120、おや?
日が昇り、外が明るくなり始めた頃、周辺を調べに行っていたユウジさんが戻ってきた。
テントには二重に結界バリアが張ってあるが、彼はスーッとすり抜けた。やはり勇者は凄いよな。
僕は、まだ他の3人が寝ていることを、合図で知らせた。ユウジさんは、軽く手をあげて返事をすると、僕の近くに座る。
「ケント、中央部へ向かう道は、予定変更する方がええで。崩壊したダンジョンの裏側の山道に数人の死体が転がってたわ。その先を見に行って、戻ったときには消えとったけどな」
ユウジさんは、僕だけに聞こえる小声で話している。眠る3人を起こさないようにとの配慮だろう。念話を使うと、シャーマンであるカナさんが目を覚ますからか。
「裏側には出入り口が無いんでしたよね?」
僕も、小声で喋る。
「いや、あったで。俺は気配を消しとったから、襲われんかったけどな。裏側の方に集まっとるんちゃうか」
「大量の野生のモンスターが死んでいたのは、別の出入り口の方ですよね? あぁ、そういうことか。ボスは知能が高いな」
野生のモンスターの屍が転がっていると、冒険者は避けて通ろうとするだろう。
「あぁ、サソリにしては賢すぎるで。日が昇ったから、行動パターンは変わるかもしれんけどな」
「そうですね。あんな金属っぽい身体なら、日中は熱くなりそうだから、出てこないかもしれません」
「ギンギラギンやったもんな。でも、アイツらが必死に考えたルートやからなぁ」
「うーん、警戒しつつ行ってみるのもアリですかね」
僕がそう言うと、ユウジさんは少し考えてから頷いた。別ルートの下見をしてきたのかもしれないけど、やはり、井上さんとカナさんの意見を尊重してあげたいんだな。
僕は、異世界で遭遇したサソリを思い出し、その対処法を頭の中でイメージトレーニングする。
地下道の検問所で聞いた、水を嫌うという性質は、僕が知る異世界では、乾いた砂地や砂漠にいたサソリには当てはまらない。基本的には火や雷が苦手属性だったと思う。
銀色のサソリには遭遇したことはないが、金属のボディを持つコガネムシのような魔物とは、交戦経験がある。
あのコガネムシは、魔法完全無効だったし、物理攻撃もほとんど効かなかった。結局は、ラランが蹴り飛ばしたんだっけ。つまり、倒せなかったんだ。
だが、あのコガネムシも、水を嫌わなかった。川に落ちても平気な顔してたし。むしろ、身体の汚れが落ちて、余計に輝きが増していた。
(本当にモンスターなのか?)
検問所で見たときの感覚が、頭の中から離れない。勘という程度の、全く何の根拠もないことだが。
◇◇◇
「おはよう。あら? 二人はずっと起きていたの? 簡易ベッドは使ってないわね」
ユキナさんが一番に起きてきた。
「あぁ、俺らは、内緒話をしとったんや」
(はい? まぁ、嘘じゃないけど)
「何? 何の話?」
「そら、言われへんわ。内緒話やからな」
「ふぅん、私には話せないようなことなの? ケントさん」
(ひぇっ!)
ユウジさんに助けを求めようとしたが、彼は、フルーツ氷をパリパリ食べ始めた。騒がしくして、他の二人を起こすつもりなのかな。
「まぁ、話せないこともないですけど……」
「なぁに? 気になるわね」
「ユキナさんって、好きな人はいるんですか?」
「へ? あー、そういう系の話ね。ごめんなさいね」
(あれ?)
いつものユキナさんなら、こういう話題なら騒ぐかと思ったのに、すんなりと引き下がった。
「なんや? ユキナがおとなしくなってしもたで」
「は? アナタには関係ないでしょ!」
「ふぅん、俺は関係ないんかぁ」
「えっ? あっ、いや、そういう意味で言ったんじゃなくて……。もうっ! 朝から変なこと言わないで!」
(おや?)
ユウジさんは、意外そうな顔をして固まっている。ユキナさんは、ツーンとしているけど……これは、もしかして?
(楽しくなってきた!)
ユキナさんが怒鳴ったことで、井上さんとカナさんは目を覚ましたようだ。
「おはようございます。朝から元気ですね」
井上さんは、やはり、お人好しというか良い人だよな。一方、カナさんは、まだ眠いのか不機嫌そうな顔をしている。
「ユキナは、いつも、すぐに怒るんや」
「はぁ? 私が怒りっぽいみたいに言わないでくれる?」
「また、怒っとるやんけ。しゃーないな。飴ちゃん、やるわ」
ユウジさんは、ビタミン飴ではなく、別の袋をユキナさんに放り投げた。お子さまキャンディと書いてある。
「私は子供じゃないわよ!?」
「それ、まぁまぁ美味いで」
(もう、いつも通りだね)
僕は、アイテムボックスから、缶詰をテーブルに出していく。ついでに、せんべい詰め合わせも出した。朝食という感じではないけど、食べたい人が食べるだろう。
すぐに、カナさんが手を伸ばした。そして、井上さんに缶詰を渡している。
「ふふっ、3人を見ていると楽しい気分になりますよ」
「へ? 3人って、僕も入ってるんですか」
「ええ、もちろんです。バランスが良いのだと思いますよ。互いに信頼しているからこその呼吸というのかな。少し羨ましいです」
井上さんは、信頼していた仲間に殺されたんだもんな。僕は、どう返答するべきかわからない。
「何を言ってるの? 井上さんも、私達の仲間に入ったじゃない。無神経ユウジに、手本を示してちょうだい」
「俺は、誰かの手本にはなれないよ」
「いえ、充分に手本になるわ。この二人には、スマートな紳士さが足りないのよ。ケントさんは若いから仕方ないんだけど」
(軽くディスられてる)
まぁ、ユキナさんに悪気がないことはわかっている。彼女は、少し不器用な人だ。井上さんを励ますことで精一杯らしい。
「そんなことより、はよ食おうや。あっ、ユキナが箸を作ってくれへんから、缶詰の食い方がわからんやんけ」
「はぁ? 私は食器屋じゃないわよ」
そう言いつつ、ユキナさんは人数分の皿と箸を錬金してくれた。そして、昨日のマグカップを水魔法で洗浄し、テーブルに置いた。
その間にユウジさんは、僕がテーブルにどちゃっと出していた缶詰やせんべいを、皆に配っていく。不味いビタミン飴も添えられていた。
「すごいわね。本当に、キミ達の連携は」
(うん、確かに)
「何を言うてんねん。はよ食うて出発や。あっ、くそ不味いコーラ飲むか? ケントは飲むやろ?」
ユウジさんは、僕のコップに、黒い液体を流し入れた。あまり炭酸は入ってない気がする。
「コーラも見つけたんですか」
「あぁ、なんや知らんけど、頭痛薬になるって言うとったで。まぁ、飲んでみ」
一口飲んでみた。
「確かに、まずいですね。コーラというより、甘い黒酢?」
「せやろ? ケントのダンジョンで、まともなコーラがドロップする日を、俺は待ってるんや」
そう言いながら、ユウジさんは、また僕のコップに謎コーラを注ぐ。いつもならユキナさんが、ユウジさんを叩いて止めてくれるのに……なみなみと注がれてしまった。
(意識してるのかなー?)