124、夢見人という職業
「そのカルマなんちゃらの生き残りと台風に、何の関係があるんや? おまえの主人は、去年の夏に殺されたんやろ? こんな話を、なんで俺らに聞かせるんや? 適当な嘘に騙されるほど、俺らはアホちゃうで」
ユウジさんは、銀色のサソリに、疑いの目を向けているようだ。真偽を確かめているのか。
そういえばカルマの洞窟の封印の件は、ユキナさんは知っていたけど、ユウジさんは、あまり知らないんだっけ。野口くんは詳しいみたいだったが。
今、僕達は、ユキナさんが作った巨大な檻の中に、銀色のサソリごと捕らわれている。
この檻には、いろいろな術がかけられているから、檻の外にいる井上さんとカナさんには、何も聞こえていないみたいだ。術者のユキナさんは、たまに反応があるが。
『私は、嘘はつきません。隠すことはありますが、アンドロイドは、嘘はつけません!』
「おまえの主人は、なんでカルマなんちゃらの生き残りが帰還するって言うたんや? それも予言か? おまえの主人って何者やねん」
『私の主人は、夢見人という職業だったそうです。私の主人が夢に見たことは必ず起こる。ただ、そう話すと気持ち悪がられるので、主人は他人には予言者だと名乗っていました』
(夢見人? 知らないな)
「その夢では、カルマなんちゃらの生き残りが誰で、何をするか言うとったんか?」
『私の主人は、カルマの厄災を生き残った者は魔王だと言っていました。その魔王が帰還する日には、勇者と魔導士も帰還すると言っていました。その三人は、今ここにおられますよね?』
銀色のサソリは、ユウジさんの質問の一部分にしか答えない。僕の名前も知らないみたいだ。ユウジさんほど疑っているわけじゃないけど、無条件にこの話を信用するのは危険だと感じる。
「ここにおる俺達が同じ日に帰還したのは事実や。せやけどな、それは事務局か管理局か知らんけど、多くの人間が知っていることや。アンドロイドなら、その情報も入手できるやろ。予言なんか、なかったかもしれん。比叡山迷宮の魔物は、妙に賢いからな」
ユウジさんは、強い疑いを持っているようだ。確かに、アンドロイドなら、ダンジョンコアを通じて様々な情報を入手できる。
僕達を騙して、ここで潰そうと考えたのかもしれない。迷宮の外で死ぬと迷宮での復活はないからな。
『簡単に信頼してもらえるとは、主人も思っていませんでした。ですが、私の主人の知恵と知識そして夢見のチカラは、いま日本に起ころうとしている厄災を、打ち砕くことができるのです。だが、主人には戦う力がない。だから、主人の話を信じて剣となってくれる、絶対的な強者の協力が不可欠だと言っていました』
(必死だな……)
銀色のサソリはそう言うと、僕の顔をジーっと見つめた。ユウジさんを説得できないから、僕にターゲットを変更したのか?
ユウジさんが疑う気持ちは、よくわかる。僕もまだ信じる気にはなれない。僕達が情報を得るために比叡山に来ることも、アンドロイドなら、容易に予想できたかもしれない。
(でも、な……)
僕には、銀色のサソリが、僕達を騙そうとしているとは思えない。
ここは比叡山迷宮の東部の端で、石塚先生達が何かを仕掛けてきたとも考えられる。他にも、台風のエネルギーを横取りしたのが僕達だとわかったなら、報復を考える魔王化した帰還者もいるだろう。
だが、なぜか胸がざわつく。勘というか、何というか……。
「キミは、ずっと、その姿だったの? キミが大好きな主人の前でも、銀色のサソリだったの?」
僕が話題を急に変えたためか、銀色のサソリは驚いたようだ。ユウジさんは、ポカンとしている。
『この姿は、私が喰った最下層のボスのものです。主人が、私が生き延びるために、最下層のボスを毒サソリにしました』
「じゃあ、キミの主人は、いつもはどんなキミの姿を見ていたの?」
『私は、主人がかわいいと言って抱きしめてくれるウサギの姿をしていました。主人は、動物が好きで、とても優しい人なのです』
(かわいいと言って抱きしめる……か)
アンドロイドには、そういう願望があるのか。ウチのアンドロイドの謎行動は、これを期待していた?
「その姿を見せてくれる?」
『あっ……えっと……』
なぜか、銀色のサソリは悲しそうに頭を垂らしている。階層ボスを喰ったことで、姿を変えられなくなったのか。
「ケントさん、その個体は気づいてなかったみたいだけど、そんなに長くはもたないわよ」
ユキナさんが、檻の中に入ってきた。
「どういうことですか? あっ、僕が分身を一掃したからエネルギーが……」
「逆よ。エネルギーが漏れ出ていることに気づかずに、分身を大量に作ったせいね。姿を変えようとしたことで、自分の状態に、やっと気づいたんじゃないかしら?」
「ユキナが、この檻で、他の分身と遮断したせいもあるんちゃうか。まぁ、アンドロイドってわかった瞬間、どっかを破損しとるとは思ったけどな」
(破損?)
見た目には、どこかが壊れているようには見えない。
「無神経ユウジにしては、よく見ているわね。アンドロイドが水を嫌う時点で、重要部位の破損は確定だけど。この個体は、破損はわかっていたけど、エネルギーの漏れには気づいてなかったのね」
(あっ! そういうことか)
僕達の話を聞き、銀色のサソリは、どんどん暗くなっていく。体内に水が入るとマズイんだ。機械だもんな。
「カナちゃんなら、直せるんじゃないですか」
「さぁ? どうかしら? ただ通信系の仕組みは私にはわからないから、カナさんの知識が必要ね」
「じゃあ、カナちゃんを檻の中に入れて……」
「そんなことをしなくても、檻を消せばいいんだけどね。ただ、この個体が逃げ出すかもしれないわよ」
僕は、銀色のサソリに視線を向ける。
自分の身体からエネルギーが漏れていたことに、強いショックを受けているようだ。さっきは、ウサギの姿に変わりたかったのだと思う。それさえ難しいことが、今、アンドロイドをこんなに落ち込ませているのか。
(それほど主人が好きなんだな)
「さっき話していたことに嘘がないなら、主人の遺志を継いで、僕達に協力してほしいはずです。それに、銀色のサソリが逃げても、僕達は何も困りませんよ」
「せやな。コイツの捕獲ミッションなんか受けてへんから、捕まえる必要もないで。まぁ、逃げ出すなら、さっきの話は、俺達を騙すための嘘やったってことや」
『嘘ではありません!』
銀色のサソリは即座に反論したが、またすぐに、ズーンと深く落ち込んでいる。
「わかったわ。じゃあ、檻を消すわね。このままだとこの個体は、他の分身を回収してエネルギーを温存したとしても、夏まではもたないわ」
ユキナさんはそう言うと、パチンと指を弾いた。
僕達を覆っていた巨大な檻は、空気に溶けるようにマナに変換されて、消えていった。