119、東部エリアの違和感
「トンネルの先におるんは、サソリやなくて蜘蛛やろ。大量発生して欲しくないランキングベスト10に入るで」
「勇者ユウジ! 何がランキングよ。ふざけてないで、少しは真面目にしなさい!」
「うわー、ケント、助けてくれ。女王様が怒ったで」
ユウジさんは、また、いつもの道化だな。ユキナさんが過度に警戒したり緊張していると、ユウジさんがこういう態度になる。
「僕も、蜘蛛は大発生して欲しくないですね」
僕がユウジさんに味方すると、ユキナさんは、ふーっと息を吐いた。呆れたのだろうか。
「キミ達は、三人揃うと面白いわね。でも、川上さんは、少し気負いすぎよ。すべてを自分で何とかする必要はないわ」
カナさんは、僕達の関係をよく見ているな。
「そうね。確かに、ちょっと肩に力が入りすぎているかもしれないわ。私が一番、戦いに慣れてないせいね」
ユキナさんのコップに、ユウジさんがスムージーを注いでいる。こういうことをさりげなくできるのは、カッコいいよな。
「この先のサーチをした人は、いるかしら?」
ユキナさんはスムージーを飲みながら、井上さんをチラッと見た。彼に情報提供を促しているように見えるが、たぶん井上さんの体調を心配して、そちらを向いたのだと思う。
「検問所で聞いたサソリの情報が事実なら、まだ先でしょうか。さっき冒険者が集まっていた迷宮崩壊の場所には、弱いモンスターしかいなかったし」
「井上 夏生、さっきのアレは、迷宮崩壊じゃないわ。迷宮が魔物化した直後よ。弱いモンスターが出てくるのは、迷宮が餌を呼び寄せるためよ。魔物化した迷宮にマーキングされたら、野生のモンスターにも標的にされてしまうわ」
カナさんは井上さんより、迷宮の変化についての知識が深いみたいだ。指摘された井上さんの表情は、引きつっている。
(マーキングか……)
異世界では、魔物化したダンジョンがマーキングするのは、喰いたい相手だった。魔力の高い人ほど危険性が高い。だから、ユキナさんは気配を消していたのか。錬金術師は、なぜか異常に狙われるからな。
比叡山迷宮は、迷宮特区とは違って、区画整理ができてないし迷宮の位置もバラバラだ。また、迷宮の崩落や迷宮の魔物化も起こっている。
迷宮特区より古い時代のものだとは聞いているが、どれくらい古いのだろう?
僕が異世界へ転移したのは、80年前だ。ラランは、青虫カリーフが発生した世界から、転移者を集めていると言っていた。あの頃、青虫カリーフはどこで発生していたんだ?
青虫カリーフが生まれるほど魔物化が進んだ迷宮なら、崩壊は起こらない。今も現存している可能性は高いだろう。
山道を歩いていた時、僕は少し違和感を感じた。東部にも崩壊した迷宮が多いはずなのに、山道を逸れてもモンスターと遭遇しなかった。
(勇者がいるからか?)
「あぁ、この先、直線距離で数百メートルのとこが、サソリのダンジョンちゃうか? 野生の魔物がゴロゴロ死んどるで」
「方向は?」
ユキナさんに尋ねられたユウジさんは、棒状のスナック菓子で、方向を示した。サーチ能力は、やはりユウジさんが優れているんだな。
井上さんは、すぐに紙の地図を広げた。
カナさんが、その場所を地図で確認している。二人は、ここからの最適なルートを探しているようだ。
「しかし、東部に企業迷宮があるなんてね。噂は事実だったということかしら」
ユキナさんは、さっきの門番との話のことを言っているようだ。
「ユキナさんが突然、あんなことを尋ねたから驚きましたよ。上手く新参者だという立場を利用しましたね。俺達なら聞けないからな」
井上さんがそう言うと、カナさんは思いっきり頷いた。また、ユキナさんが深刻な顔をしている。
「何が、問題なんや?」
「東部にある企業迷宮は、すべて潰れたことになっているの。新たに造るのは、帰還者迷宮だけよ。それなのに、監視塔へ行く手段として、企業迷宮があるなんて、おかしいでしょ」
(企業迷宮か……)
帰還者迷宮は、ポラリス星の技術が使われている檻だ。一方で、企業迷宮は、ただの構造物。もしもの際には企業迷宮の中にいる人間だけは、侵略者に捕われずに逃げ出せる。
そういえば、帰還者迷宮には、二つのタイプがあったよな。迷宮特区には、ボールのプロテクターを扱える帰還者の迷宮が集められている。一方で、金属塊の人工コアを使う帰還者迷宮は、全国各地にあるようだ。
ポラリス星の技術は、どちらのタイプにも使われているだろう。だが、両者は全く同じ檻なのだろうか。
「何か、おかしいか? あっ、お菓子ならまだあるで」
ユウジさんは、ユキナさんに睨まれながら、見たことのない袋を取り出した。べっこう飴みたいなものが入っている。
「ユウジさん、それはどうしたんですか?」
「迷宮特区をぶらぶらしとったら、売ってたんや。ビタミン飴らしいで。普通のお菓子は、ケントのダンジョンでしか手に入らへんみたいやな。みんな何かの栄養剤入りやったわ」
「へぇ、ビタミン飴か……」
ユウジさんが袋ごと、僕に放り投げてきた。袋を見てみると、京都にある企業迷宮で作られたようだ。一粒で1日分のビタミンを摂取できると書いてある。
「食うてみ。ビビるくらい不味いで」
「えっ? まずいんですか」
袋を開けて、一粒食べてみた。
(うわ〜、なんだこれー)
生臭さとセロリのような香りが強い。ビタミン剤と人工的な甘味料が入っているのか、酸味と甘味と何とも言えない舌に残るエグ味。
僕は、バリバリと噛んで飲み込んだ。そして、スムージーを飲んで口直しをする。確かに、ビビるくらい不味い。
「私も、ちょうだい。山田さんは口が肥えてるんじゃないの? 京都の企業迷宮の食品は、圧倒的に品質が高いのよ?」
カナさんは僕から袋を受け取ると、飴を一粒、口に放り込み、普通の顔で食べている。
(食料事情も改善したいよな)
すべては、高熱化が原因なのは明らかだ。だが、その高熱化を引き起こしている原因は……。
地図に、書き込みをしていた井上さんが、顔をあげた。休憩前よりも、だいぶマシだな。
「サソリは避けましょう。その崩落した迷宮の裏を通るルートで、中央部へ向かいましょうか」
井上さんが、地図を使って説明してくれた。
「そうね。そちら側には迷宮の出入り口はないから、影響は無さそうね。道は悪いみたいだけど」
ユキナさんは、井上さんの体力を気遣っているようだ。
「比叡山迷宮では、何が生態系を維持しているかわからないので、なるべく関わらない方が賢いわ。そのルートなら、日が昇ってからの方がいい。少し仮眠を取りましょう」
カナさんがそう言うと、ユキナさんと井上さんは頷いた。確かに、3人は少し休む方がいいだろう。
しばらくして3人が眠ると、ユウジさんは僕に目配せをして、そーっとテントの外へ出て行った。彼は、この付近を調べるつもりらしい。
僕は、テントの結界を僕の魔力で覆い、周囲への警戒を強めた。