123、銀色のサソリと主人の遺志
「キミ、すごく大きいんだね。小さな姿にはなれないの?」
僕が問いかけると、銀色の何かはスーッと縮んでいく。そして、僕達の目線の高さで止まった。うん、銀色のサソリだな。腕というかハサミは、人間の首を簡単にチョキンと出来そうな大きさだ。
「まだデカい気はするけど、まぁ、ええか。見上げると首が痛くなるからな」
ユウジさんは、その場に座った。
すると、銀色のサソリは、さらに縮んでいく。そして、ユウジさんの座高と同じ高さで止まった。尾が長いから、体長は2メートル以上ありそうだけど。
「ふぅん、やはりアンドロイドやな。おまえ、ここで何をしとんねん?」
『はい……えーっと、主人の遺志を継ぎ、溢れたモンスターを駆除しています』
(モンスターの駆除?)
ユウジさんは、何かの術を使っているようだ。銀色のサソリがあまりにも素直だから少し驚いたが、ユウジさんの身体から淡い光が放たれている。
「おまえのダンジョンマスターは、死んだんか? それとも生きとるんか?」
ユウジさんの言葉には矛盾がある。遺志を継いだってことは、亡くなったということだ。
『私の主人は……私と共存しています。これは主人の命令に逆らうことですが、私は主人を失いたくありません』
(死体を喰ったのか?)
「やっぱり、そういうことか。せやけど、そのままやったら、おまえの主人は、生まれ変わりができへんで」
『ですが、私は主人を失いたくありません!』
(あっ、怒った?)
しかし、今、どういう状態なんだ? この個体が、ダンジョンコアを守るアンドロイドだということはわかった。そして変形できるということは、ボールのプロテクターが使われている。このアンドロイドの主人は、それなりに強い帰還者だ。
「キミの主人は、いつ亡くなったの?」
『去年の夏です。私の主人の寿命が残りわずかだと知り、強欲な者達が襲撃してきました。そして主人は斬られた。主人の予言通りでした』
「そうか、僕の迷宮も頻繁に襲撃を受けるから、キミの気持ちはよくわかるよ。迷宮の主人は、襲撃者によって殺されたんだね?」
僕がそう尋ねると、銀色のサソリはコクリと頷いた。
(辛そうだな)
白い猫、いや、猫耳の赤ん坊も、僕の寿命が尽きる時、この個体のように苦しむのだろうか。
迷宮マスターの安全を第一に考えるように、アンドロイドは作られている。最初はそれがただのプログラムだったとしても、成長と共に個性へと変わっていくんだよな。
「その予言は、襲撃者が来るっていうだけなんか? ダンジョンコアには、その主人を復活させるチカラがあるんちゃうんか?」
ユウジさんがそう尋ねると、銀色のサソリは、またコクリと頷いた。
『私の主人は、それを禁じました。主人を復活させると、迷宮のエネルギーを大幅に減らすことになるため、迷宮が奪われると。だから主人の復活ではなく、襲撃者の排除にエネルギーを使うようにと、命令されていました』
(うわぁ……)
「そうかぁ。おまえ、辛かったな。そこまでして守ったダンジョンが最近崩落したんやろ? エネルギーが尽きたようには見えへんけどな」
『数日前に、最下層のボスにダンジョンコアを壊させ、そして私が、そのボスを喰いました。そうすれば、迷宮は崩壊します。主人からの命令でした。時がくれば、迷宮を潰して外に出ろと、命じられていました。主人の骸を吸収すれば、私は、生きたいだけ生きていられると言われました。ですが、それはできません。私は主人を失いたくありません』
「それで、復活待ちの異空間に入れてあるんか。もうダンジョンが崩壊したから、復活させられへんで?」
ユウジさんには、その骸が見えているのだろうか。
銀色のサソリは、返事をしなくなってしまった。だが、主人を復活させる気はなかったのだと思う。命令に逆らうことになるからな。
ただ、ずっと一緒にいたいんだな。
「迷宮を崩壊させた数日前には、何があったの? モンスターの駆除を始めたんだよね?」
そう尋ねると、銀色のサソリは、しばらく僕の顔をジッと見ていた。思考を読み取る能力があるのか?
『その時は、もっと前です。私が、迷宮を崩壊させる決断をしたのが数日前です』
「何があったの?」
『私の主人が予言したことが起こりました。迷宮特区に、台風を操る帰還者が現れたら、外に出て、その人間を捜し出し、あることを尋ねろと命じられました。見つけるには時間がかかるかもしれないから、溢れているモンスターを可能な限り駆除するようにとも命じられました』
(えっ……)
僕は、思わず、ユウジさんに視線を移した。
「ケント、こいつは、その捜している人間が誰かを、もう突き止めとるで。異空間におる骸が教えたみたいやな」
「えっ? ユウジさん、幽霊が見えるんですか」
「はぁ? 幽霊ちゃうわ。残留思念や。コイツの中では、主人の魂は死んだときのままやからな」
亡くなった主人を、異空間に魂ごと閉じ込めているのか。確かに、迷宮が死者を復活させるにはその魂も必要だから、一緒に閉じ込めることが可能なんだな。
「それで、こんなに素直に話してくれるんですね。ユウジさんの術かと思った」
「俺は、異空間におる骸に接触しただけや。とは言うても話はできへんから、感覚しかわからんけどな」
「もしかして、カナさんなら……」
「いや、あかん。アイツは浄化してしまいよるわ。シャーマンは、それが仕事みたいなもんやからな」
(確かに……)
おまけに、銀色のサソリがアンドロイドなら、サンプルとして回収すると言ってたな。
「それで、おまえに託された質問って何や?」
ユウジさんは立ち上がって、僕の隣に並んだ。
銀色のサソリは、僕達を見比べ、そして檻の外にいるユキナさん達の方にも頭を向けた。
『カルマ洞窟の厄災を知っていますか』
「えっ? キミの主人は、カルマ洞窟の厄災の封印に参加していたの? もしかして、僕の知り合いかな」
『ご存知なのですね。私の主人は、カルマの厄災が語り継がれる星からの帰還者です。カルマの厄災に酷似する現象が、この日本で起こり始めています。主人は、それを阻止したいと、いつも言っていました』
「そう……。だけど、もう手遅れかもしれない。僕達の帰還は、時空の歪みのせいで大幅に遅れた。諦めるつもりはないけど、まだ何の手掛かりもないんだ」
『私の記憶の中に、その手掛かりがあるはずです。私には、記憶をどう使うべきかわかりません。私の主人は、カルマの厄災を生き残った魔王の帰還を待っていました!』
「えっ……それって……」
(僕のことを待っていた?)