っていたのに、東部エリアには強い迷宮はないと決めつけていたの。私が悪いの。会えなかったのは私のせいなの……」


 カナさんは、もう涙を止められなくなったようだ。僕が彼女の両手を掴んでいるから、彼女の涙は見えてしまう。


 僕は、そっと、カナさんを抱き寄せた。


(これで、見えないよな)



「カナちゃんは、悪くないですよ。野口 希美花さんの迷宮のアンドロイドには会えましたよ」


「ぐすっ、私が決めつけなければ、彼女が生きている間に、会わせてあげることができた。私が悪いの……ぐすっ、ぐすっ」


 僕の腕の中で彼女は、小さな女の子のように、ぐすぐすと泣いていた。


(でも、泣き顔は見えないからね)



 ユウジさんの合図に従って、彼女の背中をトントンと軽く叩いていたら、カナさんは少しずつ落ち着いてきた。


 みんなの視線が、こちらに向いている。カナさんの涙の理由を知りたいのだろう。うさ耳の少年も、心配そうにしている。


 たぶん井上さんは、カナさんの涙の理由を知っているだろう。だけど、彼も何も言わない。すべては、カナさん自身が話す方がいいからだよな。




「カナちゃん、野口 希美花さんと知り合いなんですか」


 僕は、あえて、過去形は使わない。まだ、キミカさんのむくろと魂は、アンドロイドが異空間に保管している。


「私は、会ったことはないわ」


「じゃあ、そんなに捜していた理由は……」


 僕がそこまで話すと、カナさんは顔をあげた。涙と鼻水でボロボロだ。僕は、チビのために持ち歩いているタオルを取り出して、彼女の顔に押し付けるようにして渡した。


「もうっ! 何するのよっ」


 カナさんは怒ったけど、素直にタオルで顔を拭いている。ついでに、僕の胸元についた鼻水も拭いてくれたようだ。


「それは差し上げますよ」


「そう? ありがとう。こんなに上質なタオルは、売ってないものね」


 カナさんは、やっと、注目されていることに気づいたようだ。少し恥ずかしそうに、鼻をすすった。そして、覚悟を決めたように口を開く。



「野口 希美花さんはね、野口くんのお母さんなのよ」


「えっ!? 野口くんの?」


「ええ。野口くんが自分の迷宮を失った理由は、まだ浅い階層しかない時に、お母さんの迷宮を探し歩いていたからなの。私は休みを使って、中央部と西部のいくつかの迷宮に潜ったわ」


「それで、呪いを受けたんですか」


「そうよ。まさか私が、呪術師に負けるなんて思わないじゃない。自分のチカラを過信していたせいね」


(話が繋がった!)


 野口くんは以前、自分のせいで、カナ先輩が呪いを受けたと言っていた。野口くんから話を聞いて、彼のお母さんの迷宮を、カナさんが探していたからだ!



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