126、亡き主人キミカが導いた帰還
「これで、もう大丈夫なはずよ」
「川上さん、すごい技術ね」
「たいしたことないわよ」
ユキナさんのキュインキュイーンが、やっと終わった。錬金術で作り出したドリルを、まるで自分の手のように使って、繊細な修復作業を終えたようだ。
カナさんと井上さんは、その作業を、興味深く見ていたようだが、僕はなぜか歯が痛くなって、変な汗まで出てきた。
僕だけじゃなく、異空間を管理していたユウジさんも、途中から耳を塞いでいたよな。
「ケントさん、何を変な顔してるの? あぁ、アンドロイドなら、一時的に機能停止させているだけよ? 細かな作業中に動くと困るからね」
ユキナさんの表情は、イキイキしている。こういう作業が好きなのか。
「はぁ、お疲れ様でした。再起動しても、アンドロイドの記憶が消えたりしませんよね?」
「そこは触ってないわ。アンドロイドには意思があるでしょ。それを侵害するような趣味はないもの。それに、この個体は、ほぼすべての記憶に鍵をかけているわね」
「鍵? ですか?」
「ええ、触れられたくない大切な記憶なのでしょう。無理矢理、覗くこともできるけど、メモリーを傷つけるリスクがあるからね」
(そっか、主人の記憶だろうな)
完全なお掃除ロボのような形に修復されたアンドロイドの周りには、井上さんの術の膜が覆われている。
「ユキナさん、もう遮断は解除でいいかな」
「ええ、分身との繋がりが戻れば、すぐに再起動を始めるわ。ケントさん、もう少しオーラを弱めてくれないかしら」
「強いですか?」
「ケントさんのオーラって、なんだか肌触りが悪いのよね。それに、もうアンドロイドのエネルギータンクは、ほぼ満タンだわ」
(肌触りって……)
「じゃあ、引っ込めますね。強いオーラは放ってないつもりでしたが、テント内だからかな」
「ケントも、ユキナの機械の音がストレスやったんやろ。途中から、チクチクが悪化したで」
「確かに、なんだか歯が痛くなってきて。まるで歯医者の待合室にいるかのような……」
「俺、むし歯は無いから、その気持ちはわからんわ」
ユウジさんは、ユキナさんのむし歯事情を知りたいのか、ニヤニヤして視線を向けたが、彼女は首を傾げている。
「むし歯って何?」
(えっ……)
「ユキナは、むし歯を知らんのか? そういえば、この時代の奴らは、誰も歯磨きせーへんよな」
「もしかして、歯を溶かす細菌のことを言っているの? そんな細菌は、もう存在しないんじゃない?」
(そうなんだ)
ということは、ユキナさんは、僕やユウジさんがいた時代よりも後に生まれた世代か。僕達は、異世界に転移してなかったら、100歳近い年寄りだもんな。
ユキナさんは、なぜか自分のことを話したがらない。こういう手掛かりから、少しずつわかるようになるかな。
『あっ……』
アンドロイドの再起動が完了したようだ。お掃除ロボは、自分の状態を確認し始めた。
「ユキナさんが直してくれたよ。キミが主人に見せていた姿に、変われるんじゃないかな」
僕がそう言うと、お掃除ロボは、ウサギのぬいぐるみのような姿に変わった。1メートル以上あるし、二本足で立っているから、着ぐるみという方が正しいだろうか。
(ん? 着ぐるみかも)
「あら、かわいいわね。ぬいぐるみのような服を、頭から被っていたのね。それは、アナタの主人が作ったのかしら」
『主人が望む形になりました』
ユキナさんは、ウサギの頭を撫でている。たぶん、感触を確かめているのだろう。
「キミ、その着ぐるみの中は、獣人の姿をしているんじゃないの?」
僕がそう尋ねると、ウサギはギクッとしたようだ。肩が跳ね上がったもんな。
『アンドロイドが獣人の姿になど、なるわけがありません』
アンドロイドは念話だから、感情の揺れがよくわかる。かなり動揺している。
(どうしようか……)
僕は、ユウジさんやユキナさんに、隠し事はしたくない。ただ、カナさんや井上さんに知られると、マズいかもしれないな。
「階層ボスを喰ったんやろ? 人化できてもおかしくないんちゃうか」
ユウジさんがそう言うと、アンドロイドは、着ぐるみの頭をパカっと外した。
(うさ耳の少年?)
茶髪に茶色の大きな耳。茶色いウサギもいるもんな。耳はペタンと垂れていて長い。
「アンドロイドが階層ボスを喰うと、人化できるの?」
ユキナさんの問いに、カナさんは首を横に振った。
「これは、このアンドロイドの特殊進化よ。迷宮の主人がアンドロイドを、道具ではなく人として扱うと、数十年経つと、稀に人化するのよ」
(数十年?)
ウチのアンドロイドは、2ヶ月で、獣人の赤ん坊になったけど。
「キミが、キミの主人と、長い時間を過ごした証だね」
(ん? 何だ?)
僕の話がマズかったのか、うさ耳の少年は辛そうな表情を浮かべた。去年の夏に亡くなったばかりだから、まだ無理みたいだ。その骸と魂は、迷宮の復活待ちの異空間に入れたまま保管してるという。簡単には乗り越えられないよな。
『私の主人の名に聞こえてしまうので、私のことは別の呼び方をしてください』
(キミという名前?)
ユキナさんが突然、僕を押しのけて、うさ耳の少年の前に回り込んできた。
「アナタの主人って、キミカなの? 私は、キミカの声に従って、帰還のタイミングを遅らせたのよ」
『えっ……声ですか? あっ! 届いたのですね! もう、20年以上前のことです!』
「その言葉を覚えているかしら? 私の記憶と一致するなら、アナタを信用するわ!」
『勇者と魔王の到着を待てば、道は開ける。私の主人は、そう送りました。高位の魔導士が受信して、勇者と魔王を導いてくれたら、時空の歪みを越えられると言っていました。異種能力の三人が揃えば、必ず突破できるはずだと……』
(えっ……)
僕達が同じ日に帰還したのは、その声による導きがあったからなのか。
ユキナさんは、近くの椅子に座り、ふーっと息を吐いた。その表情は、満足げに見える。
「私が聞いた声と一致するわ。勇者と魔王の到着を待てば、道は開ける。キミカの声が届いたから、私は帰還を遅らせたの。時空の歪みがあることは、わかっていたわ。宝珠を使えば、その影響を無効化できることも知っていた。私は、わざと、宝珠を掴まなかったのよ」
(あー、あの話か)
僕の迷宮に来た、管理局の偉そうな人……確か、ユキナさんが溝口と呼んでいた人が、何か言ってたよな。
女王であるユキナさんを拒絶した宝珠が自分を選んだとか、偉そうに話していた。あのとき、ユキナさんは何も反論しなかったが、こんな理由があったのか。
『私は嘘はつきません。そして、主人の声を受信された魔導士に、身体を直してもらえるとは……』
「アナタの主人は、キミカなのね。私達が、地球が無くなる前に戻ることができたのは、キミカの夢見のチカラのおかげなのね」
『はい、私の主人の名前は、希美花さまです。野口 希美花さまです。主人の能力は素晴らしいのです!』
「ちょっと待って! 野口 希美花さん、なの?」
カナさんが目を見開き、床にペタンと座り込んでしまった。
(カナさんも、知り合い?)