115、冒険者パーティ『青き輝き』
僕達は、井上さんとカナさんから、比叡山迷宮の全体像についての説明を受けた。
比叡山迷宮は、大きく3つに分かれるそうだ。
この迷宮特区に隣接する部分は東部と呼ばれ、比較的新しい帰還者迷宮が集まっているという。今でも、新たな帰還者迷宮が作られている反面、崩壊が始まった迷宮も少なくないらしい。
その西側は中央部と呼ばれ、ほとんどの迷宮が崩れ、荒れ放題になっているらしい。ただ、緑豊かな森が残っているため、多くの冒険者が食料や薬草を求めて集まるそうだ。
さらに西側は西部と呼ばれ、立ち入りが禁じられている。中央部の西の端には、西部エリアからモンスターが溢れ出さないように、結界を張る役割を兼ねた監視塔があるという。
監視塔付近には、複数の企業迷宮があって、簡易宿泊施設もあるらしい。ここの企業迷宮が台風に壊されていないのは、多くの木々が防風林になっているからだそうだ。
(たぶん、違うよな)
台風の日に撮影した写真で見た、あの不気味な存在が、比叡山への被害を防いでいるのだろう。だから、西部に近い企業迷宮は壊されてないんだ。
「それで、キミ達は、どこに行こうとしているの?」
カナさんの質問に、僕は答えられなかった。はっきり言って、比叡山迷宮の全体像の地図を見たのも初めてだ。
「私達は、この付近を見たいわ」
ユキナさんが指差したのは、まさしく写真に何かが写っていた場所だ。
「あのねー、立ち入り禁止なのよ? 立ち入りたくても、その手段がないわ。西部エリアは、結界が張り巡らされているの」
「そんなもん、シュッと入ればええやんけ」
ユウジさんが反論したからか、カナさんは、キッと彼を睨んだ。
「勇者が結界を破るなんて、ありえないんだけど! 西部の結界が無くなったら、迷宮特区は終わりだわ」
(変だな)
魔王クラスのヤバいダンジョンマスターだらけなら、簡単に出入りできるはずだ。
「様々な能力の高い人は、すり抜けるようですね。結界は、モンスターは確実に通さない。カナちゃんの説明は、職員の建前的なものですよ」
「ちょ、井上 夏生! キミねー」
「まぁ、迷宮案内者としては、通れますよとは言えないわね。そもそも比叡山迷宮への道には、検問所があるのでしょう? 私は、西部エリアに行きたいではなく、見たいと言ったのよ?」
(検問所?)
「川上さんは何でも知っているのね。地下道すべてには、検問所があるわ。地上からは、今は比叡山迷宮へ入る道はないわ」
「そうね。迷宮特区からだと、地下道しかないわね。だけど、比叡山の北側からは、いくつかの地上ルートがあるはずよ」
「北側からなんて不可能だわ。あぁ、キミ達なら可能なのかもしれないけど、入山記録がないと討伐対象になるわよ」
(討伐対象?)
あぁ、そうか。モンスターだと判断されるのか。人に化ける魔物は、結構いるからな。
「もう、面倒くさいから、はよ、行こうや」
(僕も、同感)
「午前6時を過ぎないとダメよ。ミッションを受けた冒険者以外は、申請して承認を受けてからしか、通行許可は出ないわ。午前2時までに申請すれば、6時には許可されるはずよ」
「はぁ? そんなん朝やんけ。すぐに暑くなるやろ」
(明日以降にしろ、ということか)
カナさんは、やはり僕達を行かせたくないらしい。さっきは案内すると言っていたが、やはり呪いを受けたことがトラウマになっているのだろう。
「カナちゃん、今、ミッションを受けた冒険者以外は、って言ったわよね? 冒険者なら検問所はフリーパスなのかしら?」
(あっ! ユキナさん、賢い!)
井上さんがミッションを受けて、僕達がついて行けばいいんだ。『水竜の咆哮』からスカウトを受けているから、お試し体験という形なら、朝まで待たなくていい。
「冒険者は、当然、受注記録を見せれば検問所は通れるけど……」
「カナちゃんも、冒険者登録をしているのよね? 迷宮案内者の責任者は、冒険者パーティには加入できないの?」
「休みの日には冒険者をしているけど、迷宮案内者の仕事を優先しなければならないから、どこのパーティにも加入していないわ」
カナさんがそこまで話すと、ユキナさんは、ユウジさんに目配せをしている。カナさんも『水竜の咆哮』に、仮加入させるつもりだろうか。
「ほんなら、ちょうどええわ。俺達で、冒険者パーティ……やなくて、怪しい宗教団体を作ることにしたんや。本条も入るやろ? 5人集まらんと、怪しい宗教団体は作られへんからな。おまえの後輩の野口も、名前を貸してくれるって言うとったで」
(野口くん?)
「ちょ、何を信仰するのよ? 今から新たに作るの?」
「井上のダンジョンなら、すぐできるんちゃうんか?」
ユウジさんは、ユキナさんに視線を移した。
「ええ、ここの迷宮ならすべてが揃っているから、アンドロイドが動いてくれたら、すぐに設立できるわよ。いいわよね? 井上さん」
話を振られた井上さんは、なぜか目を輝かせている。
「俺の迷宮のアンドロイドなら、すぐに申請を通せますよ。その怪しい宗教団体は、何を信仰するのですか?」
(僕は、何も信仰してないよ?)
「そうねぇ、やっぱり、青い蝶がいいわね。幸せを招く青い蝶を探す感じで、どうかしら?」
(えっ? 青い蝶?)
ユキナさんは、僕の顔を思いっきり見ている。
「なぜ、青い蝶なんですか? 昆虫なんて、自然界にはほとんど居ないから、どこかの迷宮を探すことになるでしょうけど」
井上さんがそう尋ねたが、ユキナさんの視線を追って、僕の方を向いた。
(えーっと……)
ユウジさんも僕の方を見てニヤニヤしている。カナさんは、不思議そうな顔をして、僕の方に視線を移した。
(話せということか)
「僕が迷宮で育てていた青虫が、青い蝶になったんですよ。だから、かな?」
「へぇ、珍しい色になったんですね。わかりました。じゃあ、青い蝶を探す会という宗教団体にしましょうか。もちろん、迷宮内を探すでしょうから、冒険者パーティを同時に立ち上げることが可能です」
井上さんがそう言うと、大きな銀色の玉が、彼の近くに現れた。それに触れて、彼は早速、手続きを始めてくれたらしい。
「ちょ、私は、職員の……」
「かまへん。頭数を合わせるために協力してくれ」
「リーダーは誰なの?」
「女王様に決まってるやんけ。なぁ、ケント」
(知らなかったよ?)
「パーティ名は? 登録に必要でしょ」
「それなら、既に考えてあるわ。パーティ名は『青き輝き』、宗教団体名は、さっきの井上さんのでいいわ」
僕の意思を確認せずに、話がどんどん進む。まぁ、いいけど。知らない間に、野口くんまで勧誘してたんだな。
「リーダーさん、確認してくれる? 申請はリーダーが魔力を流して、魔力紋を刻んでください」
空中に、申請画面が大きく映し出された。ユキナさんは、ニヤッと笑って、大きな銀色の玉に魔力を流したようだが……。
(ん? あれ? 6人?)
メンバー名の中には、井上さんの名前もあった。