125、キュインキュイーン
ユキナさんが檻を消しても、銀色のサソリはその場に居た。やはり、逃げるつもりはないよな。
(嘘はないということか?)
ただ、ここは比叡山迷宮だ。それに、魔物化したアンドロイドなんて初めて見た。まだ警戒は解かない方がいい。
「うるさいわね、静かにして。その先にテントを出すわ。暑いから休憩にしましょう」
(ん? 誰も騒いでないよな?)
ユキナさんが、突然、変なことを叫んだ。
(あー、聞かれているのか)
ユウジさんが、わざとらしくキョロキョロしていたから、僕だけでなく、アンドロイドの話を聞いてなかった井上さんとカナさんも、芝居だとわかっただろう。
「ケントさんは、それをちゃんと捕獲してちょうだい。テントの中で解体するわ」
(えっ? 解体?)
いや、違うよな。これも会話が聞かれているからか。
僕は、銀色のサソリをそっと抱き上げる。落ち込んでいるアンドロイドは、チカラを完全に抜いているようだ。抱き上げても長い尾は、地面についたままだ。
もしかすると、見られている可能性を考えて、演技をしているのか? いや、ウチのアンドロイドなら、そういう演技もするだろうが、さすがにそれは無いか。
地面をズルズルとひきずってしまったが、だらんと垂れた尾は動かない。機能を停止しているのだろうか。
◇◇◇
「事情を説明してくれるかしら?」
テントの中に入り、ユキナさんとユウジさんが結界バリアを重ねると、カナさんが口を開いた。
「この個体を直そうと思うんです。カナちゃんも、協力してください」
「はい? キミねー、比叡山迷宮のボスなんか、どうするつもりなの?」
(階層ボスに見えるのか)
「カナちゃん、この辺の迷宮の主人で、夢見人という職業の人を知らないですか? 予言者と名乗っていたかもしれない」
「私は、中央部のことしかわからないわ。でも、今はもう、何もわからないかも」
(中央部にあったのか)
僕は、確認したい気持ちを抑える。そんな話は、カナさんと二人のときにする方がいい。
「ケントさん、そのアンドロイドをこちらの台に置いてちょうだい」
ユキナさんがそう言うと、カナさんは目を見開いた。
「まさか、アンドロイドが階層ボスを喰ったということ?」
「そうらしいです。この個体の主人からの命令だったようです。時が来れば、迷宮を崩壊させて外に出ろと……」
「そんなことは、できないわ! あっ、迷宮の主人が寿命以外の原因で、迷宮内で死んだのね? 予言者ってことは、自分の復活にエネルギーを使うことで不幸な結果を招くと、わかっていたのかしら」
「迷宮を守るために、エネルギーを温存するように命じられたようです」
僕は、カナさんと井上さんに、銀色のサソリが僕達に話したことを、そのまま伝えた。カナさんは、かなり驚いていたが、井上さんは静かに聞いてくれた。
「比叡山迷宮では、去年の夏に、かなりの数の迷宮が魔物化したんですよ。迷宮が魔物化すると、アンドロイドは永遠に奴隷になる。その迷宮の主人は、アンドロイドを自由にしてやりたかったのかもしれないね」
井上さんが静かな声でそう話すと、機能停止していたように見えた銀色のサソリは、井上さんの方に頭を向けた。
アンドロイドは、井上さんの言葉が嬉しかったのかな。彼の顔をジーッと見ている。
カナさんが、僕を小突いて、口を開く。
「アンドロイドを外へ解放する方法は一つしかないわ。だけど、その迷宮の主人は、安全装置のことを知らなかったのね」
「安全装置って何ですか? 僕も知らないですよ」
「アンドロイドが暴走したときのために、自爆装置が埋め込まれているの。もちろん、アンドロイドが気付かないエネルギータンク内にね」
「もしかして、エネルギー漏れって……」
「自爆装置が作動したのよ。事務局とのアクセス機能を止めるために、ダンジョンコアのコピーデータの一部を破壊したのね。そうすれば事務局からの制御ができなくなるわ。破壊してもボディに穴が開くだけだと考えたのね」
「事務局とのアクセスが切れたから、自爆装置が作動したんですか」
「ええ、そうよ。姿を保てているのは、階層ボスを喰ったからかしら。でも、時間の問題ね。分身を大量に作っているなら、その分身もエネルギーが漏れているわ。だからアンドロイド本体からエネルギーを奪っていくのよ」
(それで、急にダラリとしたのか)
「カナちゃんなら、直せますか?」
「は? 直せるわけないじゃない。私は、そこまで詳しいわけじゃないもの」
(だよなー)
すると、ユキナさんが口を開く。
「カナさん、この個体を元の形に戻すことはできるわよね?」
「フリーズ対策の道具で戻せるわ」
「それをお願い。私が直すわ。ユウジさんは、この個体と繋がる異空間の管理をしてくれる?」
「あぁ、もうやっとる」
「井上さん、この個体と分身の繋がりを遮断できる?」
「完全な遮断は無理だよ。だが、減らせる。ウチのアンドロイドも分身を作りすぎるからね」
井上さんは、ロッドのようなものを取り出した。そして、カナさんが、元のお掃除ロボのような形にした後、アンドロイドの周りを何かの術で囲っていく。
お掃除ロボの姿だと、自爆装置が作動したことがよくわかる。天板のようなものは歪な形に変形し、中の精密機械があらわになっている。断線した針金のようなものが熱を帯びて赤くなっていた。
(爆発しそう……)
『あ、あの、私は……もう……』
お掃除ロボが、やっと喋った。井上さんがエネルギーの流れを遮断したから、話せるようになったのかな。
「キミは、嘘はついてないんだよね? それなら、僕達を信じるべきじゃないか? 信じない相手から信用されるわけがないよ」
『はい……』
弱々しい声だ。念話だから余計に感情がよくわかる。たぶん、僕達に期待はしていない。主人の命令を果たせなかったことを、悔いているのだと感じた。
「ケントさんは、アンドロイドにエネルギー供給できるわよね?」
「僕は、そんな魔法は使えませんよ?」
ユキナさんにそう返すと、変な顔をされた。エネルギー供給って、マナを集めろってことだよな?
「ユキナ、おまえの言い方が悪いで。ケント、オーラや。このアンドロイドは魔物化しとるから、魔王のオーラが一番ええやろ」
「あっ、そういえば、迷宮はオーラをエネルギーとして吸収しますね」
「そういうことや。ゆっくり流したれよ? ケントのオーラは、チクチクするからな」
(チクチクする?)
ユウジさんが勇者だからかな。
「えーっと、じゃあ……」
僕は、ユキナさんが作ってくれた不思議な金属棒に魔力を流して、細長い棒にした。僕はオーラを少しだけ放ち、それを握ったまま、お掃除ロボの下にスッと滑り込ませる。緩やかに細長い棒に伝わるはずだ。
「なんだか、まるで輸血しているみたいね。じゃあ、欠損部分を直していくわよ」
ユキナさんは、歯医者が使うようなドリルを持っていた。キュインキュイーンと音がする。
なぜか僕は、歯が痛くなってきた。